第10話 厳しく

「食べてって……そういうの、世間では『あ〜ん』って言って、本来は恋人同士がするようなことで、俺たちの関係性でするようなことじゃ無いと思います」

「私たちの関係性ってどんな感じなの?」

「何を今更……成績を上げるために放課後一緒に学校の図書室で勉強をする関係ですよ」


 そうでも無ければ、そもそも俺が甘瀬さんとこうして家に居ることなんてありえない、大前提の話だ。


「今日休日だし、ここ学校の図書室じゃないし、今勉強もしてないよ?」

「それは、甘瀬さんが休日でも俺の家で勉強を教えたいって言ったのと、甘瀬さんがご飯を作りたいって言うからじゃ無いですか」

「じゃあ、暁くんはあくまでも私たちの関係は勉強する関係ってこと?」

「そういうことです」


 ずっと口の前に差し出されているハンバーグが思ったよりも良い匂いで、思わず食べたくなってしまうのを我慢する。


「勉強する関係なのに、頭撫でたり、抱きしめたり、膝枕したりするんだね」


 ……そう言われると俺たち結構すごいことしてないか!?

 頭撫でるとかはスキンシップの激しい男女の友達とかならありえそうだが、抱きしめるのと膝枕はかなりハードルが高いはず。


「……すみません、勉強する関係ってだけでは説明が付かなさそうです」

「だよね?良かった〜!暁くんがわかってくれて!もしわかってくれなかったら、暁くんが言った通り勉強するだけの関係ってことで、勉強効率だけを考えて暁くんが謝るまでずっと厳しく勉強教えてあげてるところだったよ〜!」

「厳しく……甘瀬さんが厳しくなるとどうなるんですか?この前みたいに怒る感じになるんですか」

「あの時は私が一番言われたら嫌なことを暁くんが言ったから怒っただけで、厳しくなっても常に怒ったりしないよ?」


 ……怒らないけど、厳しい甘瀬さん?

 ……想像できないな。


「気になるなら、ご飯冷めないうちにできるだけ早く試してみる?」

「試す……?よくわかりませんけど、試せるなら試します」


 俺がそう答えると、甘瀬さんは一度お箸で挟んでいたハンバーグをお皿の上に置くと、笑顔で言った。


「じゃあ、今から私が高校生レベルの英文を五つ言うから、それをすぐに日本語に翻訳して答えてね!」

「わ、わかりました」


 その後、甘瀬さんはとても綺麗な発音で英文を五つ話して、俺はどうにかその五つの英文を訳した。

 ……今まで図書室の中でイヤホンをしてリスニングをしたことはあったが、甘瀬さんからのリスニングは初めてで────発音が綺麗すぎて何を言っているのかほとんどわからなかった。


「────五問中一問正解」


 ……よりにもよって今までで一番低い結果だ。

 ……だが、いつもの甘瀬さんなら「私からのリスニングは初めてなのに一問解けて偉いね!」というような感じに優しく接してくれる────はずだが、今回はおそらく厳しくと言っていたから、少しはいつもより厳しい感じであることを覚悟しておこう。


「……全然ダメだね」


 ……え?

 ……思ったよりも表情と声の雰囲気が本音の重たさで怖い。


「今私が話した英文、前リスニングした英文の応用で簡単に翻訳できる問題なんだよね」

「すみません……甘瀬さんの英語の発音が綺麗で聞き取れなくて────」

「言い訳してって私言ってないよ?ただ、応用で簡単に翻訳できる問題を間違えないでって言ってるの、英文を聞くことすらできなかったら日本語を聞くことはできても読解することはできないの?」

「……」


 俺のメンタルが弱いのか、もしくはこの甘瀬さんを前にしたら誰だって今の俺と同じ気持ちになるのか────普通に恐怖の感情を覚えている。

 俺は甘瀬さんに勉強を教わる前、甘瀬さんはスパルタ教育をしてくると思っていたが、この甘瀬さんはその時思っていた甘瀬さんよりも数倍は怖い。


「あの……」

「何?また言い訳────」

「もうお試しは十分なので、いつもの甘瀬さんに戻ってもらえないですか?」


 恐る恐るそう言うと、甘瀬さんは俺の隣に来て頭を撫でながら言った。


「うん!わかった!ごめんね、私あんなこと思ってないからね?でも一回くらいは見せしめしとかないと、ただ勉強するだけの関係とか言われちゃうと嫌だから……他にどんな関係かは、一緒に二人で見つけて行こうよ」


 甘瀬さんは、言っていることや表情や声音も、俺に対するいつもの甘瀬さんに戻った。


「そう……ですね」

「あっ!まださっきのこと引きずってるの?さっきのはお試しの演技だから忘れて!」


 演技だと言われても早々に忘れられないほどのインパクトが、さっきの甘瀬さんにはあった……


「……はい」

「もう〜!じゃあ私が忘れさせてあげる!」


 その後、甘瀬さんは俺のことを頭を撫でたり抱きしめたり、半強制的にご飯を食べさせてきたりして、厳しかった甘瀬さんのことを忘れさせようとしてきた……そして、ご飯を終えると今日は甘瀬さんに帰ってもらうことにして、また学校が始まる月曜日から放課後勉強を再開することとなった。

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