第6話

 遥か昔、世界を作り上げたのは、光の神ルークス闇の神リタースの三人の子どもたちだったという。一人は空を、一人は海を、一人は陸を生み出した――なので名前はそれぞれ「空神エルム」「海神マレ」「陸神テラ」と呼ばれる――が、末神であった陸神は兄二人の領域を欲しがった。

 兄たちを殺して空、海、陸を手中に収めた陸神は、やがて自分の世話をさせようと神の姿に似せた人形を土で作り上げた。だが所詮は土塊、時間と共に朽ちて崩れてしまう。そのたびに作り直すのが面倒くさくなった陸神は人形に肉の体と雌雄を与え、勝手に繁殖出来るようにした。

「子供二人を殺されてるのに、光の神と闇の神はどうして何も言わないの――うわっ!」

「それは今から読むから――集中を乱すなって」

 次に動物や植物を作り上げていった陸神だが、やがて兄殺しが露呈した。それまでは兄二人の人形も作って誤魔化していたが、うっかり肉の体にするのを忘れていたので、ついに光の神と闇の神の前で崩れてしまった。

 両親に責められた果てに、陸神は罰として自分が生み出した人形たちと同じ姿に――人間になってしまった。光の神と闇の神は、「善良な人間として成長し、行いを悔いたならば光の園に」「悪辣な人間として堕落し、怠惰と欲のまま生きたなら闇の園に」それぞれ迎え入れることにした。

 深く反省した陸神は、人間たちを導く王になった。また両親や兄たちを奉り、昼は父の化身である太陽と空神が、夜は母の化身である月と海神が自分たちの行いを常に見守っていると説いた。

 時が経ち、陸神は人間の娘との間に子どもを何人も儲けた。有り余る土地はそれぞれ子どもたちに与え、自分と同じように国を作り、導いていくことを促した。

「そのうちの一つがシュトラーセ王国ってわけね」

「話はこれで終わりじゃない」

 最も広大な土地を得たのは長男だった。それを羨んだ次男は土地を求め、兄と争った。

 かつて兄たちを殺した父のように。

 兄弟の諍いはやがて大勢の人々を巻き込む大規模なものとなっていった。

 戦う中で人間たちは気が付いた。自分たちの中に不思議な力が流れていると。それは陸神が神だった頃に使っていた未知の力――その名残だった。そしてそれは死した人の魂で、光の神や闇の神の園に迎え入れられることなく、現世を漂っていた精霊を介すれば、目に見える驚異の力となった。

 人間たちはそれを霊力ジンと名付け、善の念からもたらされるものを神力イラ、悪の念からもたらされるものを魔力マナと呼んだ。

 長い戦いの末、勝利したのは兄だった。兄は自分の地位を確固たるものにし、国を「シュトラーセ」と名付けて発展させていった。

「……弟は、どうなったのよ?」

「今から読むからちょっと待て」

 マリーの問いに、フランは分厚く重い本を持ち直しながら答える。

 なによ、もったいぶらないで早く読みなさいよ。そう言おうとした時、剣を強く握りこんでしまった。

「うわっ!」

 きいん、と金属をこすり合わせたような不快な音のあと、鍔の石だけではなく剣身も橙色に輝く。その途端、剣先から細々と伸び、横たわるウサギの魔獣を包み込んでいた光の筋が一気に膨張した。

「わ、わわっ」

 慌てて気を引き締めて集中する。数秒後、光の筋は元の細々としたものに変わった。

 家の裏側、魔獣浄化専用の小屋である。マリーは薄暗い小屋の中で、特訓がてら魔獣の浄化を行っていた。

『剣の腕はともかく、お前は神力の使い方に問題がある』

 小屋に入る間際、サシャにそう指摘された。

『要するに、必要以上に神力を放出してるってことだ。精霊は与えられたら与えられた分の力を返さなきゃならねえし、調節は出来ねえ。さっきの村でも、あたしが土って言った時、お前が出したのは馬鹿みたいに太くてデカい柱だった。あんな太くなくてよかっただろうが』

『返す言葉もございません……』

『普通あんなに神力を馬鹿みたいに使いまくってりゃ、枯渇してぶっ倒れるはずなんだ。けど、お前は多分、量が人よりも遥かに多いんだろうな。おかげで倒れて調節を学ぶことなく、ここまで来たわけだ』

『それを分かってて教えなかったサシャにも問題はあると思うけどね。もちろん俺にも責任はあるけど』

『痛いところを突くな、アル。とにかく、今からやるのは、神力の調節と、何かの片手間でも神力を使えるようにする特訓だ』

 例えば誰かと話しながら、本を読みながら、歌いながら。別のことをしながらでも、神力をすぐに使えるようにするためだと言う。マリーの場合、神力を供給し、技を使うことに集中すると、それ以外のことが疎かになるのだ。逆もしかり。

『この中にさっき捕まえた魔獣が一匹だけ残ってる。お前はそれを自分の手で浄化しろ』

『普段は神力の種を落として、勝手に浄化されるのを待つだろう? だけど方法はそれ以外にもあるんだよ。例えば神力を休むことなく注ぎ続ける、とかね』

『ここに入って二時間で、魔獣の浄化を終えてみろ。それ以上でも以下の時間でも許さねえ。きっかり二時間だ。これまで放出させてた量で浄化したとすりゃあ、多分十分もかからずに終わるだろうけどな』

『そんな極端な……!』

『極端なんだよ、実際。お前の神力は。全く出ないか、出過ぎるか。だからちょうど良い、加減した量を掴んで来い』

 フランにはこれね、とアルベールが彼に渡していたのは「創世と建国の歴史」と書かれた古臭い、分厚い本だった。

『君にはマリーの隣で、これを朗読してほしいんだ。どんな状況でも一定量の神力を注げるようにする訓練だからね。横から話を聞かされても集中できるようにしないと』

『だけどマリーが力を使ってるとき、俺は石の中にいないと……』

『入っていなきゃいけないのは全身じゃなくていいんだよ』

 なにを今さら、と言いたげに笑うアルベールに対し、マリーとフランは「初耳ですけど」と顔を合わせた。

『片腕だけとか、片足とか。最悪爪先だけでもいい。その方がむしろ神力の調節を学ぶにはいいだろうね。ほら、受け皿が少なければ必要以上に注いだりしないから』

 頑張ってね、とアルベールに背中を押され、サシャには時間通りに出て来いと睨まれながら、マリーはフランと共に小屋に入ったのだった。

 現在、フランの下半身は薄らと透けている。爪先は完全に光の帯となり、先は鍔の石に続いている状態だ。

「……なに?」

 ページをめくっていたフランの視線が、何やら意味深にマリーを捉える。ただ見つめてくるだけで何も言わず、しかし心配そうにわずかに首を傾げていた。

「神力に問題はないな……やっぱり気のせいだったのか……」

「なにブツブツ言ってるの」

 早く本の続きを、と急かすと、ようやく我に返ったのか、フランはしゃきっと背筋を伸ばした。

「弟がどうなったか、だったな」

 彼は国を諦めず、むしろさらに我が物にせんと躍起になった。野心を捨てず、忘れず、兄に対抗するための研究に没頭した。その果てに生み出されたのは魔力が作用し、狂暴化した動物兵器「魔獣」だった。

 弟は魔獣の軍勢を作り上げ、兄に再び戦いを挑んだ。軍勢の中で特に恐れられたのは、「七大魔獣」と名付けられた、他のそれとは一線を画す七体だった。

「そんな大層なものがいたのね」

「大きさは人の数倍、または数十倍。種類は獅子、狼、蛇、熊、狐、豚、蠍の七つ」

 人の数十倍はあるだろう蠍を想像して震えた。虫のように脚がたくさんついている生物は苦手なのだ。うぞうぞと歩く様が気持ち悪い。

「けど、結果的に弟はまた敗北した。どころか、二度と反旗を翻すことが無いように処刑されて、弟の配下にいた者たちも処刑、魔獣も軒並み処分された。二度の兄弟喧嘩という名の戦争を終えた国はより結束を増し、ますます発展していった。そして七大魔獣の掃討に携わり、大いに貢献した四人には英雄の称号と爵位、土地が与えられた」

「あっ、そのうちの一人がペルレの中心にある教会に遺骨が納められた人で、師匠憧れの人で、私の……って、何してるの?」

 話の途中だろうに、フランは本を閉じてしまった。

「まだ初めの、薄っぺらい部分しか読んでないじゃない」

「ああ、こっちは終わってない。終わったのはそっちだ」

 フランが顎をしゃくる。マリーは剣先を向けていたウサギに視線を移し、

「あっ!」

 先ほどまで黒い靄に包まれ、ぐったりとしていたはずのウサギが起き上がっていた。薄茶色の毛並みに汚れはなく、つぶらな瞳で興味深そうに周囲を見回している。魔獣が体に纏う独特の靄もすっかり消え失せ、元のあるべき姿に戻ったのだ。浄化成功ということである。

 だが、

「じ、時間は……?」

「四十五分」

「あぁっ!」

 マリーは頭を抱えてうずくまった。指定された時間より大幅に短い。途中で集中を切らし、何度か一定量以上の神力を注いでしまったことが原因だろう。

 でもいつもと同じようにやれば十分で終わるって言われたものを、四十五分まで伸ばせてるなんて、これは成長じゃない? そうよ、成長って言っていいはずよ。

 誰にともなく言い訳をしていると、頭に大きな掌が乗った。

「まあ、確かに成長と言えば成長だ。うん」

「……ちょっと、笑いをこらえながら言わないでよ」

「だって面白くて」

 言うや否や、フランはぶふっと吹き出した。面白くもなんともない。むすっと頬を膨らませ、マリーはウサギを抱きかかえた。

「出るのか?」

「終わったのに、いつまでも籠ってるわけにはいかないでしょ」

「二時間経つまで待って誤魔化すって手段がないわけじゃないが」

「仮にそんな事をしても師匠にはバレる」

 指定時間も破ったのだし、非は自分にある。だったら正々堂々、怒られに行くべきだと感じた。

 それに時間には満たなかったものの、ごくわずかだが成長したのは確かなのだ。そう考えるのは未熟な自分への甘えだろうか。

 扉を開けようとすると、フランが隣に並んだ。優しい緋色の瞳がマリーを慈しみ深く見下ろしている。

「大丈夫だ。成長したのは、俺もちゃんと見てたから」

「……ありがとう」

 彼の柔らかな微笑みに励まされ、マリーは急に照れくさくなり、消え入りそうな声で礼を言った。

 自分の成長を、自分以外の誰かが認めてくれる。それがどれだけ嬉しく、ありがたいものなのか、フランと共に過ごすようになってから何度も実感している。そのたびに胸の奥が陽だまりの中にいるように温かく、心地よい気分になった。

 彼に褒められるのと、サシャやアルベールに褒められるのとでは、嬉しさの種類が異なる。フランから賛辞を受けると、背中に羽が生えて天に昇っていってしまいそうなほど嬉しくなる。サシャやアルベールがフランと同じことを言ったとしても、嬉しいことには嬉しいが、そこまでではない。

 時々、無性に「好きです」と言ってしまいたくなる。けれど、それで関係が壊れたら? フランのことだ、マリーの好意に応えられなかったと気に病むだろう。柔和な瞳がかげる所なんて見たくない。

 ――お互いが傷つかないためにも、黙っていないと。

 マリーが考え事を止めると同時に、扉が向こうから開いた。

「さっきから何ごちゃごちゃ話してんだ。出てくるならさっさと出て来い。さて、二時間、守らなかったな?」

 肩に担いだ槍斧の厳つさと、普段の様子からは想像もつかないしっとりと優しい笑顔を浮かべたサシャに、マリーは全身の血の気が引くのを感じた。



 ぼすり、とベッドに倒れ込む。顔を横に向けると、枕元で留守番をしていた狼のぬいぐるみと目が合った。抱き寄せて顔を埋めると、貰った時から変わらないふさふさの毛並みがマリーを癒してくれる。

 窓の外には月が出ているはずだが、昼間の快晴と打って変わり、曇天のせいで少し輪郭が見えるだけだ。ロウソクの心細い明かりだけが灯る室内で、マリーはぬいぐるみを抱きしめたまま何度も左右にゴロゴロと転がった。

「疲れたわー、もう」

「寝転がるのはいいが、せめて着替えてからにしろっていつも言ってるだろ」

 フランの小言を聞き流し、マリーは呻きを繰り返した。

 小屋での魔獣浄化のあと、予想通りみっちりと叱られた。「小指の先ほどとはいえ成長したのは認めてやる」と褒められもしたが。

 その後、アルベールに剣の手解きを受けていると、またしても魔獣が出て休む間もなく動く羽目になった。幸い出現場所は家の間近で、村に被害が出ることは無かった。

 捕まえた魔獣は犬だった。一匹だけだったので、今度はサシャの付き添いのもと、マリーは浄化を試した。常に厳しく見張られているという緊張感もあってか、二時間で浄化を終える事が出来た。ただし指定時間は三時間だったので、また怒られてしまった。

「一日に二回も浄化して、しかも捕獲も、別の依頼も立て続け……」

 土を操るという特性上、マリーはよく村人たちから土に関する依頼を受ける。土地を耕したいが異常は無いか、地面が突然陥没した、など様々で、村人と友好関係を築くためにも基本的には断らない。ただ「面倒くさいから代わりに耕してほしい」といった、精霊士を便利屋かなにかと勘違いしている場合には厳しく接している。

 今日は何の因果か、魔獣捕獲、浄化のあとに断らない類の依頼が舞い込んだのだ。おかげで全身に疲労がたまり、あちこちを駆け回ったせいで脚は棒のようになっていた。それでも神力は尽きていないのだから、自分に宿る神力は遥かに多いようだ。

「寝ようとしているところ悪いが、日課が疎かになってるぞ」

「ああ、うん……」

 のろのろと起き上がり、窓のそばの机に向かう。机上にはすでに紙とペンが置かれていた。

 マリーは毎晩、両親に向けて手紙を綴っていた。一週間に一度まとめて送るのが常だ。

 七年前に屋敷を襲われて以来、両親はサシャに言われた通り、名前と身分を偽って最低限の使用人と共に、サシャの故郷だという村で暮らしている。父は医術の心得があったため、現在は小さな医者としてひっそり、そしてそれなりに忙しい毎日を楽しんでいるようだ。

 精霊士となってから、マリーは両親と会っていない。会いたいのはやまやまだが、精霊士として成長した姿を見せたいがため、両親に顔を見せに行くのは下位精霊士になってからだと決めていた。

「あのぬいぐるみ、作ったのは母さんか」

 フランは窓にもたれ掛かり、マリーが近況を綴る様子を見ながら問いかけてきた。

「うん。で、材料を用意したのはお父さま」

「しかし、ずっと不思議だったんだが、なんで狼なんだ? 女の子に贈るんだったら猫とかじゃないのか」

「ヘルト家の紋章は狼なのよ。だからじゃないかな」

「……よく分からないな」

「実のところ私もよく知らないのよ。なんで狼のぬいぐるみなのか」

 しかし可愛いし、夕焼けで染めたようなほの暗い朱色の毛並みは触り心地がいいし、丸い藍色の瞳は勇ましさと愛らしさを感じさせる。だからどうしてこれを贈ってくれたのかという些細な疑問は、いつの間にか気にしなくなっていた。

「……狼を探し出せ、ねえ」

 手を止めることなく、七年前のことを思い出す。

 屋敷を襲撃した犯人は未だに分かっていない。よほど姿を隠すのが上手いらしく、尻尾さえ掴めていない。マリーたちが生きていることに気付いて接触してきたところを取っ掛かりにする、という考えもあったが、不思議なことにあれの日以来、特に不審な気配はない。

 ヘルト家の歴史は長いが、諍いや問題はこれと言って起こっていない。後にも先にも、七年前の一件だけだ。

 だからこそ、襲われた理由も分からない。

 とはいえ、おかげで両親も今のところ平穏に暮らせているし、マリーも精霊士として邁進出来ている。もし怪しい動きがあれば、サシャに真っ先に連絡が来るようになっているし、その際には〈獅子レーヴェ〉全員で迎え撃つことになっていた。

「狼を探し出せっていう意味は分かってるのか?」

「お父さまとお母さまは気付いてるみたい。だけど、私には教えてくれてない」

「なんでだ」

「不安にさせたくないんじゃない? 余計な心配を増やして、精霊士の修行が疎かになったらいけないからって」

「……気にならないのか?」

 フランの問いに、マリーはペンを置きながらうなずいた。

「私が下位精霊士になって会いに行ったときに教えてくれる約束なの。どうせそれまでは聞いても無駄だろうから、気にしないことにしてる」

 手紙を封筒に入れてから引き出しに収納し、大きなあくびをしながら立ち上がる。眠気が限界だが、着替えないとフランにまた怒られる。一旦彼に部屋を出てもらってから着替えた。とは言っても、昨夜のように魔獣が突然現れる可能性もあるため、そのまま外に出られるようなブラウスとショートパンツで、寝間着ではないのだが。

「明日は寝坊しないように、しない、と……」

 ベッドに倒れ込んだ途端、意識が怪しくなる。ぬいぐるみを手繰り寄せ、「おやすみ」とフランの声が聞こえたところで、マリーは眠りに落ちていった。


 すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てる主人の傍らに腰かけ、フランは寝顔を見下ろした。指の背でマリーの滑らかな頬を撫でる。くすぐったかったのか、彼女の口元がかすかに綻んだ。

 ――この安心しきった寝顔が、時々腹立たしいな。

 果たしてマリーは、フランのことをどう考えているのだろう。

 つくづく自分が精霊で良かったと思う。もし生身の体を持っていたら、衝動のままにマリーに襲い掛かっていた可能性がある。自分を押しとどめているのは「彼女は人間、自分は精霊」という呪いじみた一言だ。

 指を横に滑らせて、薄い唇をふにふにと突く。花弁のようなそれに口づけたいと思うようになったのはいつからか。

 頭を振って立ち上がろうとする。が、くい、と服が引っかかった。

 マリーの手がいつのまにかフランのジャケットを摘まんでいた。

「どういうつもりだ、全く」

 優しく指を解いてやりながら、少しだけ呆れた微笑みと共に呟く。

 サシャの弟子としてここに来たばかりの頃は、よくこうして摘ままれたものだ。自分から望んで親元を離れたとはいえ、不安に押し潰されそうだったのだろう。時々「眠るまでいてほしい」とせがまれたことがあった。

 年月と共にそんな幼くて可愛らしい甘えは無くなっていったが、今回のこれはなんだろう。ふと見ると、いつもそばに抱き寄せているぬいぐるみが放り出されていた。どうやらぬいぐるみと間違えて掴んでいただけのようだ。

 微妙にがっかりなんて、していない。

「……魔力マナは気のせいだったのかもな」

 昼間に魔力を感じて以降、フランは彼女から提供される霊力に神経をとがらせた。しかし魔獣を浄化している時も村人の依頼に応えた時も、いつもと変わらない神力イラの味がしていた。

 フランはマリーの前髪をそっと分けた。露わになったひたいに、羽が触れるような口づけを落とす。

 ――何をしてるんだ、俺は。

 今度こそフランは立ち上がり、窓を開けて外に出た。ルーカとトラズが昼間と同じように屋根でお喋りをしているらしく、就寝中の主たちに気を遣っているがための小さな笑い声が聞こえてきた。

 フランは大きく深呼吸をし、一度だけマリーを振り返ってから二人の元に向かった。

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