勇者の息子と魔王の娘
銀星石
前編
「アルベルト、悪いがパーティーから抜けてくれ」
オリバーは突き放すように言った。
アルベルトは他の仲間を見る。マックス、イザベル、ソフィア。皆の顔を見る限り、オリバーの独断ではなくパーティーの総意なのだろう。
「理由を教えてくれ」
追放宣告を受けたのにアルベルトは冷静だった。
「お前が勇者の息子だからだよ。先代魔王の敵を討って新しい魔王になろうとする魔族連中に俺たちまで命を狙われている」
今から20年ほど前、アルベルトの父は魔王を倒した。
しかし魔王には26人の妃との間に設けた息子と娘がいた。
26人の魔王の子供たちはわれこそが次の魔王と名乗りを上げ、魔族の生活圏は終わりのない戦国時代に突入した。
魔王候補者は誰の目にも明らかな成果を欲した。はじめは打倒勇者を掲げてアルベルトの父を狙った。だがことごとく返り討ちにされた。
魔王候補者が半分の13人になったあたりで、アルベルトの父は病に倒れて他界した。
それからアルベルトが成長し冒険者になると、今度はアルベルトが標的にされるようになった。
当然、襲いかかってくる魔王候補者はアルベルトを仲間ごと殺そうとしてくる。
「俺は仲間を死なせたりしない」
これまでアルベルトは3人の魔王候補者を返り討ちにした。しかし仲間を死なせるどころか、軽傷すら負わせなかった。
「それだけが問題じゃないんだ。お前は俺たちが周囲からなんて言われているか知っているか?」
「いや、知らない」
「俺たちはな、お前の荷物持ちとか雑用係って言われているんだよ」
オリバーが屈辱に顔を歪めながら言った。
「金を稼ぐ方法は他にもいくらでもあるのに、俺たちがわざわざ冒険者なんて命がけの仕事をしているのは名誉のためだ。腕一本でのし上がって、後世に名前が残るくらいの英雄になる。でもお前と一緒にいる限り、俺たちは英雄じゃなくて英雄のおまけ扱いだ」
アルベルトは何も反論できなかった。
「悪かった」
それ以外の言葉が出てこなかった。
「謝るなよ。余計に惨めになる。俺たちがお前と縁を着るのは、結局のところ現実から目を背けたいだけだ。自分たちは英雄の器じゃないって現実をな。気にしないようにしてもお前と一緒だと無理矢理にでも見せつけられる」
別れの言葉はなく、機械的な事務手続きを経てアルベルトはパーティーから抜けた。追放ではなくあくまで一身上の都合によるものとしてアルベルトの名誉を守ったのは仲間たちのせめてもの良心だった。
アルベルトは新しい仲間が必要だった。しかし前のような失敗をしないためにも、自分に近しい実力を持つ者を探さねばならない。
冒険者ギルドは実績点とよばれる冒険者の評価制度を採用している。クエストの達成、もしくは先史文明の遺物をギルドへ納品すると実績点が加算される。逆にクエストの失敗や問題行動を起こすと減点され、実績点ゼロで冒険者資格を永久に剥奪される。
アルベルトは自分との実績点の差が2000点以内であることを条件にパーティーの募集を行ったが、誰も名乗りを上げなかった。
実績点は3000点以上で一人前、6000点以上でベテランとみなされるが、アルベルトの実績点は9045点だった。
この実績点は魔王候補者を3人も倒したことで得たものだ。現時点で、勇者とアルベルト以外に魔王候補者を倒せたものはいない。
それでもいつか自分と同格の実力者が現れると信じて、アルベルトは待ち続けた。
その間も魔王候補者は容赦なくアルベルトの命を狙い続けた。今度は一人で戦わなければならない。
その間に更に3人、魔王候補者を倒した。どれも魔王候補者の中でもかなりの実力者で、アルベルトは死を覚悟したがかろうじて勝った。
今残っている魔王候補者は、他の候補者よりも抜きん出た実力を持つものばかりだ。アルベルトはこのまま戦いを続けて生き残れるか分からなかった。
冒険者を引退し、誰にも知られずに静かに暮らすべきか? そう考えるようになっていた。
ある日、アルベルトは酒場にいた。席に付き、店員に注文を伝える。
酒と料理を待っていると、声をかけられた。
「あ、あの。アルベルトさん、ですよね?」
少しオドオドした雰囲気の長身の少女だ。
「そうだが」
「あの、パーティーの募集を見ました。それで仲間にしてもらえないかなと」
「募集条件は俺と実績点の差が2000点以内だ。今の俺は1万3400点だ」
アルベルトは自分の実績点を知って、長身の少女が諦めると思った。
「あ、よ、良かった。私の実績点は1万2400点ですからギリギリ足りますね」
少女が冒険者の身分証を見せる。彼女の実績点に間違いはなかった。
「私、ちょっと人見知りなところがあって、それで自分に自信が持てるまで一人で頑張ってたんです。でも、もう少し、もう少しと仲間探しを後回しにしてたら、実績点がこんなに高くなっちゃって。お陰でいざ仲間探しをしたら、実力が釣り合わないからってパーティーを断られちゃって」
「それは、災難だったな」
「そうなんですよ。だからもうアルベルトさんしかいないんです」
少女がアルベルトの手を取り、自分の胸に押し付ける。
手のひらに豊満な柔らかさを感じた時、アルベルトはどれだけ精神を鍛えても、男というのは動物的下心からの完全な脱却は不可能なのだと悟った。
「俺としても実績点が近いならぜひパーティーを組みたい。けど、その前に戦闘スタイルを教えてくれ」
「あ、はい。わかりました」
少女はアルベルトの前にあるテーブルを指でなぞった。
直後、テーブルが真っ二つに割れる。
「フォスレピーダ流手剣道か」
「あ、わかります?」
「勇者だった親父から、そういう流派があると聞いている。手のひらに魔力の刃をまとって攻撃する、剣を持たない剣道、あるいは斬る格闘技だと」
おそらく少女は指先に極小の魔力刃を作ってテーブルを切断したのだ。
アルベルトはテーブルの断面を見る。まるで最初からそういう形だったかのような滑らかさだ。
「どうでしょう? アルベルトさんはトリスラム流光弓道ですよね? 遠距離と近距離でお互いを補えると思うのです」
「俺の流派を知ってるのか?」
「ええ、アルベルトさんが勇者七大流派の一つを修めているのは冒険者業界では有名ですもの」
勇者であるアルベルトの父は戦いの天才だった。
エレメンタル刀殺法、龍殺空槍術、ピジョンブラッド流魔法道、クリアホワイト式回復学、アースカッター戦斧術、ハウンド式偵察法、そしてトリスラム流光弓道。
それらは別々の時代、別々の英雄が生み出し現代まで継承されてきたものだが、勇者がそれらを一人で全て習得して世界を救ったことで、勇者七大流派とひとくくりに呼ばれるようになった。
アルベルトも父から七大流派の手ほどきを受けたものの、才能があったのはトリスラム流光弓道のみだった。
自分は勇者である父と同じにはなれない。それを自覚しているから仲間を欲した。
「あーっ! あなた何やってんのよ!」
酒場の店員が真っ二つに割れたテーブルを見て怒りの声を上げる。
「あわわわ! ご、ごめんなさい、弁償します!」
少女はペコペコと頭を下げて謝る。その様子を見て、アルベルトはまだ彼女の名前を聞いていなかったことに気づいた。
「名前を教えてくれないか」
「え?」
「仲間になるんだから、名前を教えてくれ」
少女はぱっと表情を輝かせた。
「リリンです! よろしくお願いします!」
リリンと一緒に受ける最初の依頼はシンプルなモンスターの討伐依頼だ。交易街道に出没する魔狼の群れの討伐だ。
依頼文には5名以上のパーティーかつ、メンバー全員が実績点6000点以上であることを推奨すると書かれていた。アルベルトもリリンもこの程度なら何度も一人で達成していた。
アルベルトとリリンはまず馬車を借りた。次に、いくつかの肉屋を回って、腐りかけて売り物にならなくなった生肉を譲ってもらった。肉の匂いで魔狼をおびき寄せるのだ。
そして大量の生肉を馬車に乗せて、アルベルトとリリンは襲撃のあった場所へ向かった。
囮の効果は抜群で、アルベルトとリリンはあっという間に魔狼の群れに取り囲まれる。
「俺は右をやる」
「なら私は左を」
二人は馬車を挟んで魔狼を迎撃することにした。
アルベルトは弓を持つ。しかし弓使いなら当然あるはずの矢筒は彼の背中にはなかった。
トリスラム流光弓道は魔力で矢を生成する。
アルベルトは次々と矢を放った。普通の弓使いなら1射放つ間に5射放った。
そしてその矢も普通ではない。着弾と同時に爆発し、数体の魔狼を巻き込んだ。
トリスラム流光弓道はただ魔力で矢を生成するだけではない。矢に初歩的な魔法を付与して放つのだ。
ズシンという地響きとともに何かの叫び声が馬車の反対側から聞こえてきた。
地響きは巨大な足音だ。聞こえ方から察するに四本脚の魔物ではない。おそらくは巨人系。
事前の情報にはなかった敵の出現に、アルベルトは一瞬リリンを助けなければと思った。
「なんかサイクロプスが出てきたんで、ついでに仕留めておきますねー!」
馬車の向こうからリリンの声が聞こえてくる。追い詰められた感じはなく、単にちょっと手間が増えたと言った声色だ。
実際、少しした後に、馬車を飛び越えて一つ目巨人サイクロプスの生首がアルベルトの目の前に落ちてきた。
「うわーっ! ごめんなさい! ぶつかったりしてませんか!?」
「大丈夫だ!」
自分側の魔狼を仕留めきったアルベルトはリリンがいる荷馬車の反対側へと向かった。
彼女の周囲にはいくつもの魔狼の死体が転がっていた。どれも体を真っ二つに切断されている。またサイクロプスの首なし死体もあった。
「アルベルトさん!こっちも終わりました」
リリンは元気に言った。彼女は全くの無傷だった。
アルベルトはリリンとなら肩を並べて戦えると感じた。
戦いが終わった後は討伐の証拠として魔狼のしっぽを切り取って持ち帰ることにした。残った死骸を放置すると、腐敗して疫病を発生させるかもしれないのでアルベルトは〈土の魔法〉で死骸を地中深くに埋めた。才能が足りなくてピジョンブラッド流魔法道を習得できなかったアルベルトだが、それでも初歩の初歩程度の魔法なら使える。
今回の戦いで魔狼やサイクロプスの血が地面にたっぷりしみ込んだ。他の魔物がその匂いをかぎ取れば、この地域は危険と判断して離れていくだろう。しばらくは交易路も安全だ。
帰り道、一緒にクエストをこなしたためかアルベルトはリリンとの距離が少し縮んだような気がした。
街に戻った後、アルベルトとリリンはささやかな祝賀会を開いた。
「いや~、誰かと一緒にお仕事するっていいですねえ。なんだかお酒がいつもよりおいしい気がします」
「確かにな。勝利の美酒ってやつなんだろう」
冒険者が利用するような大衆酒場の酒など、酔っぱらうためだけの安酒だ。しかしそれでもアルベルトは確かに旨いと感じていた。こういう酒をまた飲みたいと心の底から願った。
一人から二人。人数だけを見れば微々たるものでしかないが、アルベルトにとっては劇的な変化だ。
以前の仲間もアルベルトは頼りにしていた。オリバーが敵の接近を阻み、アルベルトの弓とイザベルの殺傷性魔法で攻撃、マックスは偵察で敵の奇襲や罠を防ぎ、怪我をした時はソフィアが医療用魔法で治す。そういう役割分担だった。
だが、それはオリバーたちにとって身の丈に合った敵が相手だった時の話だ。強敵が現れた時はいつもアルベルトは仲間を守るために一人で倒していた。
ようするにアルベルトは仲間ごっこをしていたのだ。それに気づかずオリバーたちを無意識に侮辱し、パーティーから追放された。
リリンは違った。彼女はアルベルトと同格の実力を持っていた。リリンはアルベルトの窮地を何度も救ってくれたし、同じくらいアルベルトもリリンを助けた。
オリバーたち対して不誠実だとわかっているが、これが本当の仲間なのだとアルベルトはようやく実感できた。
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