第29話
はぁ。
フラ語、ちっとも上達しねぇなぁ。
発音なんて、テープちょっと聴いただけじゃ身に付かねぇよなぁ。
動画教材とかありゃいいんだろうけれども。
「ねぇ。」
……ん?
「きみ、藤原君でしょ。
藤原純一君。」
……誰だ、コイツ。
なんていうか、奏太の性別を反転させたような感じだな。
もともと中性的だから大して変わり映えもしないだろうが。
うーん、俺のキャラクター図鑑の中にはないな。
二次創作でもないだろうし…。
「私、知ってるんだよ。
きみが、白川由奈の彼氏だって。」
ん……?
それは、俺の周りでは既知だと思うが。
つまり、ニワカってことか。
面白いから泳がせてみよう。
「ふぅん。
面白い情報だね。」
「惚けるの?
私、見たんだよ。
きみがと白川由奈が、キスしてるとこ。」
ん……。これは……。
ここでうかつに乗るべきじゃないな。
「それはいい夢だなぁ。
その夢、僕も見たいんだけど。」
「……名古屋駅。」
あ、これ、ただの噂だ。
実際は新幹線の車内だもんな。
つまり、この形で噂が流れてる。
だけど、どこから?
ま、こういうことはあるんだろうな。
「ふぅん。
じゃね。」
「否定しないの?」
「肯定する要素がなさすぎて。
きみの情報源、当てにしないほうがいいよ。」
「彼氏であることは、否定しないの?」
「藤原君。」
ん?
あれ、自治会執行部のモブじゃん。
名前忘れちゃったけど、失敗してるメガネパンチパーマ君。
「なんですか?」
「ちょっと来てくれ。だいじな話がある。
あぁ、君、済まないね。」
なかなか露骨だなぁ。器用なタイプじゃないな。
でもまぁ、これにありがたく乗っとくか。
「すぐ行きます。
じゃ、ごめんね。」
「……。」
ふぅ。
「ありがとうございます。
助かりました。」
「いや。たまたま見かけたまでで。
御崎さんから、こういうことはあると言われていたからな。」
あら。
それ、話してたか。
まぁ、御崎さん、助けられたもんな、このメガネパンチモブに。
でもこのメガパンモブ、彼女がいやがるんだよなぁ……。
そうでなければ御崎さんを預けられるのに。
*
「今週第6位、白川由奈さん、『ordinary』、
先週からツーランクダウンっ!」
あぁ…。
ま、デビュー曲でこんだけ伸びたらすげぇと思うけどなぁ。
彩音も8位に落ちたしな。こんなもんだろ。
由奈は次が本命だ。
なんつってもこの世界の表題曲、『Assorted Love』なんだから。
出てくるのかちょっと不安があるが、
『Fanfare of Fate』が史実通り出てくるんだから、
この二曲については、シナリオの強制力はあるんだろうな。
「ベスト3目前で折れてしまいたけれども、ご感想は。」
どうしてこう露骨なんだろな、1980年代。
俺がセンセィティブな時代から来たから感じるだけか。
演者が煙草ぷっかぷか吸ってるもんなぁ。
「すこし残念ですけれども、
この場にいられること自体がすごくありがたいです。」
「アイドルということで、恋愛はご法度ですか。」
ほんと酷い。
なんだよこの投げつけられる感じ。
「いまは、一曲一曲、しっかり歌っていくだけです。」
強引な躱し方。
笑顔でごまかしてるな。
「準備ができました。
ステージのほうへどうぞ。」
……やっぱりちょっと、由奈、元気ないな。
なんかされてるんだろうけど、手を出せない。
……待つのが、
こんなに、辛いとは。
俺はまだ、核弾頭を持っている。
最後に乗り込む覚悟もできている。
でも、藤原純一は、雛にブロックされて、
他の女にも手を出してしまって、
罪悪感から、ただ、臍を噛んでいるしかなかったんだ。
辛かったろうなぁ……。
俺がこんなに、辛いんだから。
……あぁ。
由奈が、日常を謳っていく。
かけがえのない、奇跡のような日常を。
最中にいる時はなんともなく感じる、
儚く、切ない、夢のような日々を。
どこかコミカルなはずのその響きが、
あまりに哀切で。
……なんだよ。
涙、出ちゃったじゃねぇかよ。
ぜんぶ分かってるのに、情けねぇなぁ……。
からんからん
!
がちゃっ
「……いらっしゃいませ。
お一人様でしょうか。」
って。
こないだのチーズケーキのおっさんじゃん。
「チーズケーキとお冷。」
はは。
お冷まで指示されちったよ。
「かしこまりました。
どうぞこちらへ。」
*
「……は?」
「は? ってなによ。
私、客なんだけど。」
「あ、あぁ。」
ど、どうして彩音が。
っていうか、ココって。
うわぁ。
なんていうか、めっちゃ複雑だわ。
ま、家にこられるよかいいんだけど。
「お勧めは?」
はじめて聞かれたわ。
「柏木さん、コーヒー飲める?」
「……。」
正直なトコあるよな、コイツ。
「ダイエットしてなきゃ、
チーズケーキがよく出る。」
「……君さ、
仮にもアイドルだよ、私。」
「アーティストなんじゃないの?」
「そう、だけど……。」
「自家製。
たぶん、原価率8割。」
「!
儲ける気ないの?」
「それは経営者に聞いてよ。」
「……じゃぁ、それ。」
食うのかよ。
*
「あ。
……うん。」
ま、これは相当旨いと思う。
2020年に一流ホテルに出してもいいレベル。
絶対儲ける気ないよな、マスター。
俺は自家消費用だと踏んでる。
「……なんで流行んないの、ココ。」
「さぁ。
場所が悪いんじゃないの?」
絶妙に分かりづらい場所にあるからな。
一応、客が来るのを止めてはいないんだけど。
「それこそ、雑誌社の宣伝とか受ければいいのに。」
はっはっは。
頭の廻り方が優等生の彩音っぽい。
このまま、裏の世界は知らないでほしいんだがなぁ。
「音楽雑誌の話で来たんだね?」
「……そうだよ。
社長、怒ってたよ。
せっかく切り離してるのにって。」
「やっぱりいったんだ。」
「無碍にはできないじゃない。
君の名前を使われたんだから。」
「あはは。
御前崎社長、分かったろうに。」
「どういうこと?」
「行ったの、春坂さんでしょ。
彼女が、騙ったんだよ。僕の名前。」
あぁ、裏の世界の片鱗を知ったって顔してる。
まったくもう。そっちで処理してくれないかね。
「取材っていままでどうしてたの。」
「……テレビ局の人達がいたから。
私、ほとんど話さなくても良かったし。」
「センターでしょ?」
「センターだからよ。
私まで話したら、収拾つかないじゃない。」
そういうとこあるよな、コイツは。
出るべきところで遠慮して一歩引いてしまって損するタイプ。
「人気あるメンバーじゃなかったもん。
君も知ってるでしょ?」
「ごめん、マジで全然知らない。
悪い噂しか。煙草吸ったとか。」
「な、なんでそんなことばっかりしってるのよっ!」
「だからさ、驚いたろうね。
いまもだよ。柏木彩音、まだ10位以内に入ってるじゃない。」
「……見てるんだ。」
「白川由奈と一緒にね。」
「……
ねぇ。」
「ん?」
「君が、
白川由奈の彼氏ってほんと?」
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