第4話


 「家庭教師のアルバイト、か。」

 

 文月ふみつき真美まみ、だ。

 

 地雷、だ。

 絶対に踏まない。

 

 原作だと、純一が由奈にプレゼントを送りたくて

 バイトを多めに入れようとして、実入りの良い道路工事と家庭教師を選ぶ。

 

 しかし、家庭教師先は、人を困らせる地雷娘、文月真美。

 由奈のライバルにあたるアイドルグループの一員だ。

 そして、コイツの場合、ただの親子関係のトラブルであり、

 別に自殺までしないわけだから、このルートを無理に取る理由がない。


 なにより。

 コイツに時間を喰っている時に、由奈が啓哉に襲われる。

 そして破滅エンドまっしぐら。

 

 由奈が欲しいのは時間と安らぎであって、プレゼントではない。

 純一が頑張って真夜中の道路工事でドリルをドドドドドドしている最中に、

 由奈は闇兄の部屋に連れ込まれ、ペ〇〇でドドドドドされる。

 二人の想いが鮮やかにすれ違う、オーヘンリー風の名作鬱劇場。

 

 そんなこと、絶対させるか。

 

 あのロリ地雷かまってちゃんがどうなろうと、どうでもいい。

 絶対に乗らない。見向きもしない。

 

 その、つもり、

 なん、だが。

 

 「あ゛。

  を、をれ、このバイト、やりますんで、へへ。」

 

 ……あぁぁぁ……。

 見るからに胡散臭そうなゲロヤバ学生じゃねぇか。

 

 あぁ、でも、

 あの地雷かまってちゃん、気、強そうだから、だい……

 じょうぶじゃねぇな。

 

 あの地雷女、口がめっちゃくちゃ悪い癖に、

 女子高出身で、男に対する免疫がなんもねぇ。

 このいかにもな男が送りつけられた時、ちゃんと躱せるのか?

 

 っていうか。

 この世界は1980年代をベースにしてる。


 もう一度言う。

 1980年代をベースにしてる。

 

 男尊女卑、セクハラ、パワハラ上等、

 酒と煙草を浴びるほどフカして複数の女を抱くのがオトコの勲章、

 などと抜かしていた頃をベースにしてる。

 

 ほら、みろ。

 大学の事務、なんの問題もなく受け付けようとしてるじゃねぇか。

 どう考えたってなんかやらかすに決まってるオトコなのに、

 21世紀の基準なら女を送るべきだろうに。

 

 っ。

 

 あぁ、もうっ!!

 

 「失礼。

  よろしいですか。」

 

 「!

  な、なんだよ。」

 

 「香月さん、ですね。」

 

 隣で熱量を持っているブヨブヨ物体を無視して、

 大学の職員のネームプレートを読み上げてやる。

 

 「香月さん、大学事務として、この男子学生を、

  本当に17歳の女子高校生の元に斡旋するつもりですか。」

 

 眼鏡の奥で、胡乱な目をしてやがる。

 そりゃまぁ、そうだろう。

  

 「万が一、この学生が破廉恥なことに及んだ場合、

  警察は、斡旋者として貴方の名前を挙げます。

  書面で、貴方の名前を書く欄がありますからね。

  大学の規定は、司法の前には無力ですよ。」

 

 はじめて、顔つきが変わった。

 

 「たまたま存じ上げていましたので、念のため、申し上げておきます。

  この17歳の女子高校生は、さる会社の社長の娘です。

  大学にも多額の寄付をしていると伺っています。

  

  万が一の事があった場合、

  貴方の進退伺いに発展することになります。


  それでも、この学生に斡旋されますか。

  香月さんの職権によって、香月さんの職を賭してまで。」


 少し大げさに言ったのが効いてるな。

 バブル期と言っても、女子の安定職種はそうそうはない。

 しかも、この時代、転職は難しい。

 

 「私見ですが、女子学生の斡旋が無難と思いますよ。

  宜しくご検討下さい。」

 

 眼鏡の大学事務員が、

 三回勢いよく頷いて、掲示を取り下げに走っていった。


 ……ふぅ。

 ちょっとだけ、安心した。

 

 で。

 このブヨブヨ物体、まだこっちを睨んでやがる。

 

 「なに、ガンつけてやがんだよ。

  やろうってのか。」

 

 1980年代風のチンピラ風に脅してやったら、縮みあがって去っていきやがった。

 この顔で凄んだって大したもんじゃねぇんだけどな。

 絶対また出て来そうな奴だなぁ……。黴菌男みたく。


 はぁ。

 さすが鬱ゲーの金字塔。

 強制力が地味にえげつねぇ……。


*


 あぁ……

 なんで、よりによって、

 この日に、このタイミングでコイツに遭遇するかなぁ……。


 ジルコニアン、か。

 正しくは、柏木かしわぎ彩音あやね

 

 視聴者参加型アイドルグループ、少女倶楽部の元センター。

 現在は卒業しソロになっているが、落日感が半端ない。

 

 もともとグループで出しているのは、

 個々のメンバーの歌唱力が覚束ないからであって、

 ソロで出すメリットなんて、ほとんどない。

 

 大学に出しているのも、辞めさせるため。

 本人、よく自覚してる。

 

 ただ、コイツは鬱になるわけでも、自殺するわけでもない。

 メインのキャラクターに絡むのは、

 自分の弱さ、ふがいなさを自覚するためだけの引き立てキャラっぷり。

 何のために挿入されたかよくわからないキャラクターの一人だ。

 

 もちろん、無視。

 なんか資料を山のように持っているが、無視だ。

 だいたい、今日は大事な日なんだぞ。


 俺はお前を知らない。お前もそう……

 

 ……って。

 

 ……あぁぁぁぁ。

 オデコからぶっころんで、大学の資料、ぜんぶぶちまけやがった。

 無駄にふくよかな胸がジャケットの中でバウンドしたような気が。


 そういや、石を蹴ろうとして毛躓いてこけてたなぁ……。

 読めも使いもしない資料なんだから捨てちゃってもいいんだけどな。

 

 って。

 

 か。

 奏太ぁぁぁ……。

 

 なに絡んでるんだよ。お前。

 面識持つな、面識。

 普段そんなことしねぇだろうが。

 

 うが。

 こっち見んな、こっち。


 「じゅ、純一、

  助けてっ。」

 

 ……お前、なにをしてくれてんじゃーっ!


 うががぁぁぁ……。

 強制力さん、勤勉すぎだろっ……。


*


 はぁ。

 柏木彩音とのイベント、ふつうにこなしちゃってるじゃねぇか。

 だいぶん変形版だけど。

 

 「アイドルグループのセンター?」

 

 元、な。

 本人、まだ言わねぇわけだけど。

  

 「そうなんだ。僕、

  アイドルよく知らないから。」

 

 奏太ぁっ!

 どうしてこの世界のオトコどもはこうも無神経なんだよっ。


 ほらみろ。

 めちゃくちゃ不機嫌そうな顔してるじゃねぇか。

 

 「この資料、学部選びのために集めたんだね?」

 

 「そうよ。

  自分の可能性は無限に広げてみたいじゃない?」

 

 ……科目別の成績、聞いてみてやろうか。

 いや、こんなコトしてる暇なんてない。

 奏太に任せて、ここはクールに去ってやる。

 

 「そ。いい心がけだね。

  熟読してみるといいよ。

  僕はこれからアルバイトだから、じゃ。」

 

 「純一、今日、バイトないよ?」

 

 ぶっ。

 奏太、お前、足まで引っ張るようになりやがったか。


 「新しく始めたバイトがあるんだ。

  じゃ。」


 「でも純一、

  今日って必修じゃない?」

 

 ……奏太ぁぁぁぁぁっ!!

 

 見ろ、めっちゃ胡乱な顔になってんじゃぇか。

 好感度下げ捲ったからフラグ立たなくていいけどね!

 

 「自主休講。

  じゃ、今日はほんっとに急いでるから。」

 

 マジで急いでんだぞ、いま。

 ジルコニアンなんかに構ってる暇はないんだよ。


*


 なぜって。

 

 「純一君っ。」

 

 ……よしっ。

 フラグ、一個、折れた。

 

 伊達や酔狂で留守番電話を入れてたわけじゃない。

 レッスンのスケジュールや出演予定をひとつひとつ吹き込むように指示し、

 この合間なら押し込める時間を割り出したのだ。

 表計算ソフトの無い時代に、わざわざ方眼紙使って。

 

 純一と由奈のすれ違いは、逢う機会を作らなかったから。

 こまめに逢う機会を外さずに作っていれば、余計なことは起こらないし、

 雛に対しても有利なポジションに立ち続けられる。


 「ごめん。ちょっと遅れた。

  ジルコニアを見繕ってて。」

 

 「?

  なに、それ?」

 

 「はは。

  なんでもないよ。」

 

 ふぅ……。

 

 ……そういやこの喫茶店、

 御崎さんルートで、純一に由奈が別れを告げる時にも出てきたな。

 

 その前日に闇兄に犯されていることに気づかずに、

 自分のことだけ考えて由奈に別れを告げる純一の無神経さ。

 おくびにも出さずに笑顔で頷いて送り出した由奈は、

 翌日、宛がわれたマンションから飛び降り自殺するっていうゲロい鬱ゲーぶり。

 いろいろ極端な地雷が多すぎる。


 させるか、絶対。


 「レッスンはどう?」

 

 「うん。

  凄く厳しいけど、

  できることも多くなって、楽しいよ。」


 原作通り、だ。

 できることの幅があっという間に広がっていく、

 由奈の天才ぶりが強調されるシーン。

 

 ただ、このセリフを由奈が話す相手は、原作では、雛。

 それが、俺に塗り替えられたわけだ。

 ふつふつと小さな勝利を実感する。


 「純一君?」

 

 やば。

 会話の途中にニヘラしてたら不自然極まりない。


 「そっか。

  頑張ってるね。」

 

 「うん。

  啓哉さん、デビュー曲も作ってくれたんだ。

  アルバムに先行して、先に出すからって、

  譜面、渡されちゃった。」


 ん?

 早い、な。

 

 「早ければ10月に出すんだって。

  レッスンのスケジュール、もっと詰め込まれちゃって。」

 

 あ、マジで早い。

 原作は11月デビュー、12月発売、

 そして、24日クリスマスにオリジナル曲が1曲の単独公演暴挙だ。

 もうシングルが出るってことは、

 デビューに向けた準備が、相当進んでると見たほうがいいんだろう。


 っていうか、本編開始11月よか前じゃん。

 ……どうなってんの?


 じゃ、あのシスコン、もう由奈に転び始めてるのか?

 予定、かなり書き換えておかないとだな…。


 「CDできたら、

  まっさきに純一君に渡すから、待っててね?」


 うわぁ。目、潤んでる。

 純粋で、一途で、ひたすら可憐。

 エカルラートのジャケットが清純に見える奇跡の存在。

 

 原作12月上旬に出てくる、絶対的な信頼を示すスチルであり、

 この少女を裏切るクズが地球上にいるわけがないと、

 ユーザーに強烈に印象づけるシーンだ。

 

 なんだよ、なぁ……。

 この希望に満ちた清純な笑顔が出てくるってことは、

 もう一人のメインヒロインは、病みはじめてるってことなんだよな。

 

 「純一君?」

 

 あ。

 

 「わかった。

  頑張ってね、由奈。」

  

 「うんっ!」

 

 これで、いい。

 ここは、これで。

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