第9話 してあげたい

 一方的だったと言っても一応は約束したことだ。

 それなら……

 俺は恥ずかしさを最大限抑えて真後ろに居る甘瀬さんと向き合うと、当然飛び込むほどの勢いでは無いが、甘瀬さんに体を近づけた。


「それだけじゃまだ甘えてるとは言えないよね」

「……べ、勉強に疲れたので、癒してください」

「合格〜!!」


 甘瀬さんは明るい笑顔でそう言うと、俺の頭を自分の膝の上に置いて俺の髪の毛を上から下にゆっくりと撫で始めた。

 いわゆる、膝枕というものだ。

 そして、甘瀬さんは顔を下に向けることで俺と顔を合わせながら優しい顔で言った。


「今日はいつもより長い時間勉強頑張ったね……でも、休憩はちゃんと取らないとダメだよ?暁くん無理してたでしょ?」


 無理というか……そうでもしてないと今の現状を受け入れることすらできなかったから勉強に集中するしか無かったというか。


「次無理して勉強続けようとしてたら、無理矢理にでも止めちゃうからね?もうしたらダメだからね?」

「……聞いても良いですか?」

「うん、どんなことでも教えてあげるよ?」

「……どうして、今日わざわざ俺の家に来てまで勉強を教えに来てくれたんですか?俺たちは放課後に一時間一緒に勉強するように言われてはいますけど、休日まで勉強をするようには言われて無いですよね?」


 俺がそう聞くと、甘瀬さんは俺の髪の毛を撫でるのをやめた。

 ……膝枕をされながらこんな真面目なことを聞くのも違和感があったが、膝枕をされているということから意識を逸らせるという点では俺にとって膝枕をされているということとも合致している。


「もし私が本当は勉強を教えたかったんじゃなくて、暁くんと一緒に居たいだけだったって言ったら、暁くんはどうする?」

「そんな冗談じゃなくてちゃんと教えてくださいって言います」

「冗談じゃないって言ったら?」

「……困惑します」


 俺と甘瀬さんは一年生三学期の日に一度だけ会話をしたことがあるぐらいで、それ以外は特に今まで接点も無かった。

 それなのにそんなことを言われても、今言った通り俺は困惑する。


「私、暁くんのためだったらなんでもしてあげたいって思えるの」

「なんでもとか、あんまり男子高校生相手に言わない方が良いと思いますよ」

「私は男子高校生に言ってるんじゃなくて、暁くんに言ってるんだよ?暁くんになら、男女でしかできないような勉強を教えてあげたって────」

「変な流れになってきたので一回話変えませんか!?」


 俺は咄嗟に体を起こしてそう言った。


「……うん、それでもいいよ」


 ……はぁ、甘瀬さんが変わった人だということはわかっていたが、まさかここまでだとは思ってもいなかったな。


「でも、忘れないでね……私は、暁くんにだったらなんでもしてあげたいからね」

「……」


 話を変えると言ったが、この空気は気まずいため、俺はそろそろ甘瀬さんには帰ってもらうことにした。


「まだお話ししたいのは山々だったんですけど、時計見てみるともうお昼時なのでお昼ご飯を食べに家に帰った方が────」

「じゃあ!お昼時で、私の手料理暁くんに食べてもらいたいから、暁くんの家のキッチンと食材借りても良いかな?」

「……え?」


 俺はもう良い時間にもなってきたということで甘瀬さんには帰ってもらおうと思ったが、甘瀬さんはまだ居座ろうとしているどころか俺の家で料理をしたいと言ってきた。


「私とまだお話ししたいって思ってくれてるんだよね?」

「……はい」


 話したいと言ってしまった手前、断っても後日以降気まずくなってしまいそうなため、俺はそれを承諾してせっかくの機会ということで甘瀬さんにご飯を作ってもらうことにした。


「似合うかな?」


 甘瀬さんは俺のエプロンを着て、俺にそのエプロン姿を見せるようにして言った。


「普段俺が使ってるやつなのでサイズは大きいですけど……似合ってます」

「暁くんが普段使ってるものが私に似合う……!うん、今の言葉で料理とかいくらでも作れちゃうから作ってくるね」


 俺が一言褒めただけで甘瀬さんはとてもやる気になった様子でキッチンに向かい────俺にハンバーグを作ってくれた。


「ハンバーグ、俺の好物……知ってたんですか?」

「二年生に上がって一番最初に自己紹介カードみたいなの書いたでしょ?暁くんがそこにハンバーグって書いてたから」


 よくそんなことを覚えてたな……


「いっぱいソースもかけてるから、美味しいと思うよ」

「ありがとうございます」


 俺たちは二人でいただきますを言って、それぞれお箸を手に持った。

 ……まず気になるのは、やはりハンバーグの味。

 俺はハンバーグをお箸で挟────もうとしたところで、甘瀬さんが俺のハンバーグをお箸で丁寧に切り分けると、それを俺の口元に差し出して言った。


「はい、お口開いて食べて?」

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