第16話
顔を無理やり上げられているせいで、反った喉が引きつったように痛む。それを押し隠し、マリーは笑みを浮かべた。
「差し伸べられた手を振り払ったりしなければ、処刑されることも無かったのに。むしろ手を取り合っていれば、国民は助かったかもしれない。そうしなかったから、余計に国民は苦しむ羽目になったんじゃないの」
「……ほう?」
「誰かに劣るのを恥じるのは悪くない。見返そう、追い越そうとして努力したことは讃えられるべきよ。けど、自分の下らない自尊心を守るために国を巻き込むなんて、指導者失格だわ」
「神祖を貶すのは許さない!」
獣のように吠えたアレクサンダーの周囲に水の鞭が何本も現れる。鞭は瞬く間に氷に姿を変え、その先端は全てマリーに向けられていた。
どうやら今の一言は彼の逆鱗に触れたらしい。命が危ういと分かってはいるが、それでも言わずにはいられなかった。
「お兄さんに慈悲を与えられるのが悔しかったのだとしても、民を想う気持ちが本物だったなら形振り構わずその手を取っていたはずよ。一国の王として人の上に立つのなら、国の行く末に私情を持ち込むべきじゃなかった! 当然でしょう?」
兄が弟を処刑したのも、力に訴えてのものではなかったはずだ。彼はきっと弟を助けたかった。仲直りをしたかった。しかし魔力を脅威と見なした周囲が、それを許さなかったのかも知れない。致し方のないことだと受け入れられないナイト家の憎しみも分かるが、彼らはもっと、実の弟を処さねばならなかった兄の悲哀に気が付かなければいけなかった。
全てはマリーの想像だ。実際に兄がどう考えていたのかなど知る由もない。
けれどきっと間違っていない。不思議とそう思えた。
喉に突き付けられていた氷がさらに食い込んでくる。氷の鞭もじりじりと近づいてきていた。
「あなたを人質に脅そうと考えていましたが、計画変更です。神祖を侮辱した罪で、あなたをここで殺します」
「侮辱じゃないわ、正論を言っただけ」
言い終わる前に頬を杖で殴られた。一発だけではない。何発も続けざまに殴られ、切れてしまった唇の端から顎に血が伝った。
「闇の神のお庭で、永遠に苦しめばいい」
怨嗟の言葉を吐き、アレクサンダーの顔から表情が消え失せる。
ここまでか。水の壁の向こうからフランに名前を呼ばれている。狼はずいぶんしつこく彼を追い回しているようだ。
俺たちは二人で一つだと言ってくれて、嬉しかった。マリーが死ねば、彼も一緒に神のお庭に行くと聞いている。
もしも闇の神のお庭だったらごめんね。せめて生きているうちに謝っておきたかった。サシャやアルベール、両親にもお別れを言えていない。サシャはもう、魔力から解放されているだろうか。
勢いを付けるためか、アレクサンダーが手を引く。間もなくやってくるであろう痛みを思い、固く目をつぶった、その時だった。
「……なんです?」
訝しげにアレクサンダーに呟く。どうしたのかと目を開けると、彼はマリーの傍らを凝視しており、何かを追うように徐々に視線が遠くに移っていく。
まさかサシャやアルベールが助けに来たのだろうか。いや、だとしたら、あの二人ならアレクサンダーの視界に入るより早く問答無用で斬りかかるなり、マリーにすらお構いなしで炎や風を差し向けるなりしている。
体が凍らされているせいで、アレクサンダーの視線の先に何があるのか知れないのがもどかしい。歯噛みして何気なく辺りを窺って、はっと違和感を覚えた。「……赤い……?」
マリーが氷漬けにされているのは、道の脇にある美しい草原だ。生えている草は大抵、春の瑞々しい萌葱色を主張している。
だが今、目に入ったのは、思わず鳥肌が立ってしまうほどに赤く染まってしまった大地だった。水がじわじわと染み込んでいくように、鮮やかとは言い難い紅色が草花の色を侵食していく。
やがて気が付いた。侵食は自分が伏せられている、真下から始まっていると。
初めはアレクサンダーが何かしたのかと思った。しかし彼は戸惑ったように大地が染まっていく様を見つめている。すぐに自分を取り戻したのか、アレクサンダーはマリーを睨みつけた。
「一体なにを企んでいるんです? この期に及んで悪あがきですか」
「何のこと? あなたがしたんじゃないの?」
――アァウゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥ。
どこからか獣の遠吠えが聞こえる。その途端、紅色の絨毯の上に同色の靄が立ち込め始めた。
ばしゃん、と水の壁とマリーを捕えていた氷が、石を投げつけられて粉々に砕け散るガラスのように前触れもなく壊れた。アレクサンダーが術を解いたわけではないらしい。なぜ、と声にならない驚愕を喉の奥から絞り出している。
マリーは隙をついて急いで立ち上がり、剣を拾い上げてフランの元に駆けた。水の狼も同時に崩壊していたようだ。半ば飛びつくようにして彼の腕に受け止めてもらうと、フランはマリーを力強く抱きしめて無事を確認した後で、「なんだ?」と困惑を呟いた。
ずるずると音がする。足元からだ。目を向けると、砕けた水が何かに吸い寄せられ、絨毯の上を這っていた。水は途中から淀んだ光の粒子に姿を変え、空中を漂う。行きつく先はどこだろう、と二人は揃ってそれを追い、やがて目に映ったものを見て息を飲んだ。
「……は、ははは……!」
アレクサンダーはマリーのことなど忘れたかのように立ち上がり、掠れた笑い声を漏らす。徐々にそれは大きく高らかなものになっていく。彼の視線はマリーたちと同じ方向に向けられていた。
雲が晴れ、南東の空に満月が出ていた。白く淡く神々しい光が大地や村を照らす様は、まるで闇の神が万物を愛おしんで腕に抱いているかのごとき美しさがある。そんな中で、ただ一つ、異質なものがあった。
初めは山が現れたのだと思った。しかし違う。淀んだ光を纏うそれは、獣だった。
大きさは計り知れない。つんと誇らしげなマズルに覗く牙一つだけ取っても、マリーの背丈以上ある。三角耳の下にある瞳は藍色と黄金色が混在し、まるで夜空と、そこで瞬く星々に似ている。鋭い爪を備えた四肢は流麗な輪郭を描き、尻で揺れる猛々しい尾は三つに裂けていた。
体を覆う毛並みは、夕焼けで染めたようなほの暗い朱色。かと思えば、陽光を浴びたように幻想的で妖美な緋色に変わる。まるで昏い炎が獣の姿を取ったかのようだ。ひたいから渦を巻いて伸びる特大の角は、天を穿つほどに鋭く、そして艶めいていた。
「ははははははははははっ! ついに、ついに見つけたっ!」両腕を広げ、アレクサンダーが狂喜の叫びをあげる。「原初の魔獣……『憤怒の狼』!」
一目で分かる。かつて国内を暴れ回り、人々を震撼させた七大魔獣。
その一体が今、マリーたちの前に現れたのだと。
アレクサンダーの水だった光は、狼の角に吸収されていく。それと同時に、地面を覆っていた紅の絨毯が黒ずみ、一カ所に集まりだした。
元の場所に――マリーの影に。
「え……?」
一体どういうことなのだろう。だが今はそんなことより、目の前の脅威が最優先だ。
狼は笑い狂うアレクサンダーを静かに見下ろしている。こちらに意識が向けられていないのだから、一人と一体を攻撃するには絶好の機会だ。
しかし、出来ない。体が竦んでいるわけではない。狼に違和感を覚えたのだ。
七大魔獣を生み出したのはアレクサンダーの祖先だという。ならば狼は――いくらマリーの祖先が従えていたとはいえ――アレクサンダーの言うことに従うのかも知れない。だからこそ彼も笑いを堪えきれないのだろう。
だが狼が彼に向ける眼差しは、主人となる人物への忠誠を誓うそれではない。
どちらかというと、
「軽蔑……」マリーの呟きに、フランが静かにうなずいた。
「まさか、影に潜んでいたとは思いもしませんでしたよ! マリー、あなたから感じていたのは狼の魔力の残滓ではなく、そのものだったわけだ!」
当の本人は喜悦のあまりそれに気がついていないらしい。尻尾を揺らすばかりだった狼が音もなく歩き出すと、アレクサンダーは杖を狼に向け、興奮冷めやらぬ叫びをあげた。「『憤怒の狼』よ、決戦の時が来た! 今一度、我らナイト家のもとに……!」
狼は立ち止まらない。アレクサンダーの絶叫など聞こえないと言うかのように、彼の横を素通りしていく。
やがて狼は、マリーとフランの前で足を止めた。間近で見ると圧巻の一言だ。眩い宝石に似た瞳の奥底に、濃艶な炎が燃えている気がした。
「アルデラミンの子よ」
いつか聞いた声がマリーの耳に届く。それが狼から発されたものだと思い至るのに数秒を要した。咄嗟に「は、はい」と間の抜けた返事をすると、狼が首を垂れた。
「待っていた。お前が花開くのを」
「え……え?」
「私はこれよりお前の剣となり、盾となろう。存分に使え」
「ちょっ、ちょっと待って」
言っている意味が分からない。慌てふためくマリーをよそに、狼は顔を上げない。
助けを求めてフランを見上げるが、彼も理解できていないようだ。目を白黒させ、マリーと狼を交互に見遣っては頭上に疑問符を浮かべている。
「なっ……どういうことだ!」
当惑するマリーを現実に引き戻したのは、アレクサンダーの怒号だった。
「お前は『原初の七大魔獣』だ、『憤怒の狼』! お前を作り出したのは誰だと思っている! 従うべきはその女じゃない!」
杖を二人と一体に向け、蛇のようにくねる水の鞭が何本も現れる。マリーはフランに石に入るよう指示し、剣を構えて土の鞭を出現させた。両者が睨みあう中、狼は緩慢に振り返り、苛立たしげに三つの尾を揺らした。
狼はなにも答えない。ただ面倒くさそうな視線を投げるだけだ。
『信用していいのか?』石の中からフランが問いかける。『こいつは大昔に暴れ回った魔獣なんだぞ』
同感だった。どういうわけかマリーたちを害する気は無いようだが、それが本心からなのか分からない。
「昔の話だ」狼は過去を懐かしむように、そして自嘲するようにわずかに笑う。
「今の私は半端者。アルデラミンと交わした誓いもある。もう一度言おう。私を存分に使え、ヘルトの若き英雄よ」
「……ああ、全く。長い時の中で『憤怒の狼』は醜い遺物と化したのですね」
先ほどまで顔を赤くして怒鳴っていたアレクサンダーは、心底残念そうにため息を漏らす。憧憬に似た色を浮かべていた瞳は憎悪に染まり、眉間には深いしわが刻まれていた。
「残念ですが、〝それ〟は最早処分するしかないようだ」
アレクサンダーの杖が地面を叩く。水の鞭が一斉にマリーと狼に飛びかかってきた。マリーは土を繰って水を正面から弾き飛ばしたが、一本潰せば、また次の一本に襲われる。アレクサンダーに接近する間もない。
狼は悠然と鞭を眺め、動かない。水の鞭は氷の縄に姿を変えて、その体に絡みついていく。このまま縛り上げるつもりか。
「……狼っ!」
なぜ動かないのか。呼びかけて、はっとした。
存分に使え、と狼は言った。けれど自分の意思で動くとは言っていない。
――私を試しているの?
鞭を弾き続けながら、マリーは狼を見上げた。その巨体に氷の束縛は大した障害ではないらしい。涼しい顔をして、抵抗することも無く静かに指示を待っていた。
――そういえば、さっき水が壊れた時って……。
光となった水は、魔獣の証とも言える角に吸い込まれていたはずだ。
だったら。
「剣となるって言ったわよね」
「ああ」狼はゆったりとうなずいた。「先の言葉に嘘はない」
「それを実行してもらう!」
鞭を弾きざま、剣先を狼に向ける。狼はまるでどろりと背景に溶けるように、拘束していた氷を道連れにしながら、禍々しく粘ついた影に姿を変えてマリーの剣に吸い込まれていく。『うおっ!』とフランが驚いた途端、白銀だった剣身が色を変えた。
狼の毛並みと同じ、妖美な緋色に。
感心している暇はない。間髪入れず襲ってきた水の鞭を、土の鞭ではなく剣で砕く。ばしゃりと地面に散ったそれは、鈍い光に変化してマリーの剣に吸い込まれていった。
「……魔獣の魔力吸収ですか」
「読みが当たってて良かったわ」
忌々しそうに唇を噛み、アレクサンダーはまたしても水で獣を作り上げた。今度は獅子と熊だ。しかし狼を見たせいか、それの大きさには劣って見える。
とはいえ同時に相手をするのは難しい。マリーは瞬時に熊を取り囲むように土の柱を何本も出し、最後に上に蓋をして檻を作ろうとして――呆けた。
思惑通りのものを作れはした。だが、規模も見た目もこれまでと段違いだったのだ。
元が土なのだから見た目は武骨だ。今もそれは変わらないが、表面に暗い朱色の光を帯びるという変化が起きていた。さらに柱の一つ一つが、腕を回しても抱えきれないほどに太く、頑丈そうだ。
いつもと同じ感覚で神力を使ったのに、とマリーは一瞬だけ剣を見下ろした。
――吸収した魔力が神力に変化して、私のものになって、力が増したってこと?
四方を塞がれ、熊ががむしゃらに腕を振り回す。が、檻に触れた場所から瞬く間に吸収されていく。
考えている場合ではない。マリーは檻をぐしゃりと潰した。崩壊した熊は光となり、剣に吸い寄せられていった。
「そんな馬鹿な」
呆然とアレクサンダーが口を開ける。が、すぐに我に返り、残った獅子を操った。
マリーが駆け出すのと、獅子が地面を蹴ったのは同時だった。マリーは飛びかかられる寸前に前転し、腹が頭上を通り過ぎるのを見計らって剣を突き上げる。剣が触れた場所から、次々に水が光に変わり、吸収されていく。そのたびに剣身が眩く艶美に輝き、マリーの神力も増した。
腹を抉られながらも、獅子は気丈に着地する。マリーは地面を引っかいて土の礫を何十個も作り出した。こちらも、その一つ一つが暗い朱色の光を帯びている。
獅子は水から氷に変化した。あれならば礫を跳ね返してしまえるからか。どうだと言わんばかりにアレクサンダーがほくそ笑むのが見えた。氷になったことで爪の鋭さも増している。
牙をむき出して駆けてくる獅子の足元に、土の壁を出して行く手を阻む。豪快に躓いて転んだところに礫を降らせるが、アレクサンダーの思惑通り弾かれてしまった。しかし、わずかに触れただけでも魔力を吸収するには十分だったようで、氷の獅子が立ち上がった時、顔は半分崩れ、胴体にもクレーターに似た不恰好な穴がいくつも空き、四割ほどしか原形を留めていなかった。
『あれでよく立っていられるな……』
『いや、そろそろ限界だ』
狼が予想した数秒後、獅子の前脚が折れた。そこから発生したひびは一瞬で全身に及び、やがて轟音を立てて砕け散った。
獅子を形成していた魔力が一つ残らず剣に吸収されたのを確認してから、アレクサンダーを見遣る。彼は大きく肩で息をしながら、杖に体を預けて立ち尽くしていた。
神力にも魔力にも限界はある。あれだけ立て続けに術を使っていれば、当然膨大な量を消費する。見たところ、彼に残された魔力は雀の涙ほどもなさそうだ。
それでもなお、〈烏〉の団長として、そしてナイト家の者としての矜持か、獲物を追い続ける肉食獣のごとき鋭い眼差しでマリーを睨み続けている。
逃亡されないように、マリーは周囲を土の壁で囲う。すぐさま駆けてアレクサンダーに肉薄すると、彼は杖の上部を引き抜いて剣を受け止めた。仕込み杖だったのか。かなり細身の剣身が群青色に輝いている。
「諦めが悪いっ!」
ぎゃり、と剣身が擦れあう。マリーは彼の腹を蹴り飛ばし、体勢を崩してから剣を横に薙いだ。だがアレクサンダーはそれを避け、マリーの肩目がけて剣を突きだしてくる。咄嗟に避けたが、右の二の腕を掠めた。
続けざまに剣を繰り出されるが、遅い。マリーは加減に気を付けながら土の壁を勢いよく出し、アレクサンダーの剣をへし折った。すぐに壁を引っ込めると、彼の右肩に剣を突き刺した。
ぐう、と彼が呻くより先に剣を引き抜く。二撃目を与えようと構えたが、
「……え?」
マリーは驚倒しそうになった。
アレクサンダーはマリーと同年代だったはずだ。だからこそ団長に就いたことで若さに注目が集まったのだ。
しかし今、彼の肌に瑞々しさは感じられず、かさついた唇からは、痛みに呻く声と共にぽろぽろと皮膚が零れ落ちている。紫紺色の髪には白いものがいくつも混じり、艶もない。細いながらもしっかりと肉が付いていた体は、風が吹けばぽきりと折れてしまいそうなほどに変貌している。剣を取り落した手は骨と呼んでも遜色なく、爪も黄ばんでひび割れていた。
どこからどう見ても少年ではない。六十代、七十代の男だ。
変わっていないのは、醜い覇気に満ちた菫色の瞳だけだ。
「とうの昔に滅んだ禁忌がある」
狼が剣から姿を現しながら語る。マリーの隣に座り込み、老け込んだアレクサンダーに哀れみを向けていた。
「我々、七大魔獣を生み出した際の副産物だ。動物に魔力を注ぐことで魔獣になるのなら、人間に注げばどうなるか」
「どうって……変わらないんじゃないの? 魔力は元々人間が宿すものだし」
「その認識は正しいが、否だ。人それぞれ
「……えっと、つまり」
「別の形で異常が起こったということだ。例えば若返り、だとかな」
くは、と乾ききっていながらも、不気味さを残した笑い声が耳に届く。アレクサンダーはさらに老け込み、背すら縮んでいた。
「よく知っていますね、『憤怒の狼』」
「我々の元主人が作り出したものゆえ。だが、己にもその術を試した彼は失敗した。頬は削げ、眼窩もくぼみ、髪は全て抜け落ちた。命を長引かせるはずが、縮めたのだ。そして彼は焦り、戦力も不十分な状態で兄王に挑み、敗北した末に死んだ。二度とこの術を試してはならないと言い残して」
どうも無意味だったようだが、と狼は嗤笑する。
先祖が失敗した技術だが、アレクサンダーは成功させたのか。恐らく魔力で自身の姿を保っていたのだろうが、それが尽き、さらにマリーの一撃が決め手となり、元の姿が露わになったに違いない。
マリーは剣を突きつけ、視線だけで背後の家を示した。「師匠の体に埋めた魔力の粒を取り出しなさい」
「お断りします」
ぜえぜえと次第に激しくなっていく息の合間に、アレクサンダーは不敵な笑みを浮かべた。肩から溢れた血が、腕を伝って地面に染みを作っていく。
「精々苦しむがいいでしょう。あなた一人がここに来たということは、副団長の彼が浄化を担っているのでしょうか? 彼の神力が尽きるのが先か、僕の魔力に侵されて変貌するのが先か、楽しみで仕方ありま……」
言い終える直前、アレクサンダーの体が消えた。ばさりと音を立て、彼の体を包んでいた民族衣装が地面に落ちる。その下に、砂とも灰ともつかない細かな粉末と、大小様々な血痕が散らばっていた。
死んだ、のだろう。
マリーはアレクサンダーだったものをしばらく見下ろし、唇を噛みしめた。崩れて消える最期の瞬間まで、彼は皺と染みだらけの顔に不吉な笑みを浮かべていた。
『……マリー』
「分かってる」
悔しさに時間を費やしている場合ではない。サシャに巣食った魔力を取り除かなければならないのだ。
「アレクサンダーがいなくなったから、新しく魔力を注がれることは無いと思うけど。アルの神力もそろそろ限界だと……あ」
マリーは剣を目の前に掲げた。狼が表に出てきたことで、剣身は元の白銀に戻っている。
「ねえ、狼」なんだ、と狼は目だけでマリーを見下ろした。「もう一度、剣の中に入って」
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