第3話
「貴方が、藤原君?」
このイベント、こんなに早かったのか。
この世界の国民的アイドル、沢埜梨香。
前年度レコードフェスティバル、準グランプリ。
今年は準が取れると言われている、文字通りの天下人。
ゴージャスな金髪、藤色に輝く瞳と豊満な胸、
鍛え上げられた四肢から繰り出されるスケールの大きなパフォーマンス。
アイドルならではのフラジリティと、
アイドルとしては圧倒的な声量と安定感を兼ね備え、
パワーチューンも切ないバラードもなんでも歌える稀有な歌唱力。
俺の世界で言えば、森明日菜をパワーアップさせて無敵にしたような奴だ。
しかし、沢埜梨香の破滅は、はじまっている。
由奈の存在と才能は、梨香が依存する兄を奪い、
その精神と肉体を崩壊へと追い込んで行く。
だからといって、今日の時点では何もできない。
逆に言えば、精神的に仮初のバランスが取れている
自信満々、天下人モードの沢埜梨香を見るのは、
原作通りなら、最初で、最後になる。
兄のロボットとして、全ての生活を統制されてきた梨香にとっては、
同世代の男子と、仕事を絡ませずに対等に接する機会はなかった。
その物珍しさが、俺への親しみに繋がっている。
俺はせいぜい、物分かりの良い由奈の彼氏を演じるだけだ。
「ふぅん……。」
っと、いきなり探るような眼で見てる。
「思ったより、しっかりしてる感じかな?」
思ったより、ってなんだよ。
「ご、ごめんね純一君。
梨香ちゃんが、どうしてもって。」
この頃の梨香と由奈の関係性は、
契約した直後の新人アイドル候補生と、天下の頂点に君臨する大先輩。
の、はずなのだが、かなり近い感じで話している。
これも、原作通り。梨香がそう、望んだから。
それにしれっと応じるあたり、
大人しい清純派の顔をしながら、由奈もわりと、度胸が据わっている。
でなきゃアイドルなんて志望しない。
「あぁ、気にしないで。
由奈のこと、宜しくお願いします。」
あくまでも、由奈の彼氏。
貴方には、関心も下心もないですよアピール。
「……ふぅん……。」
また、細い目をして探ってくる。
どういうつもりなんだ?
「ううん、なんでもない。
こちらこそ宜しくね、由奈の彼氏さん?」
「はは。」
梨香と俺の関係は、これで良い。
これまでも、これからも。
……そうは、いかないだろうな。
二人の命を、護ろうとするなら。
*
「純一君。」
……逢っちゃった、かぁ。
まぁ、避けようがない人なんだけどな。
御崎紗羽さん。
奏太の想い人であり、芸能人である
容姿端麗ながら、少し影のあるお姉さまキャラ。
……ゲームだから当たり前なのだが、
純一の周辺は容姿の良い奴しかいないのだ。
大学の並木道や学食で眼に入ってくるモブ達は、
ごく普通って奴もゴロゴロいるにも関わらず。
この御崎さん、顔がいいのを鼻にかけないのは良いのだが、
そのお陰で脇が甘いことこの上なく、
無自覚に期待を持たせてストーカー製造機と化している。
輪をかけて無自覚な純一が、
もう彼女がいるにも関わらず無軌道なフォローをしているうちに、
御崎さんがすっかり堕ちてしまっている。
が、そのことを、御崎さんからは、
絶対に口に出さないようにしている、という流れだ。
ちなみに由奈はこの事実をなにも知らず、
御崎さんをただの良い先輩だと思って罪人ムーブをかましている。
純一よりも由奈のほうがずっと鈍感なのに、
純一だけが責められるのはおかしいと思う。
「珍しいね、純一君が大学にいるなんて。」
この時代、文系大学は出席をしなくても単位が取れた。
大事なことだから、もう一度言う。
文系大学は出席をしなくても単位が取れた。
マジで天国だわ。
そりゃ、いい加減で無責任な大人を大量生産するわけだよ。
「必修科目があるんで、さすがに。」
この世界では、純一は大学に週一度しか来なくて良い。
ゲーム的にはゼロでもいい。信じられん。
パラメーター管理のあるタイプのゲームなら絶対ありえん話だが。
ノベルゲーならではの設定の甘さだ。
「御崎先輩は部活?」
「もう。
高校の時みたいに、紗羽って呼んでいいのよ?」
「由奈がいますから、そういうわけには。」
「そう……。
そうよね。」
筋としてはこれが正しい。
ただ、筋に拘ってあまり距離を離しすぎると、
ストーカーの件を誰にも相談できず、
ネームドモブどもに犯されて自殺してしまう。
なので。
「で、御崎さんは演劇部ですか?」
ほんのちょっとだけ、距離を詰めておく。
「……そうなの。
公演に向けて、衣装を沢山作らないといけないから。」
御崎さんを巡るもう一つの大きな問題。
演劇部の部長からパワハラめいた嫌がらせをされている。
これも結局はセクハラに繋がる地獄絵図。地味に不幸の塊。
だから、こっちは。
「御崎さんって、
演劇、好きですよね。」
「うん。
……これしか、できないから。」
「大学の公演じゃなくて、
劇団のスタッフとかやれば、
バイト代、入るんじゃないですか。」
「え……。
そんなの、無理だよ。」
無理じゃないんだ、これが。
「奏太の叔母さん、
芸能事務所の社長さんやってるじゃないですか。」
「う、うん。」
「奏太から聞きましたが、テレビ局に出入りしてる劇団で、
衣装のバイトが足らない、って言ってたところ、あったと思いますよ。」
確か、二次創作ではそんなのがあった気がした。
二次創作のほうが、設定がよほど現実に近い。
なんの裏付けもないとは思えないから、きっとあるんだろ。
なかったら? シラネ。
「……どうして、純一君が。」
「……はは。
由奈が、アイドルなんてやりたいって言うから、
ちょっとだけ、調べたんですよ。」
「……そう。」
あとは奏太を焚きつけまくって口裏を合わせれば完成だが、
奏太、あの叔母さんとは合わないんだよなぁ…。
ちょっと早まったかもしんねぇなぁ…。
「ま、大学の演劇部だけが演劇のすべてじゃないですから。
変なこと言ってくる奴とかいたら、辞めちゃってもいいんですよ?」
「……純一君。
ううん、平気だよ。」
平気ってなんだよ。
平気じゃないから言うんだよ。
だめだ。
ここで距離を詰め詰めしちゃうと、一気にこっちに依存してくる。
うわぁぁぁ、バランス取り、めんどくせぇぇぇぇぇ…。
「あ、僕、講義なんで。
御崎さん、また。」
「あ……。
うん、またね、純一君。」
……ほっ。
あぁもう、もどかしい。
ストーカーもパワハラ野郎も、先回りして去勢しておきたいわ。
*
「だからお前がさっさと告白すりゃいいんだよ。」
「ど、どうしたの純一。
最近、口が荒いけど。」
あぁ、つい八つ当たりしちまう。
シスコンが由奈の魅力に取りつかれはじめたら、
こっちを見てる暇がなくなるんだよ。
「お前、御崎さんが犯されそうになったら、
身体張って助けるか。」
「な、なに、
いきなりなんなの?」
「学食で耳に挟んだんだがな、
演劇部の奴ら、手癖が悪いらしいんだよ。」
「て、手癖?」
あぁもう。
「いいか。
御崎先輩は綺麗だろ?
由奈と並ぶくらい。」
彼氏としては少し劣るくらいと言いたいが。
「う、うん……。」
「で、皆に優しい。」
「うん。」
「カモだ。」
「か、かも?」
「大学の演劇部なんて、文化部の中ではヤバいとこなんだよ。
性的に乱れ捲ってる。うちの大学も御多分に漏れない。」
「そ、そうなの?」
「で。さっきの話に戻るわけだけど、
もし、御崎先輩に危害を加える輩がいたら、
お前、どうする?」
「……。
でも。」
「でも、だと、
お前は一生、御崎さんに告白はできないぞ。」
「……
だけど。」
「それでいいなら、俺は止めないが。
御崎さんが傷物になった時、
お前は一生、お前のせいだと思い続けるんだぞ。」
「!」
実はこれ、原作のバッドエンドそのもの。
そしてコイツも悔恨に喰い破られ、大学卒業前に自殺する。
……さすが金字塔、展開が鬱すぎる。
「俺は由奈の彼氏だから、御崎さんを助けられない。
御崎さんと俺が何かあったら、由奈が苦しむ。
違うか?」
「……純一。」
「うん?」
「きみ、誰?」
…は?
「い、いや、
純一ってもっと、優柔不断で物事を決められなくて、
いろんな女の人に言い寄ったり言い寄られたりしてたでしょ?
由奈と彼女になっても、その、いろいろ。」
……あ、あぁ、まぁなぁ……。
でも、そこまでトレースしてる暇はないんだわ。
「由奈がさ。」
「うん。」
「アイドルなんてもんになっちゃったんだよ。」
「……うん。」
「もちろん、由奈が望んでいった世界だよ。
でも、辛いことも、苦しいことも、沢山あると思う。」
「……。」
「そんな時に、俺がふらんふらんしてたら、
由奈はどうかしちゃうだろ?」
「……そう、かもだけど。
御崎さんだって。」
「奏太。
御崎さんは、お前が護ってくれ。」
「でも。」
あぁもうまどろっこしい。
コイツがこういう奴だからっ。
「ほんとにいいのか、お前。
御崎さんがどうなっても。」
「……だって、御崎さんは、純一のことが。」
あぁ……、
言っちまいやがった。
……わかってんだよ、それは。
でも、その流れに乗っちまったら、
由奈はおかしくなって、結局みんな死んじまうんだよ。
「俺に、由奈と別れろって言うのか。」
「……由奈、アイドルなんかやるなら、
純一が、我慢できなくなって、別れるかもしれないじゃないか。」
……あぁもうっ!!
コイツ、推理小説好きだけあって
そういう変なところだけ無駄に気が廻るなぁっ。
結構リアリティがあるのがキツいわ。
「……わかった。
わかったけど、お前、俺以外のオトコに御崎さんを犯させるなよ。
それだけは誓ってくれるか。」
「……
う、うん。」
……。
心底、頼りねぇなぁ……。
ま、もういいわ。
「んで、だ。
お前の叔母さんに、御崎さんを紹介しろ。」
「はぇ?」
「はぇ、じゃねぇんだよ。
御崎さん、衣装やりてぇんだろ。
芸能界なら、衣装関係の仕事あるだろうが。
お前の叔母さんに紹介して貰えよ。」
「なに、急に。
しかも、いきなり無茶を言って。
そういうの、全然関心なかったじゃない。」
「つい一か月前まではな。
由奈がそっちの世界にいっちゃった以上、いろいろ調べるんだよ。
その副産物だ。」
「……純一、ほんとに変わったね。」
そうだろう、な。
ヘタレで優柔不断で、
いろんな女にナチュラルに声をかけて、
後先考えずに優しくしては、修羅場を招いていった奴だったんだから。
「……変わらざるを得ないんだ。
いろいろ。」
いまの影のある喋り、ちょっと原作の純一っぽかったな。
台詞は全然違うけど。
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