第31話
印象的なイントロが、怒号が飛び交う
自信とオーラに満ち溢れた天才少女が、軽やかに身体を左右に揺らすたびに、
ライトを浴びて金色の光を放ち続ける髪が、艶やかに流れていく。
ひとつ、右腕を振った瞬間、
文字通り、運命の火蓋が切られた。
『Fanfare of Fate』
分厚いシンセサイザーに載せて、運命のファンファーレが、高らかに奏でられる。
一分の隙もなく踊り、魅惑に溢れた精霊の歌声で誘ったかと思えば、
切なくも勇ましく駆け出し、めくるめく七色の光を浴びながら、
完璧に、そして、艶やかに舞う。
ゲーム内で度肝を抜いた演出が、二・五次元を超え、三次元の現実となっていた。
天女が顕現したかのような圧倒的な存在感とパフォーマンスは、
スタジオから、全国の視聴者を、その先にいる全国民を揺るがしていく。
編曲がどうなっているかなんて、何も聴こえなかった。
まるでビヨンドのように力強く人を引きずり込みながら、
地上と天界を自在に行き来する羽衣ダンスを見せつけつつも、
アイドル一流のフラジリティを備えた美声が、絶妙なバランスで混淆している。
それは、奇跡であり、導きだった。
想像を遥かに超えた宴が、いつの間にか終わっていたことすら、
全国の視聴者は気づかなかったろう。
ランスルーを見ていた筈の鬼のサブが、
思わず唾液を呑み下してしまった濁音が、
切り替えの過ちで、全国に流れてしまう。
「いやぁ、この番組長いと思いますけど、
トラブル以外でサブがあんなに慌てたのは初めてでしょうね。
さっすがですねぇ、梨香さんは。」
あれほどの動きを見せたのに、彼女は、汗一つ掻いてはいない。
そう、見せているだけかもしれないが。
「この曲は快心の出来だとは聞いてましたが、想像以上ですね。
なんて下世話な。
さすが1980年代の司会者。
「そんなこと、まったく思えないですね。
受け入れて頂けるか、凄く不安です。」
不安、か。
確かに、原作よりもずっと派手だ。
梨香の解釈で振りつけてしまった部分もあるだろう。
「またそんなこと言って。
もうイヤミですよね存在自体が。」
漸く指令系統が立て直ってきたのか、
戦場は再度機能しはじめ、次の凍り付いている演者が梨香の前に押し出される。
不幸にして、デビュー直後の新人アイドルだった。
「ねぇ、そう思いません?」
緊張をほぐす手段としては、最悪だった。
全国の視聴者は同じことを思っただろう。
あぁ、コイツ、潰されたなと。
*
1986年12月3日。
「今週第2位!
いきなりの初登場!
沢埜梨香さん、『Fanfare of Fate』!」
初登場2位。
まだ集計方式が売上に偏らない中では、最高水準の滑り出しだった。
実際、レコード、CDとも初動第1位の滑り出しになっている。
「まぁまぁ梨香さん。
おひさしぶりですけれど、今日もまた凄いお召し物で。」
青地に、朱色の縁取りに彩られた白の切り込みが入った袖、
左右のみごろを止めるボタンは金色。
ブルボン王朝の騎兵隊将校服をド派手にしたようなコスチュームに、
枝毛一つない金髪がさらさらと流れる。
当時の水準からすれば、相当派手な出で立ちだ。
運命の訪れを高らかに告げるこの世ならざる者の登場に、
騒がしい筈のチャート番組のスタジオは緊張感すら走っている。
まるで外タレを迎えるような空気だ。
「六カ月ぶりの新曲となる『Fanfare of Fate』。
初登場2位のご感想は。」
「嬉しいですね、ほんとうに。」
「1位が当然という声もありましたが。」
「そんなことは。
いまもちょっと、足、震えちゃってて。」
「そんなわけないと思いますが。」
地味な男性司会者が、
全国の視聴者の気持ちをさりげなく代弁する。
梨香の偽らざる本心だと思うが。
「まぁまぁ由奈ちゃん、お可愛い目してるわね。
お姉さんが入ってこられて嬉しい?」
今週第8位の由奈が、隣に座っている第9位の彩音ごと抜かれる。
すっかり赤と黒コンビで絵面を作られている。
「はいっ。」
満開の、疑いを知らない笑顔と、清純そのものの受け答え。
留守録で聞かせている暗雲などまるでないように感じてしまう。
「さてこの『Fanfare of Fate』、
日本語に訳すと運命のファンファーレとなるわけですが、
このタイトルはご自身でおつけになったと。」
え?
「そうですね。
プロデューサーと相談しながら、ですが。」
「お兄さんとですね。
啓哉さんも鼻を高くしてご覧になってると思います。」
「そうだといいんですけれど。」
ただのお約束だが、実態を知っていると、このニュアンスは全然違う。
兄から突き放されようとし、それ以上に、兄から離れようとしている。
「この曲は落雷に打たれたように恋に落ちてしまう少女の歌なわけですが、
梨香さんは恋愛のほうなんてのは。」
「そうですね。
残念ながら、チャンスに乏しくて。」
この瞬間まで、すべてはお約束通りに動いていた。
そのはず、だった。
だからこそ、次の瞬間を、
全国の視聴者は、まったく予期していなかった。
さりげなく、
カメラではなく、女性司会者を見ながら、
梨香は、
「人生をともに歩みたい方ならば、おりますが。」
刹那。
地球上から、音が消え去った。
両司会者の顔が、凍り付いた。
全国の視聴者と、まったく同じように。
聞こえていなかったステージの側から、
シンセサイザーが、時間通りに、印象的なイントロを奏でだす。
腕を振るディレクターの困惑は、
テレビに映り込んでしまっている台本に現れていた。
経験の長い女性司会者が、必死にプロ意識を覚醒させる。
「まぁまぁそれじゃまず、歌って頂いてから。
今週の第2位、沢埜梨香さん、『Fanfare of Fate』です。
どうぞあちらへ」
イントロが佳境に入る中、
梨香は、ステージに向かう先のカメラに向かって、
満開の、
解けた笑顔を放った。
ステージに踊りながら入った梨香に、
「第2位」、「沢埜梨香」、
「Fanfare of Fate」の字幕が重なる。
サブが、テレビマンの本能で、
一瞬だけ、スタジオのソファーを抜く。
全員が、魔法に掛けられたように固まっていた。
司会者も、演者達も、彩音も、
そして、由奈も。
分厚いシンセサイザーの波に乗りながら、
戦場の天使が、運命のファンファーレを奏でていく。
否応なく、すべての人を巻き込んでいく、華やかな黙示録の喇叭を。
浮気ゲーの主役に転生しちまった
第1章
了
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