覚悟の物語

2025年10月31日

僕は区役所のベンチに佇んでいた。


隣には一人の女性。

そして、その手に握られているのは、一枚の婚姻届。


きっかけは、まだ世界を知らない幼い僕らが誓った約束。


「お互い30歳になったら結婚しよう。」


僕はある一人の少女に提案した。

当時6歳。

自分には無限の可能性があると信じ、30歳なんて遠い未来で僕には一生来ない様な気がしていたあのとき。愛に憧れていた僕は、たまたま親の見ていたテレビで言っていたセリフを使い、愛を約束した。


女の子は少し驚いた表情をした後、少し顔を赤らめながら小さくうなずいた。

その子の反応を見て、愛が手に入った僕は大きな雄叫びをあげながらガッツポーズを決めた。


ただ、そんな6歳が手に入れた愛なんて、風に舞い上がる落ち葉の如く、軽くて脆いものだ。

年齢という大きな時間の流れについていけず、簡単に崩れ去った。


中学生になり、僕は他の女の子が好きになって、彼女を作った。

彼女も別の彼氏を作った。


高校生になり、僕は別の女と初体験を終えた。

彼女もきっと他の男子と終えていただろう。


大学生になり、僕は腹を刺された。

彼女は病室にいる僕を見て、一言も発する事なく、りんごをウサギさんの形に切り、一口も食べずに帰った。


社会人になり、僕は連日飲み歩いていた。

彼女は就職しなかったとか。


僕は仕事の帰り道、電車の線路に向けて体を傾けた。

彼女はそんな僕を引っ張りホームの壁に投げつけ、何も言わずにその場を去った。


29歳になった僕は電話で彼女に言った。

「お互い30歳になったら結婚しよう。」


彼女は何も言わずに電話を切った。


そして、2025年10月31日

目を覚ました僕は区役所のベンチに佇んでいた。


隣には一人の女性。

髪はどうやったらそんな色に染めれるのかわからないぐらいカラフルな色に染められており、耳はもはや原型の無いぐらいピアスが付けられている。


メイクは平成を思わせるようなガングロメイクで決めており、爪は推定20cm以上あり、敵を突き刺す槍の様に鋭く尖っていた。


そして、その手に握られているのは、一枚の婚姻届。


丁度僕の30歳の誕生日だった。

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