第5話 怒る

「────暁くん、今日も勉強頑張ったね、偉い偉い」


 甘瀬さんの俺に対する甘さは今日も絶好調なようで、英語で十問中四問しか解けていないのにも関わらず頭を撫でて甘やかしてくる。

 ……当初、俺が低い点数を取っても怒るどころかむしろ慰めて褒めてくれる甘瀬さんに俺は喜んでいたものだが、最近そのことの欠点を感じていくようになった。

 それは────勉強意欲が無くなってしまう、という深刻な問題である。


「今日は合計で三十問と向き合って疲れたと思うし、休憩にしよっか」


 そう、こんなに甘くされたのでは、とてもじゃないがもっと勉強をしないとと追い込む気持ちにはなれない。

 別にそれならそれで俺の性格には合っているんだが、不思議なことにここまで甘々な対応をされると逆にもっと色々と強く指摘して欲しいと思ってしまう。


「あの……甘瀬さん、今日だけでも良いのでもう少し強く怒ったりしてくれないですか?三十問と向き合ったって言っても、そのうちで解けたのって合計11問とかじゃ無いですか」

「私が暁くんに、怒る……?で、できないできない!それだけは絶対にできないよ!」


 甘瀬さんは相変わらず普段の甘瀬さんから想像もできない焦った表情になると、両手を振って俺のその申し出を拒否した。


「でも、ここまで優しくされたんじゃ、申し訳ないですけど間違えても別に良いかってなるというか……せっかく甘瀬さんも俺のために時間を使ってくれてるなら、できるだけ効率良く勉強したいんです」

「言ってることはわかるけど……でも!暁くんに怒るなんて────」

「俺のためを思うならこそ、お願いします」

「……わかったよ、じゃあもう十問解いてみて、それでもし正解が五問未満だったら私暁くんのこと怒るからね!」

「はい」


 俺は再度英語問題集と向き合った。

 ……やはり、何かしら嫌なことが起きる方が、それを起こすまいとやる気になるものなのか、俺は今までよりもさらに集中して問題集と向き合った。

 ────が、やる気だけでどうにかなるはずも無く。


「丸つけ終わったよ……十問中四問正解、だから、私暁くんに怒るね……」


 低い点数を取ってしまった俺よりも気分の下がった様子で甘瀬さんがそう言うと、俺に対して言った。


「十問中四問正解だから、あと一問正解してたら────じゃなくて……こ、こんな問題も、解けないの?わ、私ならこんなの……や、やっぱり無理だよ暁くん!」


 甘瀬さんは優しさを捨てることが全くできず、叱られることは失敗に終わってしまった……だが、今回点数は伸びなかったもののやる気が伸びたのは事実だ。

 そう考えると、やっぱり低い点数を取った時は何かしらのデメリットがあった方が良くて、そして何かしらのデメリットというのはペアで教えてもらっている以上、そのペアの人に怒られるというのが一番良いはずだ。


「お願いします、俺が五問未満を取ったらちゃんと怒って欲しいです」

「私にそんなのできないの!暁くんに怒ることなんて、私には……」


 俺は甘瀬さんに強く否定されたことで理解した。


「……わかりました、すみません、今日は他の人に頼みます、優しい甘瀬さんに頼むことじゃありませんでした」


 こんなことを優しい甘瀬さんにしてもらうのは、酷というものだということを……とりあえず、今日は他の人にやる気の面を鍛えてもらって、明日からはまた甘瀬さんに教わる形にしよう。

 そう思い至った俺は、一度教室に戻り誰か勉強を教えてくれそうな人に頼みに行くことにして席を立ち上がった……言い方は悪いが、できるだけ優しそうじゃない人が良いか?

 ……でも優しくない人はそれはそれで怖いし、バランスが難し────


「待って暁くん、私前に言ったよね?他の子に教わるとかダメだって、それはしたらダメなことだって」

「……え?」


 後ろからさっきまでとは全く違う声音の甘瀬さんの声が聞こえてきたので、俺はその声の方に振り返る。


「ちゃんと言ったよ?私そんなことしたら悲しんだ後に怒るって……だから、私今悲しんだ後に、怒ってるよ」

「待ってください、別にずっと他の人に教わるわけじゃなくて、今日だけ────」

「一回でも他の子に教えてもらうなら一緒、良いよ、他の子に暁くんをあげるぐらいなら私が怒ってあげる、座って」

「は、はい……」


 俺が席に座ると、甘瀬さんは俺の隣に立って言った。


「ねぇ、今更他の子に教わるってどういうことなの?いくらなんでも酷いと思うよ?私は暁くんに丁寧に教えてあげようと思ってるのに」


 ……この甘瀬さんは、クールな時の甘瀬さんが怒っているようで、シンプルに怖い、直感的に体が恐怖を覚えている。


「あの……怒るのはそういうことじゃなくて、勉強について怒って欲し────」

「私が何に怒ろうと勝手だよね?ねぇ、誰に教わろうとしてたの?女の子?女の子だとしたらその女の子と前の私みたいに放課後デートでもしようとしてたの?ダメだよ?」

「違います、勉強を教わろうとしただけ────」

「今日はもう勉強なんて良いよ、暁くんが私以外の子に勉強を教わったりしたらいけないって教えてあげる────」


 その後、俺は一時間ほど怖い甘瀬さんにひたすら説教され続け、俺は一時間勉強をするよりも体力を奪われてしまった。

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