後編

 戦いがはじめった。

 アルベルトは矢を放ち、それと同時にリリンが敵に肉薄した。

 アドリアンは遠近双方の攻撃に対応できるだけの技量を持っていた。アルベルトの矢をミニ太陽で受け止め、油断ならぬ格闘技能でリリンと互角に渡り合っていた。

 少し戦ってアルベルトとリリンは理解した。アドリアンはこれまでと同じ戦い方では勝てない。

 リリンがアドリアンから離れようとする。アルベルトが奥義〈ホーミングレーザー・フェイルノート〉を撃ちやすいようにするためだ。

 しかしアドリアンが間合いを詰めた。何度リリンが離れようとしてもピタリと突いてくる。


「まさか二代目勇者が仲間を奥義の巻き添えにするはずあるまい!」


 アドリアンはリリンと格闘戦をしながらアルベルトに言う。

 無数の魔力光線を発射するアルベルトの奥義は広い範囲を攻撃するため、味方がいる場所には撃てない。


「私を信じて!」


 リリンが叫ぶ。


「〈ホーミングレーザー・フェイルノート〉!」


 アルベルトが奥義を放った。

 無数の光線がリリンとアドリアンに襲いかかる。

 リリンは光線のわずかな隙間を見つけて攻撃を回避する!

 アドリアンも尋常ならざる体捌きで光線を避けようとするが、しかし命中は避けられず、急所に直撃しないようにするのが精一杯だった。


 リリンはその隙を逃さなかった。

 その時のリリンの手のひらにはどす黒い魔力が宿っており、それでアドリアンの胸部に掌底を当てた。


「その技は父上の、なぜお前が」


 アドリアンは糸が切れた操り人形のように絶命した。

 急速に冷気が強まる。〈永遠の冬〉の威力を相殺していた熱気が途絶えたのだ。

 アルベルトとリリンは急いで脱出する。

 〈永遠の冬〉の効果範囲から十分に離れた時、アルベルトはリリンに問う。


「リリン、さっきの技はフォスレピーダ流手剣道の技じゃないな」

「〈死の魔法〉というものがあるわ。命ある相手なら不死身でも殺せる必殺の魔法。でも相手に触れなきゃいけない欠点があった。そこで魔王は〈死の魔法〉を活かすための格闘技を編み出したの」


 リリンはアルベルトと目を合わせず、アドリアンの死体を見下ろす。


「アークエネミー流殺人道。それが魔王の流派」


 ようやくリリンはアルベルトと目を合わせる。その時のリリンは酷薄な笑みを浮かべていた。


「魔王候補者は全員始末したわ。魔王の子供はもう私一人。後は二代目勇者を殺せば、私は魔王になれる」

 

 

 魔王には知られざる27番目の子供がいた。母親はリリスという名の人族だった。

 リリスはキスキル教と呼ばれる宗派に属していた。魔王を崇拝する一部の人族が作り上げた宗教だ。

 リリスが魔王の子を宿した経緯は不明だ。魔王の気まぐれかもしれないし、あるいは人と魔族との禁断の恋の結果かもしれない。

 魔王が勇者に倒された日、リリスは密かに魔王が自分の技を記録したアークエネミー流殺人道の秘伝書を持って魔王城から脱出した。


 それからリリスは人族生活圏に移り、そこでリリンを出産した。

 リリスは妄執に取り憑かれていた。自分の子を次の魔王に。魔王の秘伝書を持ち出したのもそのためだ。

 リリスがリリンに対して課した訓練は過酷だった。リリスはただ美しいだけの女で、武道の経験はない。そんな彼女が課す訓練は間違いだらけで、命の危険を伴うものだった。

 そんな環境でリリンが力を付けたのは、二つの理由があった。

 一つは単純にリリンが武道の天才だった事。優れた師匠などいなくとも独力で強くなれる資質があった。

 もう一つは必要性だ。強くならなければ間違った方法論によって殺される。


「魔王になるのよリリン。勇者に殺されない最強の魔王に」


 リリスは呪いをかけるかのように毎日その言葉をリリンに言い聞かせた。

 リリンが魔王を目指したのは何も母親に義理立てしたからではない。子供らしい事は何も出来ず、毎日命がけの、しかも間違った訓練に耐えたのだ。その努力を無駄にしたくなかった。魔王になって君臨し、全てを手に入れなければ割に合わない。

 成長したリリンはある日、母を置いて旅立った。別れの言葉はなかった。毎日命がけの訓練をさせられた恨みで殺したいくらいだが、産んでくれた感謝として生かしておいた。


 いくらアークエネミー流殺人道を習得したとしても、リリンは独力で腹違いの兄弟姉妹を皆殺しに出来るとは思わなかった。

 仲間が必要だと思った。一緒に戦ってくれる都合の良い仲間が。

 リリンは冒険者になると決めた。

 流石に人前で魔王の技を使うわけには行かなかったので、フォスレピーダ流手剣道を習得した。正しい方法で訓練を受ける。ただそれだけで、リリンは他流派を1ヶ月で免許皆伝を認められた。


 冒険者になったリリンだが、すぐに仲間を持たなかった。どいつもこいつも役立たずだからだ。

 剣で敵の魔法を迎撃できない剣士、自分の身を自分で守れない回復術師、ゴブリン程度ですら素手で殴り殺せない魔術師。世間では一流と呼ばれる者も、残りの魔王候補者を全て倒すという目で見れば、二流、三流の冒険者に過ぎなかった。

 リリンが求める水準に達している冒険者はただ一人、アルベルトだった。


 運が良い事に、アルベルトはパーティーを追放されて一人で活動していた。その間にも魔王候補者を3人も始末してくれた。彼を上手く利用すれば魔王になれるとリリンは思った。

 首尾良くアルベルトの仲間になったリリスはまず彼の信用を得る事からはじめた。多少怪しい動きをしても、「リリンが裏切るはずがない」と思うだけの信用がなければ、いくら強くても魔王候補者との戦いに利用できない。


 アルベルトとの冒険者生活は上手くいった。冒険に行って成果を上げたら、一緒に酒を飲んで酔っ払う。

 リリンはそれを心から楽しいかのように振る舞った。一緒に楽しい経験をしたと言うのは相手の信頼を得るのに大いに役立った。

 アルベルトはリリンを本気で仲間と思ったようだ。魔王候補者の襲撃を受けた時、巻き込んですまないと心から申し訳なく思っていた。

 その様子を見てリリンは頃合いだと思った。アルベルトをそそのかし、魔王候補者との戦いに身を投じさせる事に成功した。


 リリンは最強の味方を得た。

 しかし油断は出来ない。ここで気を抜けば、利用しているとアルベルトに気づかれる。だからリリンは魔王候補者との戦いでは自分の命を賭けた。

 本当に賭けだった。フリではなく本気でなければ気づかれる。何度か死の予感がよぎったが、リリンは幸運を掴み取れた。

 そうして残る魔王候補者はアドリアンだけとなった。


 これでもうおしまいかとリリンは自分の中に寂しさがあるのに気づいた。

 思えばアルベルトとの冒険者生活は悪くなかった。自分の人生に楽しみがあったとするならまさにこの期間を指すだろう。母といた頃は辛さしかなく、これから魔王になって全てを手に入れても油断できない日々となる。


 これはいっときの気の迷いだとリリンは自分に言い聞かせた。自分は魔王になる。魔王にならないといけないのだ。

 そして最後の魔王候補者を倒した。

 後はアルベルトと倒せば、晴れて魔王になる。他の魔王候補者は全滅し、二代目勇者を倒したとあれば、リリンの力を疑う者はいないだろう。


「リリン、お前は俺を利用してたのか?」

「アハハ! ええ、そうよ。あなたは私の思い通りの動いてくれた! 楽しかったわよ、あなたとの友情ごっこは!」


 リリンがいかにも悪女らしく振る舞ったのは、未練を断ち切るためだったが、しかしかえって逆効果だった。

 リリンは自分の本心を強く自覚してしまった。


「……ええ、本当に楽しかったわ。嘘が本当になってしまうくらいに」

「だったら続ければ良いじゃないか。いつも通り、街に戻ったら祝杯を挙げて楽しく酔っ払おう。それが俺達じゃないか」

 

 アルベルトの言葉にリリンの心の天秤が大きく傾いた。


「いまさら後に引けない!」


 リリンは叫び、必死に心の天秤を水平に戻した。


「私は魔王の娘で、次の魔王になるための訓練と称して母親に何度も殺されかけた! 魔王にならなきゃ、私が死ぬほど苦しい思いをした事が無意味になるわ!」


 リリンは手刀を構える。その手には死を呼ぶ暗黒の力が宿っている。

 対するアルベルトは矢を弓につがえなかった。


「大人しく殺されてくれるって言うの?」

「お前から殺気は感じない」

「バカにして!」


 リリンが致命の暗黒手刀で切り掛かる。直後、リリンはしくじったと思った。大ぶりで隙だらけの攻撃を繰り出してしまったのだ。

 当然、アルベルトに攻撃を避けられてしまった。リリンの腕は浅はかな攻撃で伸び切っており、がら空きとなった脇腹にアルベルトは弓を強かに叩きつけた。


「なんだそのやる気のない攻撃は。自分を偽るんだったら真面目にやれ」


 アルベルトがわずかに失望を含んだ眼差しを向ける。リリンは恥ずかしくなった。恥ずかしいと思うそれ自体が、リリンがアルベルトを仲間と本気で思ってる証拠だった。

 今この場でアルベルトを倒せないとリリンは感じた。アルベルトを殺すという決心が完全に崩れてしまっている。

 リリンは逃げ出した。日を置いて、心構えを整えた後にアルベルトを始末するつもりだった。

 しかしリリンが逃げようとした時、目の前の地面に矢が刺さった。すると巨大な岩壁が出現して逃走経路を塞がれた。アルベルトが〈土の魔法〉を付与した矢を放ったのだ。


「逃げるな!」


 アルベルトの声が矢のように突き刺さる。


「リリン! 今ここで決断しろ! 冒険者を続けるか、魔王になるか、二つに一つだ!」

「ううっ……」


 リリンはもう気づいていた。魔王になったところで幸せになれない。

 そもそも魔族の半分は100年以上も前から人族との共存共栄を進めてきた。そこに暴力による支配と搾取を推し進めて部下を増やし、魔王を自称したのがリリンの父だった。

 魔王になれば人族だけでなく、共存派の魔族とも戦わなければならないし、下剋上で自分が魔王になろうとする野心家の魔族達にも警戒しなければならない。

 一瞬も気を緩められず、他人を支配している優越感だけが唯一の幸福。それが魔王という職業なのだ。


「嫌よ……魔王になんてなりたくない。あんなのになったって全然幸せになれない。子供の時の苦労が無駄になっていいから、私はもっと冒険したい!」


 自覚してはならないと無意識に封じていた本音を口に出した時、リリンは体に溜まっていた毒が抜けたような開放感を持った。


「よし、じゃあ帰って祝杯を挙げよう」


 アルベルトは先ほどのやり取りがなかったかのように振る舞った。リリンにとってhそれはとてもありがたかった。

 これからもアルベルトと一緒に冒険が出来る。リリンにとってそれは何物にも代えがたい幸福だった。

  

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勇者の息子と魔王の娘 銀星石 @wavellite

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