第6話


 地上に降りた天使を天界に送り返した翌日。

 

 「純一。」

 

 線の細い奏太が、妙に鼻息を荒くしてる。

 

 「ボク、

  言われた通り、やったよ。」


 何を?

 

 「ひどいな、もう。

  叔母さんに言ったんだよ。

  御崎さんのこと。」


 あぁ。

 それは。

 

 「よくやった。」

 

 「ふふん。

  そうでしょ?」

 

 はじめてのお使いにいってきた子どもみたいな顔になってるぞ。

 仕草が無駄に幼な可愛いんだよなぁ……。だがオトコ……。


 「で、どうだった?」

 

 「うん。

  御崎さんと会ってから決めるって言ってたけど、

  あの調子だと、たぶん問題ないんじゃないかな。」


 よかった。

 これで、御崎さんには、後ろ盾が出来る。

 

 本職の劇団員もそれなりにタチが悪いが、

 原作の無能演劇部長に比べたら、牽制にはなるだろう。

 あぁ、この世界にまともなオトコがいてくれますように。


 「お前、ちゃんと御崎さんと一緒にいろよ。

  芸能事務所の社長なんて、気ぃ張っちゃうだろ。」

 

 「んー。」

 

 んー、じゃなくて。

 どうしてコイツ、もっとガンガンいかないんだろうな。

 

 「あと、大学の演劇部、

  ちゃんと辞めさせるんだぞ。」


 「え、どうして?」

 

 コレだよ。

 どうしてコイツはこうトロいんだよ。

 

 「本職の劇団と掛け持ちなんてできるわけないだろ。

  忙しいんだぞ、かなり。」

  

 「んー。」

 

 「んー、ってなんだよ。」

 

 「御崎さんの性格だと、

  両方やらなきゃ、って思っちゃいそうで。」

  

 それは合ってる。

 誰の頼みも断れない性格が、破滅を招く。

 

 「だから、そこを引き離すんだよ。

  彼氏として。」

 

 「無理だよ。

  そもそも、ボク、彼氏じゃないよ。」

 

 あのな。

 

 「お前、御崎さんのこと、好きじゃないのか。」

 

 「好きだよっ。

  毎日、ベットで一緒に寝てるよ。

  夢の中で、優しくしてくれるんだ。」

 

 お前なぁ……。

 それ完全にイマジナリーじゃねぇか。

 

 「いいんだよ、ボクなんて、それで。」

 

 おかしいな。

 原作よか卑屈さに磨きがかかってる。なんでだ。


 「だって、言っちゃったもん。」

 

 ……ん?

 

 「叔母さんのこと。

  だって。」


 ……は。

 

 !

 

 「お、お前、

  お前、なんてこと。」

 

 「な、なんでそんな驚いてるの。

  言うよ、そりゃ、言うもん。

  疑われたもん、御崎さんに。

  答えるしかないもん、ボク。」


 ……これ、強制力の一種なのか?

 マジ、かよ……っ。


 「……それはもうしょうがねぇから、

  ともかく、御崎さんといろよ。

  俺は由奈で手一杯なんだから。」

 

 「そんなこと言われたってっ……。」

 

 ……あぁ。

 とてつもなく嫌な予感がする。

 

 「ボクだって、辛いんだよっ。

  御崎さん、ボクの前で、

  純一の話しかしないんだもんっ。」

 

 ……

 この台詞、どっかで聞いた事あるとおもったら、

 原作の御崎さんルートの末期のトコだ。

 

 こっち、なにもしてないのに、

 このルート、マジで終わってんなぁ…。

 まだ見ぬ劇団員に期待するしかないかもしれんな…。

 

*


 だけど、な。

 

 「……ひっ。

  な、なんだよ、お前はっ。」


 先に、コイツストーカーは潰しておく。

 今後の展開を考えると、めんどくさいから。

 そして、奏太がアテになりそうにないから。

 

 「お前、朝靄大の学生だろ。」


 女性と遊んでない分だけカネを少し使い、

 探偵を雇った結果、まぁ、出るわ出るわ。


 「!」


 安くついて拍子抜けしたくらいだ。


 「これ出せば、お前、100%退学だな。」

 

 この時代だと、そうかどうかは分からない。

 ただ。

 

 「!?」

 

 このカスを止める、抑止力になる。

 

 「警察に出してもいいんだけど、

  就職先にな、出そうかと思ってんの。」

 

 「!!」

 

 「お堅いとこ、決まってんだって?

  いいですねぇ、先輩。

  明日は路頭に迷う身ですけれどもね。」

 

 おっと。

 

 「ぐはぁっ!!」

 

 「舐めてんじゃねぇよ。

  てめぇの蚊も止まるようなパンチなんざ、

  気づかねぇ訳ねぇだろが。」

 

 この世界、相手が弱いんだよな。

 そういえば、嫌がらせをするシーンはわんさかあったけど、

 戦闘シーンとかは殆どなかったな。

 

 「……っぁふっ。

  な、なにが……っ。」

 

 「てめぇになんざ、なんも望まねぇよ。

  このカス野郎が。

  

  もう二度とすんな。

  これは脅しじゃねぇぞ。

  てめぇの運命、もう棺桶に片足、突っ込んでんだよ。

  

  いますぐ終わらせてもいいんだぜ?

  なんなら、親の会社にばらまいたっていいんだよ。」


 「……ぁぁぁぁぁぁぁっ。」

 

 ……ったく。

 

 奏太に、これ、

 表舞台でやらせる筈だったのに……。

 課金カードひとつ、喪っちまった。


 あぁ、もうっ……。



*


 逢いたくない男が、目の前にいる。

 

 「済まないね。

  由奈は、もうすぐ終わるから。」

 

 知ってる。

 ただ、どうしてコイツが、ココに。

 

 「此処のオーナーは、僕の知り合いでね。

  君も知ってるだろう、青年?」

 

 知ってる。

 そのことは、よく。

 ただ、今日、コイツがココに来るはずはないのに。

 

 「局のバイト、断ったそうだね?

  由奈の近くにいられるだろうに。」

 

 コイツに逢いたくなかったんだよ。

 

 非日常感を演出するテレビ局のバイトは、

 由奈を信じてしまうなら、好奇心以外のメリットは一つもない。

 

 だいいち、ADは昼夜の区別なき過酷な下働きだ。

 ゲームのように、ユーザーが自由に時間を選択して、

 好きなときに行けるような場所ではまったくない。

 テレビ局の制作現場に勤めたいと願わず、

 この世界の芸能人に逢いたい訳でもない俺には、デメリットでしかない。

 

 なによりも。

 

 「気楽な稼業だろう。

  なんせ、客がまったく来ないんだからな、この店は。」

 

 この銀髪薄縁眼鏡オトコ、息を吐くように嫌味を言いやがるんだよ。

 どうしてこんなオトコを好きになるんだろうな。

 アーティストなんてのは性格破綻者を包み隠す最良の肩書だ。

 

 ま、確かにそうだ。

 テレビ局近くの大通り裏に面しているが、

 一日に十組くればいいほうだ。

 どう考えても、人件費を賄えるほど稼いではいない。

 

 からくりが分かってしまえば当たり前。

 なにしろこの店は、マスターの本社向け税金対策なのだから。

 損益通算を考えれば、赤字でなければ困るのだろう。

 そういやそんな二次創作あったな。

 

 「気楽な稼業を勤めさせていただいています。

  TV局のアルバイトなぞ、僕には勤まりませんよ。」


 「ほぅ?

  いかんな、若い者がそんなことでは。」

 

 「若者を思うが儘に操っている沢埜さんが仰いますか。」

 

 「はは。言うじゃないか。

  由奈に聞いていたのとは、違う姿だな。」


 由奈には、原作通りの姿しか見せていない。

 物分かりのいい彼氏像だ。

 

 ……なるほど。

 由奈が、浮気をされてしまうわけだ。

 

 由奈は、あまりにも清純すぎ、

 純一は、あまりにも物分かりが良すぎる。

 お互いに、本当の姿を、見せられない。


 その由奈が、目の前にいる、

 得体の知れない嫌味なオトコの手で、遠い世界に連れさられてしまう。

 しかも、雛に食べられてしまい、由奈の目を見られない。

 罪悪感から複数の女性に……ってわけだわな。

 

 「妹に、ご高説を垂れたそうだね。」

 

 来た、か。

 って、なんで知ってるんだ。

 

 「ふふ。

  妹は、何も言わないさ。

  ただ、僕らが何年、一緒にいると思ってる?」

 

 独占欲、か。

 このタイミングで、梨香に対するそれを、

 俺に見せてくるとはな。

 

 「困るんだよな。素人に弄られると。

  梨香には、これからも、大衆の偶像でいて貰わないといけないんだ。

  毛筋の先ひとつでも邪念が入ったら、

  大衆はそれに気づき、勝手に失望し、去っていく。

  

  違うかい?」


 聞いてきた。

 原作なら、モノローグのようにペダンティックな台詞を喋り倒すだけなのに。


 実際、それはそうなのだ。

 自己主張するようになったアイドル偶像は、言語矛盾だ。

 聴衆は、空っぽの器だからこそ、自らを投影した気になれる。

 特に寂しい男性には。

 

 「損害賠償請求をしたいところだがね。

  ふふ。」

 

 なら。

 

 「それでしたら、由奈の心を弄んでいる沢埜さんに、

  僕が請求しても良いとは思いませんか。」


 「ほぅ?

  あいにくだが、それを、由奈が望んでいるのだがね。」

  

 「天才芸術家、超一流音楽プロデューサーとしての貴方を、です。

  貴方そのものではないしょう。」

  

 顔色が、変わった。

 

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