第2話


 ……そう言えれば、どれだけ良かったか。

 

 「純一、どうしたの?」

 

 いきなりかかわっちまったよ。

 水無瀬みずなせ奏太かなた

 

 男とは思えない線の細さと可愛さ。男の娘の元祖。

 二次創作では、コイツと俺はよろしく番にさせられてたはず。


 コイツは、高校の頃からの先輩だった、御崎みさき紗羽さわさんのことが好き。

 で、御崎さんは、俺のことが好き。

 コイツは、それを知らない、フリをしてる。

 

 うぁぁぁぁぁぁ……。

 っていうか、御崎さんもさ、もう俺には由奈がいるんだから、

 さっさと諦めりゃいいわけだけど、

 隠れゲロ重ストーカー気質で、そう簡単に諦めてくれないんだよな…。

 おっとりしてるようで、女から見るとめっちゃ嫌な女なんだよな、御崎さん。

 

 ただ、御崎さんと奏太はやりようがある。

 御崎さんは、ストーカーに悩まされてる。

 原作では、なにも考えてない純一バカが、

 ストーカーを解決してしまうわけだが、これを奏太にやらせりゃいい。


 万事解決。モーマンタイ。

 少なくとも御崎さんが俺を諦める時間を稼げる。

 

 ただ。

 

 「ボクの顔、なにかついてるの?」

 

 ……コイツ、めっちゃくちゃ頼りねぇんだよなぁ……。

 よく言えば中性的、悪く言えばナヨナヨしてる。

 探偵小説好きな癖に、勘も悪い。

 そりゃ、御崎さんも純一を頼るよ。

 

 っていうか、まともなオトコはいねぇのか、この世界。

 いねぇわ。だって、浮気系鬱ギャルゲーだもの。

 だいたい顔のいいオトコはクズ野郎ばっかり。

 由奈に迫った♂アイドルとかな。ジェニーさんに〇られてるもんだから…。

 

 「なんも。

  お前はさっさと御崎さんにコクれ。」

 

 「!?

  な、なんなの、急に。」

 

 ちょっと自棄になっちまった。

 身構え方がいちいち可愛いんだよ。だが、オトコだ…。

 

 「そ、そういえばさ、由奈、

  沢埜梨香ちゃんと同じ事務所に決まったんだって?

  スゴいじゃないか。」

 

 病んでるシスコンの事務所なんていいことなんもねぇぞ。

 っていうか、業界的には弱小事務所なんだよな。

 どうして由奈のぽっと出のデビュー曲をチャート上位に押し込めたのかは

 この作品、最大の謎のひとつだが。

 

 で、こういう情報をなんで奏太が知れるのかっていえば、

 奏太の叔母さんが芸能事務所の社長さんだから。

 コイツとは幼馴染なんだっけな? よくシラネ。


 にもかかわらず、奏太は芸能界のことに関心を持たないっていう、

 矛盾にみちた設定になってる。

 探偵小説ばっかり見てるから、ってことらしいんだけど。

 

 じゃあ異性に興味ないかっていったら、

 オトコのドストライクゾーンそのものの御崎さんに恋してやがる。

 なんなんだこいつはもう。

 

 あーっ!!

 

 ……神モードの傍観者って割り切っちゃえばラクなんだよなー。

 でもそうすると、御崎さんはストーカーに強姦されて病み死ぬし、

 沢埜梨香も兄に棄てられて、精神病んで死ぬんだよ。


 で、その精神病み毒舌クソ兄は、由奈に溺れて、強姦する。

 もし、由奈が拒否できずに為すがまま受け入れちまったら、

 あいつの性格からして、俺に申し開きもせずに、

 100%病んでロープにぶらーんぶらーんじゃね?


 仮に、だ。

 世界有数のキングオブ常識人を自称する俺が、

 この世界に来る前に朧気に考えていた通り、

 誰かとの精神的、肉体的な縁ができた時に、

 俺が、由奈に、あらかじめ誠実に別れることを告げたとする。

 

 俺から見るとごく当然の、ただの一交際関係の終了であっても、

 由奈は、間違いなく、「なんで?」って思う。そして、100%病む。

 由奈は勝手に動き回る癖に、純一の手から離れていく癖に、

 純一に、めっちゃくちゃ強く依存してる。

 

 不安定な状態で、あの精神病みの闇兄に取りつかれて、

 思うが儘に強姦されたら。

 よくて廃人、ふつうにぶらーん。


 んじゃ、世のオタクが考えるように、

 由奈ちゃん一筋だもん誠実キリッ路線をやれば?

 

 まぁ、沢埜梨香は闇兄から切り離されて病み死ぬだろうし、

 御崎さんはストーカーに強姦されて死ぬ。

 でもって、目の前で呑気にしてる無駄に可愛いオトコも、

 そのショックで呆然としてしまい、意識が薄くなったところを

 自転車事故でやられて死ぬわけだ。

 

 その状態で、人の不幸に感受しやすい由奈が、

 まともに生き残れるかっつったら。


 そう、考えちまうと。

 原作のヘタレ不貞オトコは、相当計算づくだったんじゃないのか。

 全員を、なんとか、生かすために。

 

 つまり。


 俺が、ヘタレ不貞オトコの汚名を受けながら、

 原作をある程度追っていかないと、

 誰も、助けられない。

 

 うぁぁぁぁぁ。

 詰み切ってるじゃねぇかよ……。

 

 だからオゴポゴの飼い主を殺すべきだったんだよっ。

 マジでロードできんのかね……。

 

 「どうしたの純一? ぶつぶつ言って。

  バイト、ちゃんとしてね?」


 ……コイツのマイペースぶり、腹立ってくるな……。

 って、純一も相当、周り見えねぇタイプだったわ。


 おーけーおーけー。

 わかったわかった。

 

 こうなったらしょうがねぇ。

 フラグと言うフラグ、

 片っ端から折り捲ってやろうじゃねぇか。



*


 で。

 

 目つきのおっかねぇスーツの秘書。

 三日月みかづきひな

 

 雛って顔、してねぇよなぁ。

 目、吊り上がってやがる。

 

 「貴方が、由奈さんの彼氏、ですか。」

 

 ここなんだよな。

 ここで純一は弱気に出た。

 それで、この女の毒牙にかかっちまった。

 

 ストーリー全体を見た時に、

 三日月雛は、お邪魔虫以外の何物でもない。

 

 コイツは、自分が叶わなかったアイドルへの夢を由奈に託し、

 由奈と俺を引き離すためだけに存在する。

 

 「ええ。」

 

 「御承知置き頂いているものと思いますが、

  アイドルのファンは、彼氏がいることを決して望みません。」

 

 だろうねぇ。

 だからバンドブームに取って代わられたはずなんだけどねぇ。

 

 「本来であれば、由奈さんが当社との契約を結んだ時点で、

  あなたには、別れて頂くのが正当です。

  ですが」

 

 ここ、だ。

 

 「貴方たちに、由奈のメンタルケアができますか?

  シスコンの事務所社長と、

  自分の喪った夢を取り返そうとするあまり、

  周りを遮断しようとする閉鎖体質の秘書に。」

 

 驚愕と不機嫌と怒りを合わせて歪みまくった顔。

 だろう、な。

 

 とりあえず、一発目は着弾した。

 

 原作では、ここで恩着せがましく、

 欲求不満の解消を申し出られてしまい、純一は雛の言いなりになる。

 その歪みと後悔のフラストレーションが、他のサブヒロインに向かってしまう。

 原作の自殺連鎖を躱すとしたって、このイベント、まったくいらねぇんだよ。


 「僕も、由奈を預ける事務所ですから、

  彼氏として、一応、調べたんですよ。

  貴方たちのことは。」

 

 「……。」

 

 「御前崎冬美さん。ご存知ですね。

  あなた方と同じように、芸能事務所を営まれています。

  その甥奏太と幼馴染なんですよ、僕は。」

 

 この情報は、本編では随分後になってシスコンチームに知れる。

 だから、雛が驚くのは当然だ。

 

 「由奈の才能を見出して頂いて、感謝はしますよ。

  しかし、貴方たちのような、妹の実力だけで成り立っている弱小事務所に、

  僕の由奈を預けているのは、感謝して欲しいくら」

 

 っ!!??

 

 「……あら、残念ですね。

  その口、塞いで差し上げようと思ったのに。」

 

 こ、コイツ。

 思ってたのと、違う。

 

 コイツは、自分の夢を叶えたかっただけで、

 由奈が、コイツの理想のアイドルでさえいればいい。

 

 美人局は、そのための、手段だと思っていたのに。

 

 全然違う。

 コイツ、リアルの情欲魔だ。

 

 そりゃ、身体経験の少ない純一が、呑まれるわけだ。

 っていうか、由奈とヤること、ヤってなかったはず。

 

 つまり、純一は限りなく童貞に近い。

 そして、相手は百戦錬磨の色欲魔。

 そりゃ、躱しきれねぇわけだ。


 ……ごめんよ。

 ベリーハードモードだったんだな、藤原純一君。


 って。

 勝ち誇ってやがるようだけど。

 

 「僕が、未経験だとでも思いましたか。」

 

 溺れそうな意識を必死に搔き集める。

 舌、かみちぎれそうだった。

 痛い痛い。血が出て死にそう。

 

 「……!?

  あなた、まさか……。」

 

 「いや?

  こんなこと、貴方たちに言うのも癪ですが、

  由奈はまだ、がありますよ。

  貴方たちにとっては、売り出しやすい状態ですね?」

 

 「……あなた。」

 

 「……どういうわけだかわかりませんが、

  白川由奈は、アイドルをやってみたい。

  貴方たちは、由奈に夢を見たい。


  僕にとっては、有象無象のオトコの目線に触れるアイドルなぞ、

  まっぴらごめんですが、由奈がやりたいことですからね。

  止めはしません。

  

  ただ。

  精神であれ、肉体であれ。

  由奈を壊すような真似をするなら、容赦はしません。」

 

 「……ふん。

  ただの学生のあなたに、なにができると言うの?」


 「分かりませんか?

  芸能事務所の社長の甥が、幼馴染なんですよ。

  彼、僕の言うことなら、なんーでも聞くんです。」

 

 ほぼ嘘だけどな。

 でもって。

 

 「退

  一応、知ってるわけ」

  

 っ!?!?

 

 す、すげぇ憎しみをこめた眼をしやがるなぁ。

 ま、これ、終盤の地雷案件だもんな。

 これを先回りして解除してしまえば、地雷を一つ外すことにもなる。

 

 「……あなた、本当に何者?」


 ……よし。

 俺の貞操を護った上で、優位に立った。

 まず。

 

 「由奈の彼氏として、三日月さんに最初のお願いです。

  由奈の部屋に、留守番電話を付けて下さい。」


 切ないことに、この時代、最先端のメディア。

 このセリフが出てくる時点で、

 携帯電話が出てくる移植版じゃあないんだよ。

 

 留守録のことは、原作では、最後のほうで入ってくる。

 その時には、もう、皆ドロドロだったので、

 抑止効果もなにもありゃしなかったが。


 「忘れないで下さいね、三日月さん。

  貴方が、僕を、色欲で操ろうとした。

  そう、由奈に言えるんですよ?」

 

 勝っ、た。

 ヤっちゃった後なら、罪悪感から絶対に使えなかったカード。

 

 はは。

 ギリギリと歯がみしてやがる。

 

 と、同時に。

 

 「三日月さん。

  貴方の夢は分かります。

  由奈に、天下を取らせましょう。」

 

 険しい顔が緩み、心の底から意外な顔をした。

 俺が、邪魔をすると思ってたわけだ。

 

 「彼氏として、彼女の夢を応援したい。

  なにか、おかしなことでも?」


 まぁ、めっちゃおかしいわな。訝しみまくってる。

 ただ、この女と敵対関係になりすぎるのは良くない。

 あの病みシスコンの情報は、コイツから入ってくるんだから。

 

 それと。

 コイツの無尽蔵の情欲は、使いようがある。

 原作での、破滅ポイントを、ひとつ、潰せる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る