第28話
「藤原さん。
あなたは、白鷺について、何をご存知ですか。」
乗車直後にこれかよ。話題がどぎついねぇ。
ま、コイツとそういうこと以外、話したことないわ。
「ほとんど、何も。
一見、ドジっ子のフリをして油断をさせつつ、
産業スパイまがいのことをしている。
究極の狙いは塩屋一族であり、当座のターゲットは汐屋隼士。
彼の猶子である沢埜啓哉に潜り込むことで、当座の目標を達しようとしている。
これくらいしか。」
「……あなた、
本当に自宅から一歩も出てないんですよね。」
「えぇ。
テレビでは報じられないですよね、まず。」
そういや今日、あのカマトト、来なかったな。
一応、それなりに警戒はしてたんだが。
で、と。
「残念ながら、これ以上のことをなにも知りません。
いまのは、白鷺さんの言動と行動から判断したまでのことです。」
「……。」
「お疑いになられる前に、こちらからを質問を。
どうして、白鷺さんを泳がせているのですか。」
質問って、頭の中を整理するよな。
幾つかの可能性が頭の中を蠢いてく。
雛が、忠誠を誓っている相手。啓哉とマスターの関係。
なぜマスターが、絵を、啓哉に買い与えていたか。
「……。」
たったいま、思いついたことを。
「突破口、ですか。」
「!」
「貴方の雇い主が、事件を起こさせてしまい、
この歪な世界を、終わらせようとしている。
違いますか。」
「……。」
そう、だ。
その可能性も、十分にある。
啓哉の会社である、Kファクトリーの出資元は、汐屋隼士。
株式譲渡などをしてない限り、Kファクトリーの筆頭株主は、汐屋だ。
雛が忠誠を誓っているのは、
沢埜啓哉ではなく、汐屋隼士であるとしたら。
構図が、変わってくる。
汐屋隼士は、俺が、終わらせる側に立つと思っていた。
すべてを終わらせる力を持つ核弾頭を所持した以上、
即使用、由奈を救出し、啓哉を破滅させるだろうと。
これは、原作の由奈シナリオ2月そのものの流れだ。
だが、汐屋隼士から見れば意外なことに、俺が、動かない。
だから、敵である白鷺楓花に、あえて隙を与えている。
それは、穿ちすぎだろうか。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
なにしろ、白鷺楓花のことを、何も知らない。
「……想像力が豊かでいらっしゃいますね。」
違った、か。
だが、それならそれでいい。
「答え合わせが出来て良かったです。
三日月さんもやるでしょ? 僕に。」
「……あなたがどうして生きていられるのか、
正直、不思議でなりません。」
「それは僕もそう思います。
ついでに、この件でもう一つだけ。
白鷺楓花さんが、僕を狙う理由はなんですか。」
「……
いまはまだ、申し上げられません。」
「それでも、警戒だけはしろ、と。」
「そうなります。」
「わかりました。
一つ、貸しにしておきましょう。」
「……。」
ん?
雛、ちょっと暗い顔になったが。
いつも、ギヌロしかしてないから、ちょっと新鮮。
「なにか?」
あ、戻った。
「いえ、なんでも。
もう一つだけお伺いしても?」
「……どうぞ。」
「ギタリストとしての沢埜啓哉は、
世界で成功できましたか。」
「!?
……そう、信じています。
少なくとも、私だけは。」
あぁ。
これで分かった。
雛の忠誠心は、啓哉に向かっている。
「……。
あぁ。
雑誌社の者ですか。」
頭、マジで切れるよな。情報源を推定されちまった。
ってことは、雛んとこにも行ってるわけな。
「……だとすれば、
七年前の事件も、ご存知ですね。」
これ、か。
ほとんど、何も知らないんだが。
さて、どういうカードを出すか。
「残念ですが、知っているのは、一般に伝わっているもの程度です。
それを出したら、記者の方が激怒されましたから、真実は違う。
現在のところ、その程度の知識ですよ。」
「……
藤原さん。」
「はい。」
「私は、借りるのは好きではありません。
無知なあなたのために、この件について、はっきりお伝えしておきます。
沢埜啓哉は、無実です。」
鋭く、強い口調だ。
これは、
もし雛の言う通りなら、どうして放浪したのか、どうして絶望したのか、
なぜ、あの絵にああまでも感動したのかが、分からない。
たとえ、罪を犯したからでなくても、悔恨の種は、あるはずだ。
でなければ、財産を傾けてまで、あの絵に執心する理由がない。
ただ、この情報、
いまは、持っておくだけで十分だろう。
「それなら、これはお願いですね。
由奈の精神と貞操を、お守り頂けますか。
啓哉さんのために。」
「……。」
意味、分かってないな。
ま、そりゃそうか。
よし。
一番強い切り札を、ひとつ、出す。
「この際ですから、はっきり言いましょう。
啓哉さんが、由奈の身体に手を出した瞬間、
由奈は、ほぼ100%、自殺します。」
「っ!?」
「『ordinary』の編曲で分かりましたが、啓哉さんは、由奈に賭けています。
それが、自殺と言う形で裏切られたら、
啓哉さんも、とても生きてはいられないでしょう。」
「……。」
これは、原作知識の枢要であり、
この作品のコンセプトでもある。
「白川由奈は、病みやすく、繊細な女性です。
しかし、芯は、貴方達が思っているよりもずっと強い。
そして、人を絶対に裏切らないことを信条にしている。
藤原純一を、自分から、裏切ったということになれば、
白川由奈は、何の容赦、仮借もなく、
あらゆる手段を使って、自分を罰します。
必ず、です。」
死に方のエンドだけで7種類あったんだっけな。いちいちグロかった。
身体に傷がつかない佐渡エンドが地味に好かれてたくらいだからなぁ。
あのグロスチル全部集めたがるツワモノがいたわ……。
「……
あなたが、どうして由奈さんを信じ切っているのか、
少しだけ、分かった気がします。
ですが。」
「み……」
いや。
ここ、だ。
「雛、さん。」
「!」
「俺は、誰も死なせたくないんです。
それが、沢埜啓哉であってもです。」
「……。」
「由奈を助け出すだけなら、
絵の真実を、啓哉さんにぶつければいい。
でも、そうしたら、梨香も、貴方も、啓哉さんも、救われないでしょう。
そんな状態で、由奈が悔恨を感じずに生きていけるとは、
とても思えない。」
「……。」
「もちろん、俺は由奈の彼氏です。
最優先すべきは由奈の命であり、貞操であり、精神です。
それでも、できることならば、皆を、救いたい。
白川由奈の、かけがえのない、
たったひとつの心の有り様のために。」
「……。
私、は。」
「……まだ、そこまでは行かない。
臨界点はもう少し先だと、僕は思っています。
でも、あのレッスン場での出来事は、僕らには分からない。
それに一番近づけるのは、
皆の命と心を救えるのは、
雛さん、貴方しかいないんです。」
「……。
藤原、さん。」
雛の表情が、読めない。
感情が蠢きすぎて、無表情になってる。
「……。」
「着きましたが。」
あ。
「……ありがとうごさいます。」
詰め切れなかったかぁ……。
まだここまで、踏み込むべきではなかったのかもだなぁ。
あぁ、ロードして、
情報の出し方と雛の表情変化を10パターンくらい試してぇ…。
「あぁ。
あなたの話、少しだけ、考えておきます。
少しだけ、です。」
……。
まぁ、いっか。
考えてもしょうがねぇもんな。
「ありがとうございます。」
からんからん
「あ。
もう、遅いよ純一。
お客さん、二組もいたんだよ?」
……あぁ。
コイツは、こう、使うんだな。
「っ!?
な、なに?
あ、頭なんか撫でて。」
「えらいえらい。
えらいな、奏太。」
「そ、そうでしょっ?
ふふんっ。」
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