第7話
「天才芸術家、超一流音楽プロデューサーとしての貴方を、です。
貴方そのものではないしょう。」
顔色が、変わった。
ここで、喧嘩をしてはいけない。
まだ、その段階ではない。
「この国の音楽文化の枢要を担われている沢埜さんに、
ひとつ、お伺いしたいことがあります。」
話を、露骨に逸らす。
ついでに。
「……なんだね。」
「どうして、こうまでも、
女性アイドルが隆盛しているのでしょう。
沢埜さんも、元々はバンドを組まれておられましたし、
洋楽に精通されておられますよね。」
「……あぁ。
君は、そんなことも知らないのか。」
「はい。
由奈がアイドルをやりたいと言わなければ、
一生関心を持たなかったと思いますよ。」
「……ふふ。
そうか、なるほど。
面白い。
実に面白いな、君は。」
いいから答えろよ。
この世界が、アイドルチャンネルTVになってる理由を知りたいんだよ。
「そうだな……。
君のような無知蒙昧な青年に、
一言で言うのは、なかなか難しいな。
いいだろう。
特別に、僕が講義してやろう。」
ほんと、いちいち偉そうな奴だな。
悔しいくらい、いい声だけど。
で?
「1960年代から70年代まで、
音楽はもっと、多様だった。
最先端の洋楽が街に溢れ、私もその影響を多分に受けたよ。
大正時代の西洋音楽を翻案しただけの
情念が絡みついた演歌を斃そうと、いろいろ策を練ったものだよ。」
これは、史実通りなわけか。
つまり、過去のレコードを漁れるならば、
俺の世界と、そう変わらないわけか。
「洋楽と、この国の音楽が、はっきり分かれたのは、
そうだな、いまから5~6年くらい前だな。」
この世界は、設定上は、1986年。
つまり、1980年前後に、何かがあったわけか。
それは
「一番大きいのは、
からんからんっ
「おや。
待ち人来たる、だな、青年?」
んくっ!
きょ、強制力ぅっ!?
「純一君っ。
ご、ごめんな……
啓哉、さん?」
あぁ、下の名前か。
ま、梨香と区別するためには当然なんだが。
「ふふ。
じゃ、あとは若人に任せようか。
由奈。」
「は、はいっ。」
啓哉は、細い銀縁の眼鏡の奥から、
由奈を優しく見つめ、手を、そっと肩に置いた。
「うん、しっかりやってるね。」
「はいっ。」
「よし。
来週にはレコーディングを終える。
忙しくなるよ。覚悟しておきなさい。」
「は、はいっ。」
……あいつ、俺にわざと見せつけてるな。
「そういうことだ。
せいぜい逢瀬を楽しんでくれ、青年。」
……はは。
こんな嫌味ったらしい化け物を相手にしてりゃ、
心も焦り捲っちまうわけだな。
だが。
「そうさせて頂きます。
いつか、続きをお伺いしたいものですね。」
「ははは。
そうだな、近いうちに、な。」
……ふぅ。
去っていった、か。
あぁ。
空気、入れ替えてやりたい。
塩、撒いてやろうか。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんでもない。
お帰り、由奈。
今日も頑張ったね。」
「うんっ。
……えへへへ。」
「ん?」
「優しいね、純一君っ。」
……イライラの反動が出てるだけなんだが。
*
うわ。
「……何よ。」
いや、なんでもない。
別になんでもないんだけど。
「君、こないだ私を指さして、
ジルコニアって言ってた人じゃない。」
言ってねぇよ。
お前の被害妄想だよ、ジルコニアンちゃん。
「ほら、また言ってる。
わかるんだから。」
……心の中の声、聞こえてんの?
コイツ、テレパス持ち設定なんてあったのか。
「……
その、ありがとね。」
……ん?
コイツに感謝されることなんて、一つもないはずだが。
「紹介してくれたんでしょ?
家庭教師、真美に。」
まみ……、
って、あの地雷かまってちゃんか。
ん?
真美に、家庭教師を紹介したのは、大学であって
「君の知り合いだって聞いたけど。
御崎紗羽さん。」
え。
御崎さんが、どうし……
……あぁ。
そういう。
「
「そうだけど。
いい人いない、って言ってたから。
紹介してくれなかったら、
変なオトコになったかもしれないじゃない。」
……そうなろうとしてたんだよ、まさに。
ってか、これ、
地味に不味いぞ。
御崎さんを主要登場人物の引力圏の外に置き去ったつもりが、
思い切り中に引き寄せられている。
あの地雷かまってちゃんと御崎さんがうまくやれるかも心配だが、
御崎さんの性格からして、由奈のことを喋っちゃうのは時間の問題だろう。
そうなったら、何が起こるか分からない。
あぁもう……。
一難去ってまた一難。
っていうか、一難が去ったかどうかも確認できてやしない。
ん?
「柏木さん、
ソロになったんじゃなかったっけ。」
「!?
な、なんで君が知ってるの。
もしかして、私のファン?」
「いや、違うけど。
ぜんぜん興味ないし。」
「……。」
見るからに落ち込んだ。
分かってて遊んじゃったよ。ゴメンな。
「じゃ、なんで知ってるのよ。
興味ない癖に。」
んー。
あえて直球を放る手もあるんだけど、読み切れないなぁ。
コイツ、人気ないから二次創作も少ないし、
性格、いまいち掴み切れてない。
「知り合いにドルオタがいてさ。」
「ど、どるおた?」
あぁ。
そんな表現、1986年にはないわ。
「んーと、まぁ、
アイドル好きな奴かな。」
「……ふぅん。
その子、誰のファンなの。」
知らねぇよ。
そこまで設定、作り込めねぇよ。
「知らないけど、まんべんなくじゃないのかな。
チャート番組が好きなタイプ。」
吐き気を催しそうな顔してんな。
そのまま不愉快になって帰ってくれねぇかなぁ。
「あれ、純一。
今日、学校いたんだ。」
って、奏太かよ。
「あ、こないだの並木道に資料ばらまいてた人。」
「っ!?」
奏太……。
お前、そんな繊細な顔してんのに、
デリカシー、どっかに置いてきてるよな。
「って、貴方、
社長の事務所にいなかった?」
「え?
社長?」
あ、駄目だ。
マジでなんもわかってねぇ目してるな、奏太。
「見間違うわけないわ。
貴方みたいなナヨっとしたオトコ、
私の周りで見たことないもの。」
コイツの発言も無神経なんだよな。
1980年代、デリカシー皆無だわ。
「ねぇ純一。
この子、ひどいんだけど。」
それは同意するが、
俺から見たら、どっちもどっちだ。
「御前崎さんの事務所に所属してるんだよ。
ソロで。」
「ソロで悪かったわねっ!」
悪いとは言ってないが。
まぁ、本人の微妙な立場、わからんでもない。
「へー、そうなんだ。
ボク、そっちよくわからないから。」
……お前、なぁ。
この世界の奏太、
容姿以外のモテる要素、なさすぎじゃないか?
っていうか、
こういう中性的な容姿がウケるのは、早くても1990年代であって、
世紀末劇画覇者列伝、オトコは黙って〇ッポロビールな世界では、
コイツなんて受け入れられるわけがない。
時代を先取りしすぎたのか、コイツは……。
「じゃあ、君の衣装って、
御崎さんが担当するの?」
……え?
「だって、伯母さん、言ってたよ。
御崎さんに、ソロアイドルの衣装、任せることにしたって。」
……なん、だ?
御崎紗羽と文月真美、そして、柏木彩音。
俺が意図的に無視しようとしている線同士の、不気味な繋がり方は……。
これも、強制力の為せる技なのか……?
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