中編
それからアルベルトとリリンは少しずつクエストの難易度を上げていった。
異名が付くほどの強力な魔物を討伐し、難攻不落の迷宮を踏破した。邪悪な教義を掲げる暗黒宗教を壊滅させたり、さる小国のお家騒動を解決したりもした。
英雄として名を挙げていく中、それまで様子見に徹していた残りの魔王候補者も打倒勇者の息子に動き出すようになった。
ある冬の日のこと、アルベルトとリリンの前に魔王候補者の一人、〈命を凍らせる者〉オリヴィア・ダークハートが現れた。
オリヴィアは〈氷の魔法〉に特化したコキュートス流命凍道の使い手だった。その流派は冬において無敵とされていた。
オリヴィアは魔法で猛吹雪を生み出した。
「この猛吹雪の中で矢を当てることなどできないわ!」
オリヴィアの対アルベルト対策は完璧だった。吹雪でオリヴィアの姿は見えず、矢は強風に飛ばされてしまう。
吹雪に混じって氷の槍が投射される。目隠し同然の状態では回避は困難で、直撃こそ免れたものの、アルベルトは足をかすって軽傷を受ける。
「お前は私には勝てない! 次の魔王はこのオリヴィア・ダークハートよ!」
オリヴィアは自分が勝利したと思い込んだ。
「私がアルベルトさんの道を切り開きます」
リリンは言葉通りのことをやってのけた。彼女が右手にまとう魔力刃の輝きがより一層強まる。
「フォスレピーダ流手剣道、奥義……」
流石のオリヴィアも警戒するが、もう遅い。
「〈アイテール大切断〉!」
極光をまとった手刀を振るうと、一瞬だけ吹雪が切り裂かれた。必勝の策を破られて顔をひきつらせたオリヴィアの姿が見える。
「トリスラム流光弓道、奥義……」
その一瞬をアルベルトは無駄にしなかった。
「〈ホーミングレーザー・フェイルノート〉!」
アルベルトの放った矢が無数の光線となってオリヴィアに襲いかかる。オリヴィアは攻撃を避けようとするが、誘導性を持ち広範囲を攻撃する光線を避けられるはずもなく、体を貫かれて絶命した。
オリヴィアは行動が遅すぎたのだ。アルベルトが前のパーティーにいた時やあるいは追放後に一人でいた時なら吹雪が切り裂かれず、奥義は命中しなかったただろう。
形なきものを切り裂けるリリンがいたおかげで、アルベルトはオリヴィアに勝利した。
「助かった。それと済まない。俺の仲間だったばかりにリリンを危険な目に合わせた」
「駄目ですよー、仲間にそういう気の使い方をしちゃ」
リリンはなんてことはないとのんびりした様子で言った。冬の寒さの中でアルベルトは心に暖かさを感じた。
オリヴィアを倒したあと、リリンは魔王候補者の襲撃を撃退するのではなく、自分たちの方から打って出るべきだと提案する。
「魔王候補者にとってアルベルトさんは王位継承ゲームの獲物でしかありません。しかし、それゆえに自分の方が攻撃を受けるなんてこれっぽっちも思っていません。そこに油断があります」
アルベルトはリリンの提案を受け入れた。いい加減、これ以上は日常を邪魔されたくなかった。
冒険に出て、帰ってきて、酒場でリリンと一緒に酒を飲んで酔っ払う。アルベルトはその繰り返しを守りたかった。
魔王候補者は残り5人。ここまで生存している以上、彼らは今まで倒された魔王候補者とは一味違った。
アルベルトとリリンはまず〈闇の竜鱗〉レナード・ブラックスケイルを標的とした。彼は変身術の最高峰とされるジャヴァウォック竜身術の使い手で、その二つ名の通り、最強のブラックドラゴンに変身できる。
単独でなら極めて強力な魔王候補者だが、しかしそれゆえにレナードは単独行動を好んでいた。配下の兵や魔物すら持たなかった。なんでもかんでも自分一人でできる。その増長をレナードは思い知ることになる。
アルベルトとリリンはただ真っ向勝負を挑むだけで良かった。
アルベルトが放った矢がブラックドラゴンに変身したレナードの翼を貫くと、その巨体は受け身も取れずに地面に叩きつけられた。そこをリリンが魔力をまとった手刀で首をはねた。
次の相手は〈黒騎士〉ヴィクター・ダークウッドだ。彼は魔物化した馬を従えるブラックウォー流乗馬術の使い手だった。
ただ馬に乗るだけではない。馬も戦いに参加するのだ。騎手だけに気を取られてしまえば、魔馬から強烈な蹴りを受けることになる。
レイモンドは愛馬と人馬一体となった。魔馬の瞬発力を利用した強烈な槍の刺突は鋼すらも貫く。
ヴィクターと魔馬の体重が一撃一撃に込められているのだ。迂闊に受け止めようとすれば、体重差によってふっとばされる。
それでもヴィクターを倒せたのはひとえにリリンのおかげだった。攻撃に込められた力をたくみに受け流した。
アルベルトの放った矢が魔馬を絶命させる。ヴィクターは落馬するが、体が地面に叩きつけられる前に、リリンの手刀が首をはねた。
まだ二人。しかし立て続けに魔王候補者を撃破したアルベルトとリリンはささやかな祝杯を挙げた。
何か良いことや成功があった時には祝杯を挙げるのが習慣となっていた。
「やったねー、アルベルト」
「ああ、いまのところ順調だな」
この時になると二人はかなり打ち解けていて、いつも敬語で少し他人行儀だったリリンもおおらかな態度で接してくれるようになった。
「魔王候補者もあと3人だね。きっと一番強い3人だろうから、簡単に行くわけないだろうけど、アルベルトとならできるかもしれないって思うよ」
「俺もリリンとならできると思う」
それから二人は次の魔王候補者の元へと向かった。
〈破滅の使者〉ニコラス・ドゥームブラッドと〈悪夢の君主〉レイモンド・ドレッドハートは魔族の伝統的な用兵法であるダークウッド流用兵法を同じ師から学んだ兄弟弟子だった。
二人は魔王継承に伴う紛争を勝ち残るため、手を組んでいた。しかし信頼はしていなかった。利害関係の一致のみの協力関係は些細なきっかけで崩れるものだ。
アルベルトはニコラスの軍に、リリンはレイモンドの軍に対し撹乱工作を行った。仲間と別行動を取る形となったが、アルベルトはリリンは必ずやってのけると信じていた。
二人の撹乱工作が功をそうし、ニコラスととレイモンドは互いに相手が裏切ったと考え、同士討ちをはじめた。
その同士討ちはあまりに激しく、アルベルトとリリンが直接戦うことなく二人の魔王候補者は相打ちとなった。
この功績により二人の冒険者実績点は2万点を超えた。特にアルベルトは二代目の勇者とも呼ばれるようになった。
「今回は想像以上に上手く行って帰って怖かったね」
「ニコラスとレイモンドは「あいつがそんなことをするはずがない」と思えるだけの信頼関係を作っていなかった。だから俺たちの撹乱工作にあっさり騙され、ろくに確認しないままパートナーが裏切ったと思い込んだ」
「アルベルトは何かがあっても私がそんなことするはずがないって思ってくれる?」
「もちろん」
アルベルトは即答した。
いつものように勝利の祝杯を挙げていたアルベルトとリリンだが、二人に高揚とした気分はなく、かわりに緊張感があった。
「いよいよね」
「ああ。次で最後だ」
これが最後の祝杯になるかもしれない。しかしアルベルトもリリンもこれを最後の祝杯にするつもりはなかった。
最後の魔王候補者、〈燃え盛る災厄〉アドリアン・ドーンブレイズはプロメテウス流燃焼道を会得した最強の炎魔法使いだ。
〈炎の魔法〉自体はそう珍しい魔法ではない。よほど特殊な生態でない限り、生物にとって炎は致命的弱点なので大抵の戦闘魔法使いは〈炎の魔法〉を会得する。
だがプロメテウス流燃焼道は世間一般に普及した凡百の魔法とは一線を画す。
それは〈炎の魔法〉ではなく、正確には〈高熱の魔法〉と呼ばれるプロメテウス流灼熱道独自の攻撃魔法だ。
〈高熱の魔法〉は炎ではなく高熱そのものを生み出す。〈水の魔法〉を使って消化するか、あるいは〈風の魔法〉で真空地帯を作って燃焼を防ぐと言った常套的な対策が全く通用しなかった。
アドリアンに近づいただけで熱波で即死する。挑む前にまずは対策が必要だった。
〈永遠の冬〉と呼ばれる危険なマジックアイテムがある。時の流れすら凍てつかせると言われる品物だ。想像を絶する冷凍能力を持ち、ある好事家の貴族がそれを手に入れて不用意に起動させたところ、その貴族が住む街全体を凍らせてしまったという記録があった。
アルベルトとリリンはそれを使えばプロメテウス流灼熱道に対抗できると考えた。
手に入れる際に全財産の9割……中堅貴族と同等の生活を5年は続けられるだけの金を支払う必要があった。
二人はそれを惜しいと思うことはなかった。二人が望む生活、冒険に出てささやかな成功を得て、それを祝って酒を飲む。それを守るためには魔王候補者を全て倒さなければならない。
アルベルトは〈永遠の冬〉を矢にくくりつけ、超長距離射撃でアドリアン・ドーンブレイズの居城へと打ち込んだ。
〈永遠の冬〉はその名の通り、極めて広範囲を長期間凍結させる。アドリアンの居城は一瞬で氷河期になったかのような様相となるが、しばらくすると湯気が立ち上がり始めた。プロメテウス流灼熱道の〈高熱の魔法〉が 〈永遠の冬〉の冷凍能力に抗っているのだ。
アルベルトとリリンはアドリアンの居城へ乗り込んだ。配下の兵はいない。増長から単独行動を好む魔王候補者は多かったが、アドリアンに限りっては部下を持ちたくとも持てない。〈高熱の魔法〉を発動させれば、術者以外は即死するからだ。
玉座の間には頬杖をつくアドリアンの姿があった。
「想定通りだったよ二代目勇者」
アドリアンは冷静に言った。有利を一つ消されたにも関わらずだ。
「俺たちが〈永遠の冬〉を使うと分かっていたのか」
「当然だ。プロメテウス流灼熱道を打ち破るには〈永遠の冬〉が必要だ。 だから現存する〈永遠の冬〉の所在は全て把握していた」
アドリアンが玉座から立ち上がる。
「二代目勇者が俺を倒すために〈永遠の冬〉を手に入れようとしているのを知りながら、何も妨害しなかった理由が分かるか?」
「見栄を張るためだ」
アルベルトの答えに、アドリアンはクククと笑う。
「見栄か。威厳と言ってほしいものだが、まあその通りだ。新しい魔王は弱点を突かれても負けないくらい強い。そういう見栄を張っておかないと魔族から見向きもされんからな」
アドリアンの周囲に太陽のような輝きを放つ魔力球が数個出現する。
「〈永遠の冬〉の力を相殺するために俺が生み出せる総熱量の3分の2を使っている。だが逆境に抗うのはお前たち人間の専売特許じゃないぞ」
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