第30話

 

 「君が、

  白川由奈の彼氏ってほんと?」

 

 

 「……誰に聞いたの。」

 

 「社長。」

 

 わ。

 それじゃ逃れようがねぇじゃねぇか。

 

 「……誰にも言ってない?」

 

 「言うわけないじゃない。

  ……その、悪いことしちゃったなって。」

 

 あぁ。

 あれ、由奈にあてつけたんじゃないのか。


 そういえば、そういう度胸があるようなタイプじゃねぇわ。

 そういう奴なら、原作で啓哉にネチネチ嫌味言われても切り返せたろうから。

 

 「いま、ここにいていいの?

  いろいろやることあるよね。」

 

 「……あるわ、腐るほど。

  社長に結構、止めて貰ってるけど。」

 

 「あれ。

  社長、ガッツリ稼ぎにいかないんだ。」

 

 「その代わり、もう一曲当てろって。」

 

 うわ。

 でも、やっぱり御前崎社長、優しいトコあるな。

 そんなもの、叶わなくてもいいんだから。

 

 「それで、プレッシャー感じてるんだね。

  いままで感じたことのないやつ。」

 

 「……なんで、わかるの。」

 

 わかりやすすぎるんだよ、お前は。

 いまにもゲボ吐きそうな顔してるぞ。

 

 「ココのことは、どこで?」

 

 「……なんだっけ、名前。

  あの、ナヨナヨした子。」

 

 奏太かよ。

 

 「奏太、よく事務所に出入りしてるの?」

 

 「事務所っていうか、社長室。

  あそこにしか置いてない推理小説があるんだって。」

  

 ……奏太ぁ……。

 ほんっとにマイペースだな。

 

 「社長室、出入りするんじゃないの?」

 

 「小部屋があるの。

  いつもそこにいて、甘いもの食べる時だけ出てくる。」

 

 それ、完全に奏太のために作った部屋じゃないのか。

 どこまで甥っ子に甘いんだ。

 

 あぁ。

 子どもいないからな、御前崎社長。それもあるんだろうな。

 独身者にとって、姪っ子とか甥っ子ってめっちゃ甘くなる。


 それに、奏太だからなぁ。甘やかしちまうんだろう。

 ……あいつ、どうやって生きてくんだ? ニートになる未来しか…。


 「でも奏太、柏木さんによく喋ったね。」

 

 一応、ココ、存在自体が秘密なんだけど。

 あいつもそれくらい、分かってる筈なんだけどな。


 「そ、それは、まぁ。」

 

 なんかやったな。

 ま、来ちゃった以上はどうにもならないが。

 

 「ま、いいけど、

  それこそ柏木さん、ここ、つけられなかった?」

  

 「……それは問題ない、と思う。

  社長に送ってもらったから。」

 

 おいおい。

 ま、よく考えりゃ当然か。

 奏太が、御前崎社長相手に、隠し事が出来るとは思えない。


 考えてみると、奏太は、

 御前崎社長の甥っ子だし、マスターの血縁者でもある。

 血の繋がりっていう意味では、この世界では最も濃い存在だ。

 

 「帰りがちょっと不安かな。

  一人になるから。」

 

 「事務所の人に迎えに来てもらえば。」

 

 「いいよ。地下鉄で帰れる。

  私、気づかれないから。」

 

 それは、どうだろうな。

 腐っても視聴率30%弱のチャート番組に4週間もいたんだ。

 全国民にシルエットを見られてるし、普段の声も聴かれてる。

 

 「柏木さんはいま、注目の人だよ。

  お飾りのセンターとは、全然違うと思うけど。」


 他のテレビもラジオも、ソロで出ているだろう。

 無防備にしていい理由はないはずだ。

 

 「……

  でも、白川由奈の下だよ。

  君の彼女の。」

 

 「比べてなかったんじゃないの?」

 

 「表ではそういうしかないじゃない。

  ……やっぱり、気には、するよ。」

 

 「ファンの数を争うのは、少女倶楽部の悪い癖だね。」

 

 「……そういうんじゃないんだけど。

  倶楽部のことなんて、すっかり忘れてたし。」

 

 あら、そんなあっさり。

 

 「そもそも、なんであんなのやったの。」

 

 「しょうがないじゃない。

  ソロで出て、あの沢埜梨香に勝てるわけないでしょ。

  仕事も全然ないし、まとめ役がいるって言われて、しょうがなく。」

 

 「思ったよかキツかった。」

 

 「そうよ。

  ……筆舌に尽くしがたかったわ。

  

  ……いま思うとね、卒業させられた時、腹が立ったのは、

  社長が私の苦労を、なにも見てないように感じたからなの。

  

  私は、あそこにいたかったわけじゃない。

  

  ……まぁ、

  真美とかには悪いんだけど。

  

  ……ねぇ。」

 

 「ん?」

 

 「さっきから、私ばっかり喋ってる。

  君の話、ちっとも聞いてないんだけど。」

 

 「僕の話を聞いてどうするの。

  ただの一般人だよ。」

  

 「白川由奈の彼氏が、ただの一般人のわけないじゃない。

  それに……

  

  ううん、なんでもない。

  だから、言ってやったからね。」

 

 ん?

 

 「春坂さんに、よ。

  『Remorse』の影のプロデューサーは、君だって。」


 なっ。

 

 「あはは。

  記事に出したら、報復するって。

  うちの社長が。」

 

 ……それ、どう考えていいんだか。

 

 「あれはそれこそ、柏木さんの力以外の何物でもないでしょ。

  あんな低音、どうやって出したの。」

 

 「……私、もともと民謡出身なの。」

 

 あぁ。

 じゃ、あれ、ほんとに少女演歌の歌唱法だったんだ。

 

 「洋楽はね、兄から聴いてた。

  いまみたいにじゃないから。

  ラジオも、ずっと自由だったし。」

  

 あぁ。

 つまり、いまのラジオは自由じゃないんだ。

 だけそれっぽいだけってことか。

 

 「……洋楽を扱ってたレコード会社も、だいぶ潰れちゃったし、

  私が行ってたレコード屋さんとかも。

  街の大きなトコは、まだ残ってるんだけどね。」

 

 ……やっぱり、この世界は、

 俺がいた世界と、相当違ってしまっている。

 

 「だから、やりたいことをやったのは本当。

  でも、こんなに受け入れられるって思ってなかった。


  私一人でやったら、きっと、三か月で廃盤で、

  きっと今頃、君の大学を受けるか、地元の信用金庫に入るかを迷ってる。

  そんな感じだったと思う。」

 

 なら。

 

 「それを曲にすればいいよ。」

 

 「え。」

 

 「たぶんさ、柏木さんって、真面目だから、

  前と同じような曲を作らなきゃって思ってる。

  そんなことないでしょ。シンガーソングライターって。」

 

 「……そう、だけど。」

 

 「テレビ局やレコード会社の人に、脅されたりしてる?」

 

 「……なん、で。」

 

 「あれ、立場、よくわかってないからね。」

 

 「……。」

 

 「作るのは、君。

  君の音楽は、君以外、作れない。

  向こうがどんなに騒いでも、向こうが作るわけじゃない。」


 「……っ。」

 

 「社長から、曲調や方針について、指示出てる?」

 

 「……

  なに、も。」

 

 「でしょ?

  だから、なにもかも、変えていいんだよ。

  それに、さ。」

  

 「……。」

 

 「いまの柏木さんには、御崎さんがいるでしょ。

  相談する相手がいる。


  前とは、違うんだよ。」


 「……。」

 

 「大丈夫。

  柏木さんなら、ちゃんと、やれるから。」

 


 「……。


  どう、して。」

 


 「ん?」

 

 「……いい。

  か、帰る。」


 「ほんとにひとりで大丈夫?

  やっぱり事務所の人とか」

 

 「……ううん。

  社長以外の人、ここに、呼べないでしょ。

  

  大丈夫、だから。

  私、ちゃんと地味だよ?」

 

 なんて無残な切り返しだ。

 胸、十分目立つのに。

 

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