第2話 始まり

 しばらく笑顔に見惚れていたまま頭を撫でられ続けていたが、俺はどうにか正気に戻って頭を引いて頭撫でを中断した。


「あっ……」


 頭撫でを中断したことを悲しがっているのか、甘瀬さんは悲しそうな表情をしながら手を引っ込めた。


「あの……!すみません、その……普段の甘瀬さんと違いすぎてちょっと状況が飲み込めてないんですけど、とにかく今は勉強中なので、間違った箇所について色々と教えてもらいたいです」

「そう……?……うん、じゃあ教えてあげるね」


 そして、俺が今間違えた七問の問題を、甘瀬さんは丁寧に、優しい口調で説明し始めてくれた。

 ……甘瀬さんって、こんなに優しい口調で話せる人なのか。

 やがて七問全部の解説を受けると、甘瀬さんは「今の解説を踏まえた上でもう一度やってみて」と言ってきたため、俺はもう一度やってみた。

 今開設してもらったばかりの問題で間違えることは無いという自信を持って、俺はしっかりと全ての問題に自信を持って回答した。


「────うん、丸つけ終わったよ」

「どうでした……?」

「十点満点中十点!すご〜い!!」


 そう言うと、甘瀬さんはまたも俺の頭を撫でてきた。


「さっき教えられたばっかりの問題なんですから、むしろ間違える方が難しく無いですか?」

「ううん、そんなことないよ、教えられたばっかりのことでも覚えれない人の方が多分多いと思う」

「そ……そうですか」


 甘瀬さんはいきなりいつものクールな雰囲気の甘瀬さんに戻った────かと思えば、また口元を緩めながら言った。


「そうだよ!だから、暁くんは偉いの!お勉強一回休憩にしよっか?」

「え……もう休憩で良いんですか?」

「うん、良いよ?頭いっぱい使って疲れたでしょ?」

「まだ二十分も経ってないですよ……?」

「良いの!……ここが学校の図書室じゃなかったら膝枕くらいしてあげたのに、残念」


 膝枕……!?

 聞き間違い────なわけがない。

 膝枕なんていう強烈なワードと他のワードを間違えるなんていうことはほとんど起こり得ないからだ。


「それとも……場所変える?」


 甘瀬さんは甘い声で俺の耳元に囁いてきた。


「このままで大丈夫、です」


 ……甘瀬さんがあまりにも積極的だから色々と変なことが頭をよぎるが、あくまでも俺たちの関係性は俺が次の期末テストで平均点以下を取らなかったら終わる関係。

 そんな関係性に変な劣情を抱いてはいけない。


「……私、男の子とお話しするのって今日が初めてなんだよね」

「え!?」

「もちろん短く会話することはあったけど、こんなに長く話したのは初めて……」


 衝撃的すぎるカミングアウトだ。

 確かに言われてみれば甘瀬さんのクールな性格的には男子と話しているイメージは無いが、それにしてもこの容姿でその発言は驚きを隠せない。


「本当はずっと話したかったんだけど……」

「そうだったんですか……まぁ、高校生にもなれば異性に興味の一つぐらい湧きますよね」


 俺は甘瀬さんの人間的な部分を見れて、少し安心した。


「異性っていうか……うん、そうだね」


 甘瀬さんの返事は歯切れが悪かったが、納得してくれたみたいなので今はそれで良いだろう。


「そろそろ勉強────」

「あ!暁くん!ネクタイちゃんと締まってないよ?」

「え?あぁ、すみません……今日体育あって急いで着替えたからだと思います」

「私が締めてあげるね」


 甘瀬さんは楽しそうに俺のネクタイを締めている。

 そして、甘瀬さんはネクタイを締めながら言った。


「ね、暁くん、私は暁くんに学校の勉強教えてあげるから、暁くんは私に暁くんのことを教えて欲しいなって思うんだけど……ダメかな?」

「俺のこと……?知ってどうするんですか?」

「それはね────今度教えてあげる」


 甘瀬さんはネクタイを締め終わると、口元に人差し指を立てて綺麗な笑顔でそう言った。

 ……今日から今までとは劇的に日常が変わる、そんな予感が頭の中を渦巻いていた。

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