看護師達の嫌がらせ

 いつ頃から顕著になっただろうか・・・。

 看護師達が嫌がらせをしてきている。

 例えばそう。

 この食事の時間だ。

 食事は透明なアクリル板側の下に空いている郵便ポストの口みたいな小さな長四角の穴から、何も言わずに入れられていた。

 プラスチックのプレート皿にご飯とおかずが乗っているものだ。

 その小さなおかずの山の頂に何かゴミみたいのが乗っている事が多かった。

 不衛生だなと思って、ゴミが乗っているおかずは食べずに残していた。

 だが、今日は何か塗り薬のキャップがチョコンと丁寧に山の頂に乗せられている。

 これは・・・。

 不衛生ではなくて、不注意でもなくて、故意で嫌がらせだったのか。

 やっと、はっきりわかった。

 腹が立つ。

 どの看護師が犯人なの?

 しかし、身動きが取れず、看護師のシフトどころか名前さえ把握できないので真相究明は出来そうに無かった。

 悔しい。


 こんな、何も無い牢屋生活でも少しの生活のリズムと小さな楽しみが出来た。

 それはそう、この午後のひととき。

 紙コップ一杯のお茶が出された。

 それ以外の飲み物は全て水なので、このお茶の香ばしさと味の深みがしみじみと美味しい。

 ただのお茶だけど、命のお茶とも言える一杯だった。


 何日かに一日は看護師ではない中国人のヘルパーがこの牢屋をとても丁寧に掃除してくれる。

 日本語が堪能で、すぐに仲良くなった。

 丁寧な掃除は大変ありがたく、清潔面からすると、このヘルパーのおかげで安心して過ごす事が出来た。


 いつもの様に廊下の時計をチラチラ眺めていると妙に顔の整った若い看護師が廊下をやって来た。

 そして、笑い顔で私が見ている時計を持ち上げると、私に対し、笑って見せてから、その時計を持って行こうとする。

 「なにするの!

返して!」

と叫ぶと、笑い声で言われる。

 「あなたにはいらないでしょ。」

 え・・・。

 時計を見るのが唯一の楽しみなのに・・・。

 何で、こんな事をするの。

 唯一の楽しみだから時計を取ったの?

 なんて残酷なの。


 ここはカレンダーが無いので全く、曜日、日付感覚がわからない。

 お風呂は数日に一回しか入れない様だった。

 どうしても顔だけは毎日洗いたいので、看護師に懇願した。

 果たして、何日も、何回も、洗いたいとお願いすると

 「今日だけいいよ。」

と許可される。

 牢屋のすぐ外、明らかにモップを洗う、洗い場へ案内される。

「ここ、ですか。」

「どうぞ。」

 その不潔さに恐れたが、蛇口をひねれば綺麗な水が出るだろうと意を決して顔を洗う。

 顔だけを存分に洗うのは、何十日ぶりだろう?

 多分、季節はもう秋だが、冷たい水は気持ちよく、べたつく顔がすっきりした感じだ。

 欲を言えば洗顔フォームが欲しかった。

 そして、ぬれた顔のまま、目を開けられずに、

 「タオル有りませんか?」

と尋ねると

 「これ使って。」

とタオルを手渡される。

 ・・・なんだかこのタオル、違和感が有る。

 拭き終わり、目を開けて、そのタオルを観察するとタオルの表面に黄色い粘つく、何かスライム状の物体が一面にボロボロとまんべんなく付いていた。

 え!

 なにこれ?!

 気持ち悪い!

 戸惑い、驚いていると看護師はその様子を確認して、満足げに一つうなずいてからタオルを奪い取り、

 「さ!

早く戻って!」

と有無を言わさず私を牢屋に入れて去って行った。

 あの黄色いのは何だろう?

 もう、顔を洗う催促は出来なかった。


 事件が起こった。

 私にとっては大事件だ。

 歯磨きは牢屋の外の廊下を少し歩いた先の洗面所でいつもやっていた。

 ところが、今日は天井の電球が消え、逆にアクリル板の向こうの廊下の蛍光灯が付いたにもかかわらず歯磨きの誘導が無かった。

 天井の電球が消えたのは消灯時間の証拠。

 こんな時、時計を持って行かれたのは、ひどく辛く、心許なかった。

 本当に、もう消灯時間?

 ただ電気が消えただけなの?

 誰も来ない。

 何の知らせも無い。

 狭い牢屋を見回して、孤独感と虚無感とに戦っていた。

 しかし、時間が経つにつれて心細さに負けて看護師を力の限り叫んで呼ぶ。

 ひとしきり叫ぶが一人として来ない。

 とても静か。

 焦燥感はつのり、今度は木の壁の柱と思われる端っこを足でガンガン蹴り続ける。

 看護師がすぐさま二人来た。

 「消灯時間を過ぎていますよ。」

 「やめなさい。

静かにしなさい。」

と口々に言ってとがめる。

 「まだ歯磨きしていないんです。

ちゃんと歯磨きさせて下さい。」

 これを聞くと看護師達は顔を見合わせ、出て行った。

 しばらくして別の看護師二人を連れてきた。

 これで、この狭い牢屋に看護師が四人揃った。

 「歯磨きさせてもらっていないと三好さんが言っていますが?」

 新しく来た二人組が言った。

 「妄想の類いでしょ。

歯磨きはさせました。」

 この言い様に驚きすぎて、口を半開きにしたまま、何も言えずにいると。

 「騒がないで寝なさい!」

と言い放ち、全員出て行った。


 な・・・。

 この歯磨き無しは続くの?。

 このまま、していないという主張は妄想という都合の良い言い訳で、無視され続けるの?

 悔しい!

 なんという悔しさ!

 いいようにされて!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る