第36話
「自分が一番好きなもの、
自分の人生を賭けて没頭してきたものを、棄てさせられたから。
そうでしょう。」
<……。>
<……っ。>
あの編曲の奇妙さに、気づくべきだった。
最初、ギター音源それ自体が禁止されていると思った。
その側面はないわけではないだろうが、
モヒカンがギターを弾いているわけだから、
ヒールとしてなら、登場の出番はあった。
チャートを賑わすだけのアイドル曲の数々など、どうでもよかった。
最初から意図的に避けている優等生の彩音と、
啓哉のやり方を、同列に扱うべきではなかったのだ。
あれは、好き避けだ。
それは、シンセベースに現れている。
好きだから、好きすぎるから、ぎりぎりまで近づく。
だけど、好きなものそのものを見たら、逃げる。
触れない。近づけない。近づきたい。
それが、沢埜啓哉というオトコの、
哀しみに満ちた不機嫌の源泉だ。
どんなに成功しても、どんな大金を得ても。
本当に好きなことを、封じられてしまった人生なんて。
「僕としては大変残念なんですが、
貴方を、助けますよ、啓哉さん。
貴方は、人間として、どうしようもないクソです。
僕の由奈に、なんてことしてくれてるんですか。
ですが。
貴方は、超一流の編曲家であり、
そしてなにより、当代随一のギタリストです。」
<………。>
「貴方がどんな理由であっても、どんな私怨であっても、
貴方がこの国の音楽に対して闘って来た背中を
見てる人達は沢山います。」
(……知ってるわよ。
啓哉が、ギリギリのところで戦ってることくらいっ。)
「啓哉さん。
お前を腐す奴に、耳を貸すな。
ロックってな、そういうもんだろうが。
……と、僕は思いますが、
いかがですか。」
やべぇやべぇ。
口調、変わるところだった。
<………。>
「それとですね、
僕は、この国で、ソフトロックが聴きたいんですよね。
ハードの技法を使って。」
<!>
この線引きは、俺の世界に、実質上引かれているものに近い。
ハードロックやヘヴィメタルの手法をメジャーに変換するお化けポップス。
それが、この国のポップスのあり方だ。
「啓哉さん。貴方は一人で戦ってきた。
貴方が味方と思っていたロックから指弾されながら。
でも。
その必要は、もうないんですよ。」
で、と。
ここで、マスターにスイッチ。
事前打ち合わせ通り。
「あー。
雛。聞こえるか。」
<!
はい、会長。>
あ、会長なんだ。
登記簿にはないんだけど。
(……
本当にいいんだな、藤原。)
俺は、静かに頷いた。
どのみち、こうするべきだと思ったから。
逃げていても、見ないフリをして手を拱いていても、
展望が拓けないことを、嫌になるほど、知ってしまったから。
ゲームの世界の、先に行くために。
真に戦うべき相手に、備えるために。
由奈や梨香に、この世界に関わるすべての人に、
訪れてしまう宿命を、変えるために。
行かなければならない。
筋書の存在しない世界に。
常識の、遥か先に。
「いまから、Kファクトリーの新しい人事を内示する。」
これは、俺の切り札。
Kファクトリーの出資構成に思い至った時から、
ずっと、考えていたこと。
「沢埜啓哉は、病気療養につき、
代表取締役の任を解き、無任所の取締役に。」
<!>
まぁ、そうなる。
疲れ切ってるからな、いろいろ。
「それに代わる代表取締役は、俺だ。」
<っ!!!
よ、よろしいので。>
これは、登記上であれ、
汐屋隼士の名が、表に出てしまうことを意味する。
いまは梨香の発言を巡って混乱している最中だ。
勘のいい調査報道の連中は、必ず嗅ぎつける。
傍流とはいえ、塩屋一族の名が、表に出てしまう意味を。
それでも。
「構わん。」
決めてくれたこと、だから。
猶子のために。
いや。
この世界の歪みを、終わらせるために。
「それと、取締役常務として、
藤原純一を内示する。」
<!!??>
<えっ……>
「明日からお前の上司だ。
啓哉に仕えたように仕えろ。いいな。」
<……
はい。
ご命令とあらば。>
……うわぁ。
そう提案したとはいえ、現実になるとおぞましいな。
<人事発表はいつになさいますか。>
んでもって、超実務的。
つくづく恐ろしいな、雛。
「その件だが、
由奈嬢、聴こえるか。」
え。
<は、はいっ。>
!?
げ、原作っ、
す、す、睡眠薬はっ!?
!!!
だ、だ、だ、
騙され
「梨香。」
<えっ!?
う、うん。>
「お前ら、フェアにやれ。」
< は?? >
ぶちっ。
……って。
「な、な、な、
なんですか、いまの。」
「……はは。
純一、お前、時間が欲しいんだろ?」
な、なっ。
「悪いが、由奈嬢には、話をしてあった。
梨香が俺んとこに来た時にな。」
!?!?
「お前、由奈嬢が死ぬとでも思ったか。」
そ、それは、もう。
思いますよ、それはものすご
「お前、雛に言ったそうだな。
由奈嬢がお前を裏切れば、由奈嬢は死ぬと。」
え、えぇ。
って、雛、やっぱしっかり報告して
「だったら、
お前から裏切っても、由奈嬢は死なねぇぞ。」
……は。
い、いや、それは、絶対違う。
ぜったいち
……
……ん?
原作で、由奈が自殺しているのは、
鬱の連鎖爆発パターンを除くと、
ぜんぶ、由奈が、誰かに犯されてからだ。
自分が穢れた。
自分が裏切った。
各ルートの純一の告白は、
その一押しをしたに過ぎない。
いや。
そのときですら、由奈は、笑ってた。
あれは、純一を罰するためではなく、
純一が幸せになることを、喜びながら。
自分を、
自分の罪を、罰するためだけに。
……なんだよ、それ。
完全な死に損じゃねぇかよ。
こんな娘、絶対、裏切れっこねぇよっ。
「……それなら、なおさ
「いいから、そうしとけ。
これから、忙しくなるんだからな。」
「ぇ。」
「純一。
お前、この国のロックを実質的に封じ込めてることで、
誰が、どう儲けて、どう得してるか、考えたことあるか。」
……。
あぁ。
「敵は、でかいぞ。
尻尾撒いて逃げるなら、今だけだぞ。」
……いや。
そうしたら、結局、誰一人、助けられない。
気づいてしまったから。
沢埜啓哉に、
一番好きなことをさせられない限り、
この呪われた世界は救えないのだと。
この世界の不幸の連鎖を止めるのが、
俺の役割ならば。
「望むところですよ。
「……大きくでやがったなぁ。
ま、それでこそ、か。
留年、覚悟しとけよ。」
え。
……わりとちゃんと、必修出てたんだけど
……。
ま、しょうがねぇかぁ。
由奈のために。梨香のために。
連鎖の犠牲になる全ての人のために、
なにより、藤原純一のために。
この世界の理を壊した奴らに、
悉く報いて差し上げますか。
浮気ゲーの主役に転生しちまった
第2章
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます