第14話

 

 「であれば、

  貴方が由奈さんの彼氏を辞めて下さいますか?」

 

 「辞められたら困るのは、三日月さん達のほうでは?

  社長に由奈が靡くとは思えませんが。」

 

 出た、今日の一ギリ。

 

 「……その自信、本当にどこから来るんですか?

  無鉄砲にも程があります。」

  

 「少し分けて差し上げましょうか。」

 

 「遠慮します。

  命が幾つあっても足りませんから。」

 

 プレデター・ジェニーにそこまで言われるたぁな。

 

 「繰り返してお話することでもありませんが、

  由奈さんがデビューしたら、直接お会いさせることはできません。

  その覚悟はおありですね?」

 

 「芸能界デビューとは、

  そのようなものとお伺いしています。

  ただ。」

 

 「ただ?」

 

 「字義通りやれば、由奈が持たないと思いますよ。」

 

 「……大変残念ですが、

  その点は、重々承知しております。」

 

 「敏腕マネージャーの腕の見せ所、ですか。」

 

 「……あなた、本っ当に早死にしますよ。」

 

 だろうな。

 全員が死ぬと分かっていなければ、

 ここまで腹を括れはしない。

 

 「……地下の件、汐屋さんマスターからお伺いしました。

  あなたの命知らずも大概すぎます。」

 

 「でしょ。」

 

 いきなり本編最大の答えをさらっと言うスタイル。

 

 「!!!」


 うわ、ハンドル揺れた。

 めっちゃ動揺するんだ、ジェニーなのに。


 「あなた……ぁっ!!」


 そりゃまぁ、ギッリギリするわな。極秘機密の枢要なんだから。

 にしても、雛、丈夫な歯してんなぁ。俺ならもう何本か欠けてるわ。

 あ、肩で息してる。これ、相当クリティカル入ったな。


 やっぱり、知ってたか。

 ま、当然か。雛みたいな勘のいい奴が分からないわけがない。

 

 「僕も、ほんの少しだけ道義的な責任を感じているんですよ。

  由奈がアイドルになりたい、なんて言わなければ、

  もう少しこのバランスで続けられたでしょうから。」

 

 「……

  残念ですが、もう。」

 

 あれ。

 それ、言っちゃうのか。

 今日、わりと素直だな、ジェニーヒナの癖に。

 

 「社長は認められないでしょうが、

  由奈さんを選ばれたのは、社長の無意識でしょう。」

 

 、か。

 

 「でも、由奈は三日月さんの夢でしょう。」


 「……。

 

  ええ。その通りです。

  由奈さんは、です。」

 

 彼氏を前にしてそれを言い切るお前も相当だよ、ジェニー。


 「くれぐれも由奈さんにご心配を掛けないようお願いします。

  あなたの価値は、それだけなのですから。」

 

 ……はは。

 梨香のこと、しっかり釘を刺しに来たか。


*


 「沢埜梨香、全国ライブツアー敢行!!」

 

 ……この頃って、

 手書きの字幕を無駄に回転させるんだよな。

 見づらいったらありゃしない。 


 「昨年度有線ミュージック大賞をはじめ、

  各種賞レースを総なめにし、いま、乗りに乗っている沢埜梨香さん。

  

  今回のツアーは全国27箇所を廻られますが、

  どの会場も受付数時間でソールドアウトとなっています。

  大都市部のツアーでは、定価の数倍でチケットを販売する業者も見られ、

  警察がダフ行為の規制に向けて乗り出すほどの…。」


 隙のない、ゴージャスな衣装を身に着けた沢埜梨香が、

 カメラに向かって、皇室アルバムのような、完成された笑顔を送っている。


 ……こうしてみると、

 沢埜梨香に話しかけられたことが、夢のようだ。

 

 ……夢のようで、

 終わってくれればいいんだが。

 

 「ちょっと前だと、サイボーグを思わせるような

  圧倒的な正確性が見どころだったんですが、

  最近の曲だと、ダンスの振付やステップも変わってきまして、

  煽情的とまでは言いませんが、表現力の幅がぐっと深まりましたね。

  下手したら、明日にでもブロードウェイにそのまま立てるような」

 

 ……見てる人には、見えてしまうわけか。

 

 (……新しい、表現のカタチ。

  由奈には、内緒だよ。)

  

 額に唇が触れただけで、あんなに身体が溶けてしまうなら。

 経験の乏しい純一の身体で、

 一対一で、その先に誘われてしまったら。

 

 ……そう、させなければいいだけのこと。

 俺は、白川由奈の彼氏であり、

 全員を、過酷な運命から護り切らなければいけない。

 

 それだけのために、ここにいるのだから。


*


 当て馬ジルコニアンこと、

 柏木彩音には、意外な特技があった。


 「ピアノ、弾けたんだね。」

 

 「……嗜む程度。

  本職になれるようなレベルじゃ、全然ないわ。」

 

 ジルコニア、か。

 

 天然ダイヤモンドに限りなく近い成分を持っているが、

 あと半歩で、突き抜けない。

 宝石に限りなく近いのに、宝石の仲間から弾かれる、ただの工業製品。

 

 そして、そんな連中は一杯いる。

 だからこそ、沢埜啓哉のようなプロデューサーの存在が光るわけだが。


 まぁ、コイツの場合は。

 

 「所詮は記念受験みたいなもんだからね。

  やりたいことやって、後腐れなく去れるように。」

 

 「どうして君はそう偉そうなの?

  ほんと、沢埜啓哉ソックリ。」


 げげっ。

 

 「あはは、その顔っ。」

 

 ……そこまで顔に出てるか。

 

 ただ。

 

 「僕は洋楽しか知らないけど、

  悪い曲じゃないよね、これ。」

 

 ウォークマンから流れてくる仮歌版のデモテープを聴いた限りでは、

 昏い情念がほどよく昇華され、うまいバランスでポップスとして成り立ってる。

 俺の時代でいえば、ヨルナカみたいな感じだろうな。

 バブル期といえども小昏いポップスは一部で売れていたから、

 マーケットがないわけではないだろう。

 

 「ほ、ほんとっ!?」

 

 「って、僕みたいな素人に褒められても、

  なんにもなんないだろうけど。」

 

 「……

  褒められたこと、ないから。」

 

 あぁ。

 そういやそうだった。

 奨励賞のちっちゃいトロフィー一個で泣けちゃうような奴だった。

 

 「これなら、胸音で歌ってもいいよね。

  アイドルっぽくない感じで。」

  

 「っぽくない感じ?」

 

 「うん。

  このメロディ、高音域で歌っても映えない。」

 

 俺の世界だと、神崎菫的な音域なんだよな、このメロディが合うのって。

 ただ、そんな引出し、アイドルのコイツが持ってるわけねぇけどなぁ。

 

 って。

 そういえば。

 

 「思ったんだけどさ。」

 

 「……なによ。」

 

 「少女倶楽部にいる間、

  柏木さん、自分のレッスン、

  ほとんどしてなかったんじゃないの?」

 

 「……なんでそう思うの?」

 

 原作の最後で、ちょっと挫折しただけで急成長したから。

 キャラが弱く情けないところが多すぎて二次創作少なかったけど、

 冷静に考えてみると、こいつ、地味に能力属性多いんだよな。

 

 なんて、言えるわけがない。

 

 「だってほら、

  少女倶楽部って素人以下の集まりでしょ。」

 

 「……ガツンと言ってくれるわね。」

 

 「お遊戯として成り立たせる最低限のクオリティを、

  誰かが確保しないといけないわけじゃない?」

 

 「……そうよ。」

 

 あぁ。わかった。

 つまり。

 

 「御前崎社長は、柏木さんに期待してるわけか。」


 「っ!?

  なんでそうなるのっ。」

 

 単純な引き算で、

 ただの印象論だが。

 

 「たぶんだけど、少女倶楽部の製作費まわりは、

  テレビ局側から出てるんじゃないの?」

 

 テレビ局主導の悪戯だからな、あれは。

 がっつり音楽出版権も握られてそう。

 

 そもそも、BWプロ御前崎社長の事務所からすれば、

 出演番組の一つとしてタレントを所属させているだけであって、

 あの企画を主導する立場にはないだろう。

 

 「……君、どうして。」

 

 「たぶん、って言ってるでしょ。

  こんなの、まともに勉強してる学生なら、

  だいたい、思いつくよ。」

 

 「……そう。」

 

 「で、番組、

  このクールで打ち切りだよね。」

 

 「!?

  君、なんで……っ。」

  

 原作知識。

 これを受けて、露出機会を喪った少女倶楽部の人気は急落、

 二か月後にひっそり解散している。解散会見は閑散たるものだった。


 海千山千の御前崎社長が、

 この未来図を予め見越せないわけがない。


 御前崎社長の勝ち筋は、

 あのイミフな絵にご執心な沢埜啓哉を破産させ、沢埜梨香を引き抜くこと。

 原作では、由奈と梨香の決定的な分岐点になる。

 

 抗議に向かった由奈を闇兄が自室に連れ込んで強姦した後、

 あの絵がぜんぶ偽物ショックで闇兄は廃人と化す。

 ダメ押しに外為法違反と脱税容疑で事情聴取を受け、

 事務所は解散に追い込まれるわけだが。

 

 ただ、御前崎社長は、

 そこへ一点賭けするような人ではまったくないだろう。

 たとえば。

 

 「柏木さん、結構テレビ、出てるみたいだね。」

 

 「……前に比べれば、ずっと少ないけど。」

 

 「それ、凄いことだよ。

  普通、グループからソロになった子って、

  テレビのキャスティングなんて、あんまり来ないもん。」

  

 使いづらいからな、ピンとしては。

 ましてコイツなんて、キャラ、全然ないんだから。

 

 「……君、本当に無関心なのよね?」

 

 「うん。

  少女倶楽部には、微塵もない。

  

  続けても?」

  

 「……どうぞ。」

 

 「ま、社運を賭けてってほどじゃなくて、

  化ければ儲けもの、くらいの期待はしてる。

  そんなとこじゃないの?」

 

 「……その言い方、

  喜んでいいのか、分かんないけど。」


 「少なくとも、

  メンバーの御守に時間を割く必要は無くなった。

  でしょ?」

 

 「……それは、まぁ。」

 

 「いろいろドロドロだったんだろうね。」

 

 「そうなのよっ!

  だって、あの子たち、なん

  

  ……!?」


 ……なるほど、な。

 やっぱり、御前崎社長、敵に廻しにくい人だな。


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