第26話


 あぁ……。

 コイツ、いるのか……。

 

 「白鷺楓花と申します。

  三日月室長の命で参りましたっ。」


 白鷺楓花。

 雛の業務内容をとても一人で廻しきれるわけはないという発想から、

 二次創作で出てきたキャラクター。

 

 名前の派手さからして分かるように、名門家出身属性がついている。

 シルバーブロンドのサラサラ髪、目は碧眼というか瑠璃色。

 髪色に合わせたまっさらな制服風スーツ。どうみてもキャラ設定の時代が違う。

 

 こんな派手なナリなのに。

 実はコイツ、スパイなのだ。

 Kファクトリーというよりも、汐屋隼士の動向を探っている。

 

 そして、雛はそれに気づいていながら、

 背に腹は変えられないのか、泳がせているのか、採用している。


 コイツが、この世界にいるとなると。

 

 (雛さんには、任せられないから。)

 

 梨香の言葉の重みが、変わってくる。

 

 純一ロールプレイに徹するなら、

 わざわざ敵に心臓部を見せる愚を演じるべきだが、

 御崎さん相手でもないし、そもそもコイツは病んだりはしない。

 

 ただ、あからさまに敬遠するのは、

 いかにも怪しんでますよムーブであり、愚劣だろう。

 だから、純一を被ったフリをしておくべきだろう。

 

 とはいえ。

 コイツの目標、結局よくわかんないんだよな。

 なんせ、二次創作だからなぁ……。

 

 あぁ。

 

 「ありがとうございます。

  三日月さんからお伺いしていると思いますが。」


 バイト先だって、雛から聞いてるはずなのに

 

 「はいっ。

  朝靄大学ですねっ!」

 

 ……という、一見お嬢様ドジっ子属性も、どこまでが擬態だか分からない。

 ともかく、不気味な存在。

 

 コイツに関しては、本当によく分からない。

 ただ、彩音もそうだが、本編でそれほど活躍しないキャラだといっても、

 化けてしまう恐れはあるわけだから、それこそ考えて接するべきだろう。

 ほどほどに藤原純一を演じながら。

 

 「あの、バイト先のほうにお願いできますか。」

 

 「わわっ!

  す、すみませんっ!」

 

 ……どっちみち、大した演技だこと。


*


 

 「純一君っ。」

 

 え。

 

 また、なのっ

 

 「はーやーくーっ!」

 

 ねぇ、遊んでない?

 天下人のトップアイドルさん。

 どうしてココ自宅前、バレないと思ってるの??

 

 飛び乗るしかないよね、コレ。

 よっとぉっ。

 

 俺についてるパパラッチとか、いないよね。

 リスク高すぎるだろ、これ。

 

 ……ま、もしそんなのいたら、

 雛がなにかしら手配してくるだろうな。

 

 ただ。

 

 「ふぅ……っ。」

 

 この変装グラサンとコート、本人、全然ばれると思ってないんだよな。

 天才少女、今世の天下人、沢埜梨香の欠点の一つ。

 

 「あ、この車?

  こないだとは違うから。

  大丈夫だよ?」

 

 そこじゃないところを気にしてるんだけど、ま、いいわもう。 

 人も羨む天下有数の美少女なのに、そのドヤ顔だけは、奏太とそう変わらない。

 

 「……純一君の顔を見ると、東京にいるなって気がする。」

 

 こっちは、梨香の顔を見ると、

 東京から連れ去られるなって思うわけだが。

 

 「よろしいんですか?

  事務所に寄らなくて。」

 

 「いいのよ。

  兄さんは今頃由奈に夢中なんだから。

  ほんっと、失礼しちゃう。

  

  それより、いい加減敬語、やめてくれない?

  私、仲良くなったつもりでいるんだけどな。

  

  ……それとも、私だけ、なの?」

 

 うわっ。

 じ、事故レベルに顔、近づけてきた。

 

 「ね。

  敬語のままだと、私、

  由奈に内緒のこと、しちゃうよ?」

 

 ま、まずい……。

 梨香から、いろいろ、匂ってくるっ。

 この近さで、肌、艶……がっ!?

 い、いくらなんでも、これは、さすがにっ。

 

 「なんてね。

  あははっ。」

 

 ……なんてね、なんて思ってないな、これ。

 なんか、いつも以上にテンション高いぞ。

 大丈夫なのか、ちゃんと寝てる?


 「それとも、そうして欲しいの?」


 悪戯っぽく、顔を覗き込んでくる藤色の瞳が、言葉にできない眩しさで。

 身体の内側が、火照りそうになる。

 

 「……やめろって。」

 

 「おおぅ。新鮮っ。

  あ、なるほどね。

  新鮮って、確かにいいよね。

  うん、すごくいい。」

 

 なんか勝手に納得されてるな。

 

 「で、ね?」

 

 ん?

 テープ?

 

 「そ。

  一番に、君に聴かせたくて。」

 

 んー?

 

 

 『Fanfare of Fate』

 

 

 ……

 

 !!!

 

 「こ、これっ。」

 

 「そうだよ。デモテープ。

  快心の出来かな。と、思う。」

 

 これこそ、キャッシュの源泉。

 四週連続一位を叩きだした、沢埜梨香の代表作。

 原作中では、由奈の『Assorted Love』と対比される。

 

 「だから、はやく聴いてほしくて。

  誰よりも、純一君に。」

 

 それは、光栄だとは思うけど。

 

 「ね、いいでしょ?」

 

 「それは、もう。」

 

 『Fanfare of Fate』は、沢埜梨香のシグネチャーチューンだし、

 はっきりいって、『Assorted Love』よりも有名だ。

 『Assorted Love2』でも、『Fanfare of Fate』のほうがカバーは多かった。

 

 好奇心は、抑えられない。

 

 「やった。

  じゃ、お願い。」

  

 どこの誰だか分からない人が、梨香の渡したテープを無言で受け取り、

 車内のカセットデッキにセットし、プレイボタンを押す。

 

 うわぁ、サラウンド。車全体に響く感じ。

 いい音響機材だなぁ。カネ、うなってるなバブルって……。

 

 っていうか。

 あぁ。

 

 うわ。

 、か。

 

 そりゃまぁ、そうか。

 音響、結構よかったもんなこの曲。

 

 ただ、これ、

 

 「啓哉さんが、編曲、してない?」

 

 「……そう。

  耳、ほんといいんだね。

  今回、外の人に頼んだの。」

 

 !?

 

 「だって由奈に夢中で、私のこと、ほんとになにも考えてないのよ?

  だったらもう、いいかなって。


  兄さんが怒り出すかもしれないけど、

  そしたら、もう、事務所、辞めようかなって。」

 

 !!!

 

 な、なっ。

 

 あ、が、

 、だと!?

 

 原作では、これが最大のネックだったのに。

 兄が廃人になっても、兄を見捨てられなかったのに。

 

 ど、どういうことだ??

 

 「……君のせいだよ、純一君。

  君が、教えてくれちゃったから。」

 

 な、なに??

 

 「あはは。うそうそ。

  あーあ、由奈が兄さんで満足してくれればいいのになー。」

 

 なんてこと言うの、この梨香は。


 水をコクリと飲んだ後、

 梨香は、解けた笑顔で笑いながら、

 


 「だって、

  私の稼ぎ、ぜんぶ、あの絵に注ぎ込んでるんでしょ?」


 

 ど。

 

 「どうしてご存知なんですか。」

 

 「あら、敬語使うの?

  そんな純一君、話してあげられないな?」

 

 「……なんで、知ってるの。」

 

 「……あはは、その顔、ほんと可愛い。」

 

  うん。

  知ってるんだよ、あの絵。」

 

 ぇっ。

 

 「だって、私が留学先から戻った時、

  あの絵、デスクの中にあったから。」

 

 です、く?

 

 「うん。

  いまの社長室、かな?」

 

 ……なんだ。

 そんな話、本編どころか、設定集にもないぞ。

 

 でも。

 確かに、筋は通る。

 

 梨香は、啓哉と同じく、汐屋隼士が育てたようなものだ。 

 そして、梨香は、希代の才媛で、なにより勘がいい。

 啓哉の所業など、手にとるようにわかってしまうだろう。


 つまり。

 

 をしていた。

 ちょうど、自分の得意分野を、兄に見せようとしなかったのと同じで。

 

 啓哉に依存している間、梨香は、

 本能的に、自分の才幹を、啓哉の手の届く範囲に封じ込めていた。

 だから、絵のことを知らないフリをしていた。

 兄が全力で隠そうとしているものに、自分が気づくはずはないんだと、

 思い込もうとしていたのかもしれない。


 それ、を。


 「……。」

 

 内側から輝かんばかりに溢れ出る自信。

 天下人だけが持つ、圧倒的なオーラに満ち満ちている。

 こんなの、啓哉が見たら、ぺっしゃんこになりそうだ。

 

 「で、どう?」

 

 どうって。

 あぁ。曲。

 曲のことなんて

 

 

 「……ごめん、

  君に、見とれてた。」



 「えっ……。」

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