第33話

 

 「……待たせたな。

  まぁ、座れ。」

  

 「はい。」

 

 ……あぁ……。

 お高い椅子の背もたれメッシュって素敵。抜群の体圧分散。

 うちにも欲しいわ……。


 って、原作踏襲だとすると、

 うち、帰れないんだろうな、暫く。

 

 (お金持って出てね)

 

 ってのは、そういう意味だろうから。

 

 「さて、と。

 

  藤原。

  お前、は随分、暴れてくれたな。」


 ……。

 

 「……聞きたいことが山ほどあるって顔、か。」

 

 そりゃぁもう。

 ただ、好奇心旺盛に聞いたところで、幻滅されるだけ。

 汐屋隼士の関心にとって、意味があることのみを聞くべきだろう。

 

 「なら、俺から聞くぞ。」

 

 あら、先手取られちゃった。

 このパターン、事前に考えておくべきだったろうに。



 「お前、梨香に惚れてるな。」


 

 んぐっ。

 剛速球にも程があるな。

 

 ……。


 (隠し事はしてほしくないの。

  君を、助けられなくなるから。)


 (時間って、作るものよ?

  チャンスなんて、待ってたら、逃げていくだけ。)


 (人としてよ?

  君のこと、好きよ。大好き。)


 (……ありがとう。

  一杯、受け取ったから。)



 (人生をともに歩みたい方ならば、おりますが。)


 

 ……っ。


 「一般論として、人としての魅力に満ち溢れた方だと思います。

  ですが、僕は白川由奈の彼氏です。

  人として、不誠実な存在には絶対になりたくありません。」


 「……

  お前、意外と不器用だな。

  愛のない奴だと思ったが。」

 

 そう来たか。

 って、これ、一瞬で身ぐるみ剝がされたってことじゃないか。

 なんてこったい。

 

 「……一昨日、梨香が来た。

  俺に会いにな。」


 え。

 俺のバイトの曜日、知ってるはずなのに。


 「……

  大切な親友の交際相手を、愛してしまった。

  蓋をしようとすればするほど、

  死にたくなるくらいに焦がれちまってる、ってな。」

 

 ……。

 なんて、ことだ……。

 

 「だが、隠し通すつもりだと。

  少なくとも、啓哉のことが片付くまではと。」

 

 ……。

 それなら、どうして、

 テレビで、あんなこと。

 

 「……

  口から、滑り出ちまったんだろうよ。

  正直、俺も驚いた。生きてきて、二番目くらいにな。」

 

 思い込んでしまっていた。

 あの沢埜梨香に限って、そんなことは、絶対にありえないと。

 

 「たぶん、梨香も驚いてるだろう。

  あいつ、初恋だろうからな。

  人を遠ざけることには慣れてやがった分だけ、

  こんな風に育っちまった気持ちをどう扱っていいか、戸惑ってんだよ。」

 

 ……。

 

 「まぁ、あいつなら、立て直しちまうだろうが。

  なんせ、一人でぜんぶやってきた奴だからな。」

  

 ……。

 そう、思う。

 

 だが。

 

 「……俺は、由奈を裏切ることだけは、絶対に。

  俺の命に代えても、それだけは。」

 

 「と、お前が言うだろうとな。」

 

 ……なんだよ。

 お見通しかよ、ったく。

 

 「んで、その由奈嬢の状況だがな。

  お前、どう落とし前をつけるつもりだ。」

 

 原作だと、由奈ルートは啓哉に核爆弾絵の真実投げつけて廃人にして救出。

 梨香は由奈を恨みながら自殺し、

 雛は由奈と俺への復讐の機会を図りながら終わるエンド。

 

 一応、その手もなくはない。

 ただ、

 

 「掛け値なく、正直に申し上げます。

  由奈を救って、梨香も、啓哉さんも、雛も救いたい。」

 

 「……お前。

  自分が何言ってるか、分かってるのか。」

 

 分かってます。

 分かってますとも。

 そんな都合のいいルートは存在しないことは。

 

 

 

 俺は、この瞬間を待っていた。

 想像もつかないルートを辿らされはしたが。

 

 「お伺いしたいことは山ほどありますが、

  さしあたり、一つだけ。

  

  七年前、啓哉さんは麻薬の不法所持で逮捕され、

  執行猶予つきの判決が出された後、

  ロンドンに向かわれた、と聞いています。」

 

 「……お前、どうしてそれを。」

 

 驚いてる。

 だってこれ、由奈編で貴方が話すことだもんね。

 

 でも、ここには、

 せいぜい、真実の30%くらいしかない。

 

 手持ちのカードを、整理していくべきだ。

 慎重に。少しずつ。

 

 「まず、麻薬の不法所持について、

  啓哉さんは無実だと考える方と、少なくとも二人、お会いしました。」

 

 春坂菜奈と、三日月雛。

 中でも、

 

 (沢埜啓哉は、無実です。)

 

 雛のあれは、

 なにか、確たる根拠があって言っている。

 

 「……。」

 

 で、ここからは、すべて、俺の推論。

 設定集にも、二次創作にもない世界。

 ある意味では、この世界で、ポイント。

 

 「ところで、ですね。

  啓哉さんの事務所、ここと似てるんですよ。

  禁煙なんです。」

 

 この時代、全面禁煙はとても珍しい。

 男性は煙草を吸うのが当たり前の時代だ。

 煙りをくゆらせるのがカッコいいオトコと思ってたんだから。


 煙草の害を忌避する男性は、

 1970年代~80年代のアメリカの煙草訴訟の展開を知っていた、

 ごく一部の知識層や情報強者だけ。

 

 「もう一つ。

 

  梨香さんとお会いした時に、

  梨香さんが車中で飲まれたのは、ミネラルウォーターでした。

  

  10代の活発な少女で、ましてあれだけエネルギーを消費する仕事なら、

  もう少しカロリーがあるものを選びそうですね。」

 

 「……。」

 

 「マスター。

  貴方は、啓哉さんと梨香さんをお育てになった。

  

  その際、嗜好品について、かなり厳格に統制されたのではありませんか。

  嗜好品に溺れる恐怖を知らせながら。」

 

 (アイスコーヒー。

  それと、こないだのチーズケーキ。)

 

 (ブレンドとチーズケーキ。)

 

 梨香は、毎回コーヒーを頼みはしたが、

 梨香一流のさりげない気遣いから客単価を引き上げただけで、

 実際には、チーズケーキしか食べていなかった。


 この違和感の意味にもう少し早く気づいていれば、

 11月末時点での俺の動きは、変わったかもしれない。

 まぁ最も、足もなにもないから、そう大して違わなかったかもだが。

 

 「そうなると、妙なんですよね。

  啓哉さんが、・不法所持で逮捕されることが。

 

  つまり、そちらで逮捕されたほうが、

  ダメージがより少ないと、貴方がお考えになった。

  

  違いますか。」

  

 「………。」

 

 で、ここまでだ。

 これ以上は、推測の域ですらない妄想だ。

 

 だから、揺さぶる。

 

 「邦楽界を揺るがした7年前の事件。

  啓哉さんを巡る騒動。


  この二つがどう関係しているのか。

  貴方が猶子に犯歴をつけてまで、何を隠そうとされていたのか。

 

  残念ながら、僕には分かりません。

  

  ただ、僕は、ここにこそ、

  これに関わった全ての人の運命を変える鍵が眠っていると、確信しています。

  全員を救うための、銀の弾丸が。」


 原作の由奈シナリオを思い出した時から、

 俺はずっと、この瞬間を待っていた。


 原作で、マスターが啓哉の麻薬の件を出したのは、

 純一が、由奈を救うことだけを考えていたから。

 雲の上の存在である啓哉のことを、考えていなかった。

 啓哉をただ、恨み、恐れていた。払おうと、斃そうとしていた。

 

 そして、マスターは、

 既に、啓哉の運命を、諦めていた。

 

 外為法違反、脱税容疑で告発されたら、過去の犯歴を蒸し返される立場になる。

 それなら、いっそ、廃人にしてしまうほうが愛情だったのかもしれない。

 

 では。

 

 


 この世界のキーパーソンである汐屋隼士に、

 「」と入力したら、どうなるか。

 


 マスターが、イタリア製の渋く輝く黒のベストを、所在なげに弄り、

 一見無造作に見えて、ある拘りと哲学を以て丁寧に整えられた髭をなぞる。

 

 「……滅茶苦茶言いやがるな。」

 

 「と、思います。」

 

 「……お前が地下に勝手に入っていた時から、

  こんなことになるんじゃねぇかと思ったが……。

  ちょっと、俺の予想と違っていたな。

 

  だがな、藤原。」

 

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