第8話 して欲しいこと

 その調子で勉強を続けていた俺だが────そろそろ集中力が切れていた。

 集中力が切れてきたのは、勉強時間が長くなってきてそろそろ集中力が切れそうとか、家の中で漫画やゲームなどの誘惑が多いからということでは無い。

 集中力が切れそうになっている理由、それは……


「そろそろ手疲れて来たと思うから、一度膝枕する?」


 ────このように、定期的に甘瀬さんが俺の勉強に対する集中力を削ぐようなことを言ってくるからだ。


「いえ、大丈夫です……それより、数学の勉強の続きを知りたいです」

「そう?暁くんがそう言うなら、それでも良いけど……」


 そして、俺が断ると甘瀬さんは毎回悲壮感漂う顔をしてきて、今日が勉強を教えてもらうという日なのであれば俺は何も間違ったことはしていないはずだが、その顔を見るたびに申し訳なくなってしまって、そろそろ断らないほうが良いのかもしれないという考えが常に頭に過ってしまう。

 ……俺だって、別にそこまで勉強をしたいわけじゃない。

 もちろん勉強をするという名目で甘瀬さんのことを俺の部屋に上げている以上は最低限勉強はしないといけないと思うが、それはもう一時間勉強している時点で最低限というラインは超えているはずだ。

 ────だが、勉強にでも集中しておかないと、色々と現状を飲み込めなくなってしまうから、今はこうするしかない。

 そして、そのまま耐え続けて三十分が経過した。


「────うん、十問中十問正解!ねぇ、そろそろ休んだほうが良いんじゃない?一時間半も連続して頑張って暁くんは十分偉いよ!」

「……まだ────」

「わかった!じゃあ次は、私の自作問題を解いてみて!」

「自作問題……?」


 甘瀬さんはノートを取り出すと、高速で何かを書き出している……問題集があるのにわざわざ自作問題を作ってくれるということは、俺が苦手としているところを的確に問題にして苦手分野を克服させようとしてくれているんだろうか。

 そんなことを思っていると、甘瀬さんはあっという間に描き終わったらしく、俺にノートを見せてきた。


『私が今したいと思ってることは?』

『暁くんが私のためにしたほうが良いことは?』


 ────思っていたのと全然違う。

 てっきり数学の問題かと思っていたが、数学の問題どころか学力と一切何の関係も無い問題だ。


「……この問題は?」

「良いから、解いてみて!一問でも間違えたらその間違えた方の答えを実行してもらうからね!」


 間違えた答えの方を……実行?

 俺が実行できる何か、ということか。


「合ってたら何かあるんですか?」

「合ってたらご褒美あげる!」

「ご褒美……」


 特に今何か欲しいものは無いが、とりあえず回答を書いてみることにした。


『私が今したいと思ってることは?』

『休憩』

『私が暁くんにして欲しいことは?』

『次の期末テストで平均点以上を取れるようにする』


 こんなところだろうか。

 一問目はさっきからずっと甘瀬さん自身が言っていることで、二問目はさっき甘瀬さんが言っていた言葉から考えると、俺に実行できる何かで、勉強を教えてくれているということから考えると、この答えで間違えていないはずだ。

 俺が甘瀬さんにそのノートを渡すと、二問しかないためすぐに返事が返ってきた。


「────うん、二問中一問正解だから、さっきも言ったように間違ってた方の問題の答えを実行してもらうよ」

「え……!?待ってください、何が間違えてたんですか?」

「私が今したいと思ってることは?の問題は合ってるけど、二問目の私が暁くんにして欲しいことは?の問題が不正解!私は別に、暁くんに平均点以上を取って欲しいなんて思ってないよ」


 思ってない……!?


「じゃあどういう気持ちで勉強教えてくれてるんですか……?」

「褒めてあげたいだけ」

「それだけ!?」

「うん!────じゃあ、早速間違えた方の答えを実行してもらっても良い?」

「実行する前に、俺が何を実行しないといけないのか教えてもらっても良いですか?」

「うん!私が暁くんにして欲しいこと、それは……こと!」


 甘瀬さんに……甘える!?


「はい!私の胸に飛び込んできて!私が優しく抱きしめてあげるから!」


 甘瀬さんは両手を大きく広げながら言った。

 甘瀬さんの胸に飛び込む……?

 そんなことできるはず────


「一応伝えとくけど、暁くんに選択肢は無いよ……早く私の胸に飛び込んできて?」

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