第25話

 

 「……私ね、純一君に棄てられた時、

  死んじゃおうかなって思って。」

 

 

 うわっ!?

 な、なんてこと

 

 「彩音さんの衣装、

  私の、死に装束のつもりだったの。」

 

 ……なんて、重苦しい……

 

 「そしたら、社長が来て

  これ採用! とか言うの。

  私、もう、ポカーンとしちゃって。」


 え。

 そんな理由だったのかよ。

 

 「ふふ。おかしいよね。

  あんなことされてなければ、

  いま、純一君とお話してないもの。」

 

 ……よかった。

 ほんとに、よかった。

 首の皮一枚、だったんだ。

 

 ってか、鬱ゲーの引力、怖すぎだわ。

 あれ、やっぱり大失敗だったんだ……。

 マジでありがとう、遣手婆社長。

 

 「……でもね。

  私、純一君に言って貰って、良かったんだと思う。

  最近はちょっと、断れるようになったんだよ?」

 

 ……進歩、してる。

 

 「ね、純一君。」

 

 「……?」

 


 「どうして、由奈なの?」


 

 ……。

 告白された、から。

 音楽の才があったから。

 

 「……なんでしょうね。

  ほっとけないんですよ、由奈。」

 

 ほっとけないんだよな。

 すぐ病むし、死ぬし、

 なのに、危ないところに飛んでいくし。

 

 「……ふふ。そうね。

  危なっかしいとこ、あるもんね。」

 

 「……はい。」

 

 「じゃあ、わたしもほっとけなくなったら、

  助けに来てくれる?」

  

 「……彼女でなくていいのなら。」

 

 「……」

 

 うわ。

 ちょっと、瞳が赤くなったぞ。

 でもどう答えろって言うんだよ。俺にしてはわりと

 

 「……

  ね、純一君?」

 

 「なんです

 

 

 

 「おし、おき、よ?

  だめよ? そんなこと言っちゃ。

  社長に言われなかったのかな?」

 

 「……ひどいですよ。

  これは。」

  

 「あら、

  由奈と、しちゃったのよね?」

 

 !?

 

 「ふふ。

  こないだ、由奈と逢っちゃったの。

  のろけられちゃった。」

 

 ……うわぁ……。

 でたよ、無自覚悪魔ムーブが。

 って。

 

 「新幹線の話、知ってたんですか?」

 

 「えっ?

  それ、さっきの新幹線の話なの?」

  

 げっ!

 由奈よかセキュリティ意識が薄かったってショックだなぁ…

 

 「……ふふ。

  由奈、ほんと、不用心なのね。

  もう、芸能人なのに。」

 

 ……あぁ。

 やっぱり、みんなそう思うんだ。

 まぁ、でないと、アイドルなんてやろうとか、考えないよな。

 

 「……あーあ。

  ごめんね、純一君。

  私、まだ、君のこと、好きなの。」

 

 「……。」

 

 躱さない。躱せない。

 俺は藤原純一だから。

 不貞を糾弾したら死に繋がってしまう世界だから。

 

 「……もうちょっとだけでいいの。

  たぶん、そう、五年くらい?」

 

 ずるっ!?

 

 「……ふふ。

  もう半分くらいかな?」

 

 ……その冗談、どう受ければいいんですか……。

 

 「そうそう、それでね?

  真美ちゃんの話なんだけど。」

 

 おっとりした口調で、急に話、変えるスタイル。

 原作でもそうだったな、御崎さん。

 

 「……あの子もね、ちょっと、複雑な事情があって。

  いろいろ、大変なのよ。」

  

 ……養子の話、か。

 

 「……彩音ちゃんにね、聴いちゃったんだけど、

  あの子が属してるグループって、

  あんまり仲、よくないみたいなの。」

 

 あぁ……。

 そっちの話な。

 

 「彩音ちゃんに代わってまとめてた子が、

  タバコがばれちゃったみたいなの。」

 

 え。

 って、そんな設定あったんだ。

 妙なリアリティ。

 

 「その子、他の事務所の子なんだけど、

  その事務所に、そういうのやってる子がいて。

  なんていうか、巻き込まれちゃったみたい。」

 

 ……ややこしいなぁ、もう。

 

 「それで、出てた番組も

  終わっっちゃうみたいなの。」

 

 あぁ。

 そういうことなのか。あの流れ。

 

 (!?

  君、なんで……っ。)

 

 ……そりゃ彩音は驚くわ。

 この話を知ってたと思ったのかもしれんな。

 

 「……真美ちゃん、社長に話そうとしたけど、

  どうせ聴いて貰えないだろうって、

  だから、家出して、気を引こうとしたみたい。」

 

 「……。」

 

 なんて無意味な行動。

 でも、そういう奴だったわ。地雷かまってちゃん。

 

 「だから、純一君にも、迷惑かけちゃったなって。」

 

 「僕よりも、

  三日月さんとかのほうだと思いますけどね。」

 

 なんだかんだ文句言いながら、

 しっかり泊めちゃったんだろうな。

 

 「あ。

  あの、由奈のマネージャーさん。

  しっかりした、優しそうな人だよね。」

 

 ……ど、こ、がぁっ!?

 

 って。

 これ、原作通りなんだよな。

 雛、男性を身体で喰いまくりつつ、心ではしっかりバリアー張ってるけど、

 女性に、特に年下には甘いところがある。

 庇護者属性っていうか。

 

 「うん。

  よかった。ちゃんと伝えられて。

  電話しても、いなかったから。」

 

 ……ん?

 電話番号、しっかり控えられてる?

 またさりげなくストーカー爆弾が。

 

 「……留守番電話、

  わたし、吹き込んでも、いいかな?」

 

 ……。

 まぁ、それくらいは。

 

 「……よかった。

  毎日、連絡するね?」

 

 げっ。

 

 「ふふ。

  二日に四回くらいにしておくね。」

 

 ……倍じゃんか。


*


 

 「今週第4位っ。

  白川由奈さん、『ordinary』、

  スリーランクアップっ!」

 

 逆転、か。

 ほんと、絵柄が好一対だな。

 赤と黒、絵が取りやすいっていうか

 

 

 からんからん。

 

 

 ……くっ!?

 

 がちゃっ

 

 「……いらっしゃいませ。

  一名様ですね?」

 

 ふぅ。

 なんとか、自然にテレビを消したぞ。

 

 ……この時間に客くるの、珍しいよな。

 最近だと、一日三組くらいだもんな。

 道楽店にしても限度がある。

 

 あぁ、仕事しごと。

 ご案内ご案内。

 

 ……こんどは音楽関係って感じじゃねぇな。

 そういや、こないだの女、ホントに彩音にインタビュー取ったのかな。

 嫌なことにならないといいが。

 

 「お決まりでしたら。」

 

 「チーズケーキ。」

 

 お。

 ここのこと、分かってる奴か。

 

 「お飲み物は。」

 

 「お冷でいい。」

 

 「かしこまりました。」

 

 ケチな客だなぁ。

 ま、こっちは楽でいいんだけど。

 儲けなくていいバイトってめっちゃ楽。

 

 あー、チーズケーキねー。

 これ、マスターが仕込んでんだよね。

 ってことは出なきゃ余るんだよね。


 余った奴、どうしてんのかなぁ。結構素材もいいしなぁ。

 ちょっと宣伝すればめっちゃ売れそうだけど、そしたら忙しくなるわ。

 

 ま、それは絶対ないな。

 なんせ、喫茶店はだから。

 

 「おまたせいたしました。

  ごゆっくりどうぞ。」

 

 よしよし。

 仕事、終わりおわり。

 

 ……お客いると、テレビ見らんないんだよな。

 安っぽくなるから。ラーメン屋みたいになるしなぁ。

 

*


 「っていうわけで、由奈の出演は見られませんでした。

  こんど、三日月さんに頼んで、ビデオデッキを買ってもらうか、

  店のほうに置いてもらうように、マスターにお願いしようかと思います。

  

  それじゃ。

  

  」

  

 がちゃっ

 

 ま、こんなとこかな。

 なんかこう、間が空いちまうと、

 もうちょっと入れたほうがいいんじゃねぇかって思うわ。

 それで由奈があんな感じになるわけだけど。

 

 留守番電話、かぁ……。

 留守番をしてくれてるだけだもんなぁ。

 

 ……そういえば、留守録も、送ってこなくなったな。

 身辺に危険が及べば、雛は連絡をしてくるはずだから、

 きっと、電話する暇も、ないんだろうな。

 

 ……なるほど、な。

 これは、来るわ。

 

 二週間、由奈と逢ってない。

 直接、顔を見ていない。

 声すら、聴いてない。

 

 彼女なのに。

 

 別に性欲がどうこうというんじゃなくて、

 単純に、淋しいんだろうな。

 

 あぁ。

 これは、流される。

 人肌を覚えちゃってる身体なら、待ってられるわけがないわ。

 

 物語に五年も十年も夫を健気に待ってた人が出てくるけど、

 あれは珍しい例だからであって、

 普通の弱い奴は、流されるほうがずっと自然なんだよ。

 

 ……それ、でも。


 絶対に、由奈を、信じ切らないといけない。

 それが俺の、この世界での役割だから。

 

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