第13話
「あら、そうなの。
なら、純一君、ちょっと借りていい?」
「だ、だめっ!!」
……これ、相当遊ばれてるな。
どこまでが遊びで、
「あはは。
でも、貸してほしいのはホントなんだ。
私、ツアーに出るから。」
ツアー、かぁ……。
そういえば、原作で、
テレビ出演と、ツアーの両方に出る無茶なスケジュールが組まれて、
テレビスタジオとファイナルのアリーナ公演のステージの間を
全速力で走るっていうシーンがあったな。
あんな大規模なロジ、あんな少ないスタッフで誰がどう組んでるんだ?
レコード会社側でやってんのかなぁ。
「信頼できる人が傍にいてくれるとありがたいの。
ね、どう?」
「どう、と言われましても。」
「バイト代、
ココの10倍出すよ?」
10倍。
つまり、時給、一万五千円。
めちゃくちゃ動いた。
さすがトップアイドル。人心収攬できちゃうってわけか。
っていうか、梨香は自分のロジまわりも握ってるな。
でなきゃ、カネまわりの話がすぐ出てくるわけがない。
まだ10代だってのに。引退した後の金銭感覚に不安しかない。
「だめ。
だめ、だよっ……。」
うわ。
由奈、泣きそうな感じになってる。
「……あはは。ごめんごめん。
大丈夫だよ、由奈。
純一君、関心なさそうな顔してるから。」
10倍には相当心動いたんだが。
って、何を見せられてるんだ、俺は。
って。
あぁ。
「
いつもは、雛に仕切らせていたのだろう。
事務所社長がご執心の由奈がいる今年は、雛は梨香に帯同できない。
原作での梨香の追い込まれ方の深刻さが、この側面からも分かってしまう。
「そうよ、さすがね。
そんなこと言われたら、引っ張って行きたくなるじゃない。」
「だめぇっ!」
なるほど。
少数精鋭だし、あの闇兄のフィルターも潜らないといけないからな。
って。
「啓哉さんは?」
原作と違って、俺は闇兄の言いなりになる人間ではない。
俺なんかに入られたら、攪乱すると思われるだけだと思うが。
「まぁ、やってみろ、だって。
失礼しちゃう。」
あ、あの銀髪嫌味野郎め。
この状況、ガッツリ楽しんでやがんな。
ってか、あいつからすれば、梨香を使って由奈の信頼を揺さぶれれば、
由奈が自分に堕ちてくるとでも思ってるのかもしんねぇな。
……ただ。
「あーあ。
私、札幌で身体壊しちゃうかもだなー。」
あからさまそのものなのに、
一芝居が、マジで上手い。
藤色の目、うるうるさせて由奈に見せつけている。
「う゛っ……。」
……こんな関係性になってるのか、この二人。
っていうか、病まない梨香、最強に人を振り回すタイプだな。
こんなもん、原作設定から想像できるわけないだろ。
うーん。
ま、こうか。
「マスターに相談したらいかがですか。」
日本を代表するコングロマリットの一族だ。
ロジを廻せる信頼できる人を手配するのは難しくないだろう。
「……ずるいわ。
真面目に答えるなんて。」
真面目じゃなかったのかよ。
「……うん。
でも、いいかもね。
雛さんには、任せられないから。」
ニュアンスのある表現だ。
なにか、あるのだろうが、
原作では、梨香と雛の関係は、ほとんど書かれていない。
「純一君、なかなか逃げ上手ね?
追いかけたくなっちゃうじゃない。」
うわ。
ちょいちょい差し込んでくるなぁ。
「あはは、じゃね。
ごちそうさまっ。」
……あの状態にしておいていいのだろうか。
っていうか、由奈のメンタルがわりとガッツリ削られてる……。
「由奈。
梨香さん、
冗談だからね、冗談。」
「……むぅっ。」
やっばい。
原作にないタイプの曇らせ頂いてる。めっちゃ可愛い。
といって、このまま落としておいていいわけがない。
由奈の属性には「天稟の才」の横に「病みやすさ◎」がついてる。
なんてったって死にまくる鬱ゲーのメインヒロイン。
「デビュー目前だから、取材がいろいろ来るでしょ。」
「そ、そうなのっ。
そんなキツいやつはないっていうんだけど、
いろいろ意地悪な質問もあったりして。
雛さんに護って貰っちゃって。」
……はは。
ジェニーの裏の顔、まだ微塵も知らないって感じだな。
「これでも取材、最小限なんだって。
梨香ちゃんとか、凄いなぁって。」
そっ、か。
いま、まさに、離陸寸前の姿なわけだ。
下積みなしで、沢埜兄妹を翼に、
開花しかけている天才的な表現力をエンジンにして。
「引っ込み思案、なおって来た?」
こんなことを治すためにアイドルを選んだって、
取材で答えてるわけないと思うが。
「!
……ちょっと、だけ。」
由奈は、目を細め、
俺の目をゆっくりと眺めた後、
全身の重みを委ねながら、無防備に、解けるように笑った。
「ちゃんとみててね、純一君。
わたし、がんばるから。」
*
まさか。
「貴方ね。
藤原純一君ってのは。」
そう、来るとは。
「奏太を責めないで頂戴。
あの子、気、弱いんだから。」
それは、否定しないが。
芸能事務所の社長が、大学に乗り込んでくるとは。
「語学の必修よね?
曜日も時間も決まってて、一番捕まえやすいわ。
それに。」
?
「貴方、啓ちゃんのトコの子に、
送り迎え、させてるそうじゃない。」
うわ。
雛のことかよ。
「車、ちゃんと替えないとだめよ。
みんな知ってるわ。」
……ははは。
プロだな、この人。
*
「奏太の話だと、貴方、
この世界のこと、なんにも知らないそうね?」
……はは。
なんて言っていいんだか。
御前崎社長、ホント原作通りだわ。直球バンバン投げてくる。
「ふふ。
貴方が思ってる以上にずっと、
貴方、注目の的よ。」
……どういうことだ。
「だって貴方、白川由奈の彼氏でしょ。」
「……そうですが。」
「ほら。
なんにも分かってない。
貴方は、白川由奈の、
唯一にして最大のアキレス腱よ。」
「そうでしょうね。」
「……呆れた。
私が知ってるってことはね、
業界の連中、貴方のこと、皆、知ってるってことよ。」
……それは、そうだろう。
原作では、新曲の企画会議に参加、はてはテレビにまで映り込み、
あからさまに目立っているはずの藤原純一は、
メディアにまったく注目にされない。
まるで、チェスタトンの郵便配達夫のような扱いになっている。
そんなこと、現実にはあり得ない。
原作のご都合主義的な異常さは、よりリアルに近い、
というか、ひとつのリアルであるこの世界で、通じるはずがない。
それを、真正面から指摘する人物が、
漸く現れたというだけのこと。
ただ。
「沢埜社長達が、
計算に入れていないとは思えませんが。」
「あら。
ふふ、どうかしら。
貴方、啓ちゃんの何を知ってるの。」
ここ、か。
「紛れもなく、当代随一、超一流のアレンジャーです。
それと、変な絵にご執心ですね。」
顔色が、変わった。
御前崎冬美が持つ、沢埜啓哉に対する最大のカードなのだから。
「……。
ふふ。ふふふ。
思った以上ね、貴方。」
こっちの台詞だ。
大した女傑だよ、まったく。
「あら、御免なさい。
今日はただ、貴方のツラ構えを見てみたかっただけよ。
ほら。」
……雛、かよ。
おっかねぇ顔してんなぁ。
「ふふ。
別に、とって喰いやしないわよ。」
「どうでしょうか。
前歴があること、どうかお忘れなきよう。
さ、参りましょうか、藤原さん。」
ここは、このムーブに乗っておこう。
ほんとは御前崎社長に聞きたいこともあったんだが。
*
「御前崎社長は、なんと?」
ジェニー、探りを入れてきたか。
隠す必要はない。
「僕が由奈の彼氏だと、
業界関係者は知っているそうですよ。」
「あぁ。
そんなことでしたか。」
「ええ。」
「であれば、
貴方が由奈さんの彼氏を辞めて下さいますか?」
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