第12話


 「あ。」

 

 みつ、かった。

 

 ジルコニアンこと、柏木彩音。

 視聴者参加型アイドル、少女倶楽部の元センター。

 現在はソロで、もうすぐこっちも卒業する。

 

 「……。」

 

 あ、いつもより落ち込んでる。

 なんかあったんだな。

 

 っていうか、オープンキャンパスを理由に大学構内に入ってたんじゃないのかよ。

 いま、絶対そんなもんやってねぇだろ。

 

 ま、いいや。

 俺には関係な

 

 「……待ちなさいよ。」

 

 ……なんで呼び止めるかなぁ。

 俺、お前になんかした?

 

 「逃げなくったっていいでしょ。

  その、御礼、言いたかったし。」

 

 お礼?

 

 「……あの、御崎さん。」

 

 ……?

 

 「……最初、侮ってた。

  ただのど素人だと思ってた。」

 

 ?

 ただの素人だけど?

 

 「……凄い人だった。

  縫うの早いし、デザイン画から型紙書くのも早いし、

  なにより、デザインがスゴくて。」

 

 ボキャブラリーが少なすぎて、

 何がどうスゴイのかよくわからない。

 

 ただ、原作でも、あの傲慢パワハラ部長の無茶ぶりに

 懸命に応じていた御崎さんは、縫製技術は確かなのだろう。


 ……そっちに情熱を燃やしてくれるなら、

 それはそれでいいのかもしれない。

 ナントカに蓋をしてるだけな気もするが。

 

 「で、ね。」

 

 ん?

 

 「君も知っての通り、

  わたし、ソロになっちゃったじゃない。」

 

 なっちゃった、って言いきっちゃったよ。

 

 「やっと、気持ち、切り替えられたの。

  どうせなら、思い切って、やりたいことやってやろうって。」

 

 「へぇ、いいんじゃないの。」

 

 「……なんか、軽い。」

 

 なんだよ。

 ジルコニアンに重みのある回答する余裕なんてないって。

 

 「ほんとは、もう嫌だったから。

  オトコに媚びるような曲とか、

  オトコに嘲笑われる曲、歌うの。」

 

 あぁ。

 まぁ、アイドル曲って異性への幻想だからな。

 男性アイドルの曲も、男性から見るとありえない感じだから、

 女性アイドルもそういうところはあるんだろう。

 少女倶楽部なんて、その極端なバージョンの一つだったしな。

 

 「曲調も自由にしていいって、

  社長も言ってくれたし。」

 

 完全放置ってやつか。

 ま、辞めていくやつに花向けてるって感じなんだろうな。

 御崎さんの技術がどれほどのものであるにせよ、

 素人を登用してるわけだから、プロジェクトとしての予算規模は小さいんだろう。

 

 「だったら、

  歌詞もそっち方向に変えれば?」


 「歌詞?」

 

 そう。

 

 「徹底的に、女性向けにシフト。

  シンガーソングライター路線ってやつ。」


 ざっと眺めた限りでは、

 この世界の、女性アイドル優勢の音楽市場には、この枠は、まったくない。

 高度なAORや機材的なガールポップはあっても、

 インパクトのあるシンガーソングライターの線は弱い。

 

 「どうせ失敗するんだから、

  やりたいこと、ぜんぶやったら?」

 

 「そ、そんなこと」

 

 「思ってるんでしょ?

  切り離された時から、ずっと。」

 

 「……。」

 

 「大学に来てる意味も、さ。

  未練を持ちながら、内心、良く分かっちゃってる。

  柏木さん、そこそこ、賢いからね。

  

  だから、詞が書ける。」

 

 「え。」

 

 「創作活動なんて、鬱屈から生まれるんだよ。

  柏木さんはいま、その源泉を湧き出るように手にしている。

  一生に一度のチャンスだろうね。」


 「……。」

 

 「まぁうまくいったって一度限りだけど、

  ほんの一泡、吹かせられはするだろうね。

  沢埜啓哉とかに。」

 

 「っ!?

  な、なんで知ってるの?」

  

 原作だと、沢埜啓哉に必死に媚びを売ろうとして、

 嫌味の連弾を無防備に浴び続け、

 サンドバックよろしくボコボコにされ続けるシーンがある。


 「シンガーソングライターなら、

  楽曲さえ良ければ、いまの歌唱力でも、十分いける。

  勿論、死ぬ想いで伸ばさないとだけど。」

 

 「……君、ほんとに私に関心ないの?」

 

 「微塵もなかったよ。

  放送作家の玩具に過ぎない少女倶楽部には。」

 

 「……。」

 

 「ま、御崎さんの衣装に、

  せいぜい恥を掻かせないようにね。」


 「……君、ほんと、沢埜啓哉に似てるよ。」

 

 げげっ。

 ……誰かにも似たようなこと言われたばっかりだわ。

 そんな厚顔無恥嫌味野郎な人間に見えるのかな、俺……。


*

 

 「御前崎さんが?」

 

 「うん。

  純一に、会いたいんだって。」


 「あのな、

  俺は由奈の彼氏だぞ。」

 

 「そうだけど、

  純一と向こうの事務所とは関係ないじゃない。

  それに、ただ会うだけだから。」

 

 「あのなぁ。

  忙しい芸能事務所の社長が、わざわざ学生に会って、

  宇治抹茶飲んで終わり、みたいなことがあるか?

  必ずなにか面倒なことを押し付けてくるに決まってるだろ。」

 

 「んー。」

 

 んー、って。

 

 「考えすぎじゃない?」

 

 奏太ぁ……。

 

 「だって、ボク、そんなこと言われたことないよ?」

 

 それはお前がただの甥っ子だからだろう。

 血縁関係ない奴をわざわざ呼びつけるんだぞ?

 

 「んーっ。」

 

 んー……

 って顔をして、固まってるな。

 なんだこりゃ。

 

 ……

 ん?

 

 「お前さ、これ、御崎さんにも言われてる?」

 

 「な、なんでわかったのっ。」

 

 ……お前があまりにも不自然過ぎたからだろうが。

 

 「……ひどいよ、純一。

  わかってたんだったら、さっさと言ってよ。」

 

 ほんの一分前まで分かってなかったよ。

 

 「御崎さん、からって言ってたよ。」

 

 御崎さん、

 そういう説明にしたのか……。

 

 (由奈、ちゃんは、

  、後輩。

  

  だよ、ね?)

 

 「……ね、なにがあったの?」

 

 聞くんだ、コイツ。

 こういう無神経さが、違う方向に発揮されてくれれば…。

 

 「ない。

  なんもない。」

 

 ……なんにも、ありはしない。

 これまでも、これからも、そうあってほしい。

 あの紅い目を封じるお札とかないもんかね。

 

 「……ホントに?」

 

 あってもらっちゃ困るんだよ。

 ってか、

 

 「お前、御崎さんの家庭教師の話、なんか聞いてるか?」

 

 (その、ちょっと、心を開いてくれなくて。)

 

 「もう。

  そうやって、また話、そらすんだから。」

 

 わりと大事なことなんだが。

 純一を欠いた状態で、あの地雷かまってちゃんのイベントが

 勝手に進まれていたら、大変なことになるかもしれない。

 

 「んー。

  なんか、気難しい感じの子だよ?

  御崎さん、手を焼いてるみたい。」

 

 そこでホントに止まっててくれてるだろうな。

 万が一、があったら

 

 ……ん?

 

 「あんまり考えてなかったけど、

  お前、文月真美と従兄妹になるんじゃねぇの。」

 

 「んー。

  ならない、と思う。」

 

 思う、って。

 

 「あの子、叔母さんの養子だから。」

 

 っ!?!?

 そ、そんな設定、はじめて聞いたぞ。

 名字が違ったのは父方の名字なだけかと思ってたが、

 どちらとも繋がってないなんて。

 

 で、なんでお前、知ってるんだよ。

 

 「んー?

  叔母さんからだよ。」

 

 ……そういや、あの社長、デリケートなことを隠さないタイプだった。

 奏太相手だと余計に喋っちゃうんだろうな。

 で、デリカシー皆無の奏太は全部喋るスタイル。

 

 あぁ。

 親子関係のトラブルっていうのは、それもあるのか。

 めちゃくちゃ難しい話じゃねぇか。

 

 「だとすると、

  御前崎社長が少女倶楽部に入れたのはなんでだ?」

 

 「んー、ボクに聞かれても。

  そっちわかんないから。」

 

 おい。

 いい加減、関心持てよお前は。



*


 あは、は……。

 

 「こんばんは、純一君。」

 「こ、こんばんはっ。」

 

 二人、一緒に来るなんて。

 このパターン、原作では見たことないわ。

 なんていうか、絵面が華やかすぎる。

 

 「ご、ごめんね純一君。

  留守番電話にも伝えてないのに。」

 

 そうだね。〇INEもないもんね。

 即時性皆無だね、この時代のメディア。

 

 「いいよ。

  いらっしゃい、お二人とも。

  ご注文は?」

  

 「ブレンドとチーズケーキ。」

 「わ、わたしも同じで。」

 

 貴重な常連さんだこと。

 ほかの客、全っ然いないんだけど。


*


 「ほんとは、私一人で来るつもりだったんだけど、

  由奈に、見つかっちゃってさ。

  あらぬ疑いをかけてくるんだよ。ね?」

  

 「そ、そんなことないもんっ。」

 

 ……そんなことありありだな。

 なんだこの軽く胃が痛くなる鞘当ては。

 

 「由奈って、独占欲強いよね。

  兄さんみたい。」

 

 「そ、そんなことないよっ。」

 

 「あら、そうなの。

  なら、純一君、ちょっと借りていい?」

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