第23話

 

 「真美のこと、助かったわ。

  純ちゃんにも、御礼を言っておかないとって。」

 

 わざわざ大学に来てもらわなくても。

 

 「あら。

  いまの貴方、外へなんて出られるわけないじゃない。」

  

 一昨日、電車、普通に乗ってましたが。

 

 「言っちゃなんだけど、あれも、監視されてたわ。

  沢埜梨香のライブ会場から出てくるあたりからね。」

 

 ……なん、と。

 やべぇな。全然気づかなかったってことじゃねぇか。

 つまり、マジな奴か。誰に、なんで狙われてるんだ?

 

 「うちのがいたから、手出ししづらかったんじゃないの。

  なにかのロケだと思われてたみたいよ。」

  

 「映せるほど身ぎれいな状態でしたか?」

 

 「……。

  ま、いいわ。

  貴方、倶楽部に関心ないもんね。」

 

 「ええ。まったく。

  そういえば、その真美さんですけれど、

  ロケで、六十時間、車に乗せられたらしいですが。」

 

 「……それ、初耳。」

 

 「勿論、六十時間は狂言と思いますが、

  かなり過酷なロケがあったりはするようですね。」

 

 「……さっさと辞めりゃいいのにねぇ……。」

 

 「わざとやらせてます?」

 

 「まさか。

  こっちもそこまで鬼じゃないよ。

  ただ、この話は。」

  

 「まぁ抗議しても無駄でしょうね。

  たぶんこれ、ドキュメントとセットでしょ。

  で、綺麗に成り立ってるところだけ取って出してる。

  頭の悪そうなディレクターがやりそうな企画じゃ?」

 

 「……ほんっと、心臓強いわね、純ちゃんは。」

 

 「学生に混ざって公然と講義聞いてる人に言われたくないですが。」

 

 「ははは。

  寄附、出してるからさ。

  なんか言える奴はいないわよ。」


 どういう経緯でそうなったんだ?

 あぁ。

 

 「正当に入れろと。」

 

 「……そういうこと。

  正門を開けろってね。」

 

 元・芸能人をやんわり断る例もあるからな。格が落ちるって言って。

 にしても、だいぶん砕けてきたな。原作に近いノリだわ。

 

 あぁ。

 それなら。

 

 「一応言っておきますけれど、

  変な絵、いまのうちに処分しておいたほうがいいですよ。」

 

 「ん?

  ……っ。」

  

 うわ。

 闇の商売人の顔してるわ。

 こういう顔、養女に見せたくないんだろうな。

 

 「……たまに思うけど、

  純ちゃんって、希死願望ある?」

 

 「いいえ? その逆ですよ。

  めぼしい土地でも転がしててください。

  そっちのほうが得意そうじゃないですか。」

 

 バブル期だからね。

 三年間くらいはウハウハできるだろうよ。

 

 「……はは。

  なんてこと言うんだろうね、こんな可愛い顔して。」

 

 ……こんだけ歳も違えば、そうも見えるか。

 原作だとナヨってしてるだけなんだけどな。

 

 これがらみで、マスターと相談しとこう。

 そっちのほうが、ホンボシかもしれないから。

 

 あ。

 

 「そういえばですけれど。」

 

 「ん?」

 

 「親の欲目なしに見た時に、

  文月真美って、からっきしなんですか?」

 

 「……。」

 

 眼、閉じて、すげー考えてるな。

 これ、クリティカル案件だったかもしんない。

 

 「……

  あの子は、やらない子だからねぇ。」

 

 あぁ、そういう答え。

 なるほどな。

 

 「お優しいんですね、御前崎社長は。」

 

 「……よしとくれ。

  ぞっとするじゃないか。」

 

 はは。


*


 いやー。

 マジで、客、いねぇなぁ。

 

 バブル期つっても、これで時給千五百円は緩すぎるだろ。

 奏太もしっかり本持ち込んでるし。

 

 禁煙だから?

 いや、絶対そんな理由じゃないわな。

 

 今日なんて、客、一人も来なかった。

 一人くらい来れば、そいつをウォッチして遊べるけど、

 こうもゼロだと、さすがに暇だ。暇すぎて死ねる。

 

 からんからん

 

 !

 

 「……いらっしゃいませ。」

 

 おう、今日はじめてのお客。

 

 ……って。

 

 「奏太?」

 

 「んー?」

 

 んー? って。

 お前、さっさと本読むのやめろって。

 バイトなんだと思ってるんだよ。

 

 「あぁー。

 


  いらっしゃいませ、お客様。

  おひとりさまですかー?」

 

 うわ。驚いてる。

 制服着た中学生にしか見えないもんな。

 なんせ、声変わりしてないし。

 

 「そ、そうだけど。」

 

 んー。

 女性かぁ。三十代前半くらい、かな?

 

 「お好きな席にお座り下さいませ。

  あ、全席禁煙です。」

 

 「そ、そうなの?」

 

 初見の客、これで帰った奴もいる。そりゃそうだよな。

 この時代の喫茶店なんて、煙草吸いに来てるようなもんだから。


 「ご注文、お決まりになりましたら呼んでくださいね?

  おうかがいに参りますから。」

 

 ……うーん。

 仕草がいちいち可愛いんだよな、コイツ。

 21世紀なら、絶対に変な線から人気が出たわ。

 

 「どう、純一。」

 

 「うん、えらいえらい。」

 

 「そうでしょ?

  ふふん。」

 

 ……こういうゆっるいコミュニケーションでいいんだよな、こいつは。

 時間軸がゆったり流れてる。

 

 合わせれば、まぁ、こんなもんだと思える。

 御崎さんと無理に結ばせる必要なんてなかったんだよな。

 

 御崎さん、かぁ……。

 なんだかんだで、あれから全然会えてないんだよな。


 (由奈、ちゃんは、

  、後輩。


  だよ、ね?)

  

 ……ほんと。

 やらかしたわ、あれは。

 

 ……つってもなぁ。

 由奈にばれなきゃ、身体許してもいいってのは、

 やっぱりリスク高いと思うけどな。

 

 だけどここ、俺の世界と違って、

 価値観が鬱ギャルゲーなわけだから

 

 「純一?」

 

 な、なんだよ、奏太。

 

 「なんだよって、注文。

  モカブレンドだって。」

 

 「あ、あぁ。」

 

 ……一応、淹れ方はマシになった。

 この手のやつは、丁寧な手順が全てだからな。

 人間、仕事になると、なんでも覚えるもんだわ。

 

 「の」の字を描く感じで、少しずつ湯を差してると、

 なんか、それっぽく見えるんだよな。

 

 ……あぁ。

 客、やっぱりいてくれるとありがたいかもな。

 ゼロはちょっと、キツイわ。

 

 「ん。」

 

 できたっと。

 レモンの酸味ってやつだな。


 「奏太。」

 

 「うん。」


 ……うーん。危なっかしい。

 別にやらかしたことはないんだけど、なんていうか、軸がナヨナヨしてるから。

 そのへんが人によってはそそるって感じかもしらんが。

 

 「お待たせしました。

  モカブレンドになりますっ。」

  

 ……あいつ、

 たまに狙ってるんじゃねぇかって思うことあるけどな。

 なんだあの解けた笑顔は。ただの営業用スマイルじゃねぇだろ。

 

 ……ふぅ。

 さっさと後処理しないと。

 

 ……?

 

 どした、奏太。

 

 「あ、あのね。」

 

 ん?

 

 「あのお客さん、純一のこと、聞いてきた。」

 

 ……んん??


 「ど、どうしよう。」

 

 どうしよう、ってな。

 

 あぁ。

 マジでこれ、考えてなかったな。

 ここにいりゃ安全だと、勝手に思い込んでた。

 

 ……ま、実際、安全なんだけどな。

 実質的に、塩谷家の治外法権みたいなトコだし。

 なんかあったらセキュリティ来るだろ。俺が地下潜った時みたく。

 

 「わかった。

  俺が相手するから。」

 

 好奇心は身を滅ぼす。

 つっても、奏太に対応、できるとは思えないからな。

 嘘もつけねぇしなぁ。

 

 「い、いいの……?」


 あぁ、そっか。

 コイツ、そういう可愛さがあるんだよな。

 ……マジで性別違えばよかったのに。

 

 ま、接してみるか。


 「!」


 奏太の頭をくしゃっと撫でると、ちょっと涙目になった。

 まさか、髪型、こだわってんの?

 

 んで、と。

 

 「……お待たせしました。

  御用とお伺いしましたが。」

 

 「……。

  貴方が、藤原純一?」

 

 「……大変失礼ですが、

  御名前を頂戴できますか。」

  

 「あ、あぁ。ごめんなさい。

  わたし、こういう者よ。」

 

 ……ロッキング・パンドラ

 春坂菜奈、か。


 「雑誌の編集者の方、ですか?」

 

 聞いた事ない雑誌だな。

 俺の世界には存在してなかったと思う。

 

 「……そうよ。」

 

 「失礼ですが、お若いのに、

  編集長でいらっしゃる。」

 

 「……

  君なんて、学生じゃない。」

 

 調べて来てるわけか、俺のこと。

 よし。じゃあ。

 

 「とは、

  はじめてお会いしますから。」

 

 うわ。

 すげぇ目で見てきた。

 やっぱりこれ、地雷ワードなんだ。

 

 「……。」

 

 「失礼しました。

  こちらの店は、どちらのご紹介で?」

 

 見つけにくいんだよ、ここ。

 一見さんがフラっと寄って来られる場所じゃない。看板すら出てないんだから。

  

 「……。

  その、汐屋さんよ。」

 

 ……ん?

 

 「大変失礼ですが、

  下の名前を頂戴できますか。」

 

 「汐屋隼士。

  ここのオーナーでしょ?」

  

 「汐屋との御面識はございませんね?」

 

 「っ!?」

 

 やっぱり。ってか、よく調べたな。法務局の登記簿クラスか?

 その先まで分かれば、わりと地雷なんだけど。

 

 「……誤解のないように言っておくけど、貴方と敵対するつもりはないわ。

  例え貴方が沢埜啓哉の手先であったとしても。」

 

 ……ん? 

 どういうことだ?

 

 いや。

 ここは、知っているの体で、情報を集めよう。

 ほっといたら勝手に喋っていくタイプだ、この女。

 

 「……ただ、知りたいだけよ。

  あんなバカみたいなお遊戯から、あんなスゴイ曲が出てきたことを。」

 

 あ、やっぱりそれか。

 

 「BWプロに取材申し込みは?」

 

 「してるわよ。

  取材、拒否されたけど。」

  

 さすが御前崎社長。ソツがないなぁ。

 っていうくらい、この世界でロックの旗色は悪いわけだ。

 なんでかはよくわからんが。

 

 よし、揺さぶろう。

 

 「御前崎社長としては、

  とは、距離を置きたいのでしょうね。

  評判、よろしくないですから。」

 

 うわ。

 すっごい眼。

 

 「……関係、ないじゃない。

  もう、七年も前の話なのにっ。」

 

 あぁ、やっぱりこの話か。

 

 「七年前だと、被害にあった方にとっては、

  まだ生々しいと思いますよ? 世間的にも。」

 

 なんもしらんけど、よくある一般論で揺さぶる。

 うわ、顔、真っ赤だなぁ。

 

 ロックのことを攻撃されると、

 自分を攻撃されたように感じるわけか。信者だなぁ。

 でなきゃ不利だとわかってて、ロック雑誌なんてやらないな。

 

 「それと、誤解なきようお願いしますが、

  僕は、沢埜啓哉の手先ではまったくありません。

  ただ、沢埜啓哉は、当代第一流の優れたアレンジャーです。

  春坂さんは、この点に異論はありますか。」

 

 党派性で低評価出したら、ご遠慮願うとするか。

 

 「……アレンジャーじゃ、ない。」

 

 ん?

 

 

 「啓哉は、超一流のだったっ!

  世界を狙えるはずだったのよっ!

  あんなこと、あんなことさえ起こらなければっ!!」

 

  

 ……なん、だって?!

 

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