第11話 水の妖精

 ここは京都みやこの外れ、宇治川うじがわのたもと。

 川岸に建つ荒屋あばらやには、世捨て人となった『芦屋 あしや 道満どうまん』という法師陰陽師ほうしおんみょうじが居る。


 その年は酷い飢饉ききんに見舞われ、京都みやこを目指して押し寄せる飢餓難民ききんなんみんたちと、彼らを排除しようとする役人たちの騒動で、宇治川の周辺も騒然とした空気と血生臭い雰囲気に満たされていた。


 彼の荒屋あばらや付近に流れてくる数々の水死体。

 不本意な死を遂げた彼らの亡骸なきがら不憫ふびんに思い、道満は人々の亡骸を荼毘だびに付した後、桜の根本にその灰を蒔いていた。


 さて、道満のもとを訪ねるのは、『doüdyドウヂ』というわらべ

 彼はある人物を探しているようだった。

「わらべよ、尋ね人は誰かな?」

 道満が尋ねると、どのような服装だった、履物は何だった、髪飾りは云々と、わらべは事細かく説明してくる。

 そして見えてきた姿は、年の頃十歳程の少女だった。

 殊の外、記憶力の良いわらべに興味を持った道満は話し始める。


「わらべよ、それは河童カッパの仕業かもしれぬぞ。」

 ここ宇治川水系には、所々に深いふちを持ち、そこに河童カッパが生息している。

 彼らは、子供を川に引き込み、尻子玉しりこだまという生命の元を抜き取っては、亡骸も残していなかった。


 さて、河童カッパ顛末てんまつを聞き終わると、河童退治カッパたいじを申し出るわらべ。

 河童カッパには少々手を焼いていた道満も、わらべの話に乗ることとした…失敗したところで、わらべが天へ身罷みまかわれるだけのことで、道満は痛くもかゆくもない。

 二人は立ち上がると、宇治川水系で一番深いふちへ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 二里にり(約8Km)程川上に向かうと、くだんふちが見えてくる。

 そして、ふちの周りには子供たちのものと思われる履物が散乱している。


 道満はふちの側にある木陰に身を隠し、様子をうかがう事として、わらべはふちに近づいていった。

 そして、わらべの姿がふちの水面にかかると、一匹の河童カッパおどり出してくる。

 その姿は、深い緑色の身体、水掻きの付いた四つ指の四肢を持ち、亀のような甲羅、くちばしのような口と、水をたたえる頭のお皿…。


 わらべは驚く風も無く、河童カッパと二言三言言葉をかわすと、相撲すもうを取り始める。

 道満が相撲の所作しょさを知っているのは、彼自身も相撲を経験していたからである。


 しかし、相手は力自慢の河童カッパ…どうやってわらべは勝とうというのだろうか?

 そうこうしているうちに相撲は始まる。


 相撲を取る前には、挨拶…頭を下げなければならない。

 わらべと河童カッパは向かい合い、頭を下げる。

 頭を下げると、河童カッパの頭の上にある皿から水が流れ落ちる。

 皿の水がなくなり足下が覚束おぼつかない河童カッパ

 その状態を見計らい、河童カッパを道満の方へ投げ飛ばすわらべ。


 道満の前に転がる河童カッパは虫の息。

 道満は河童カッパを荒縄で縛り上げ、足下において置く。


 さて、わらべの方に視線を移せば、別の河童カッパと相撲を取り始める。

 片っ端から河童カッパを放り投げてくるわらべと、河童カッパを絞め上げていく道満。


 かれこれ一時間過ぎた頃だろうか、あいも変わらず河童カッパは姿を表す。

 さて、道満が足元を見れば、河童カッパの口元から見える光の玉。

「尻子玉…か。」

 尻子玉を抜かれた子供は絶命し、土左衛門どざえもんとなって河川下流に押し流されていく…はずなのだが、それらの死体は道満の下には来ていなかった。


 さて、河童カッパの口から漏れ出した尻子玉を眺めている道満はあることに気づく。

 それは、中空に留まるものと、土に帰ってしまうもの…。


サイっ!』

 道満の呪術に答え、大量の河童カッパは四散する。

 すると、大量の尻子玉が道満の周りに出現、中空に留まるもの…土に帰るもの。

 中空に留まる尻子玉に手を添え、黙想するだまる道満。


シュウっ!』

 再び道満が呪術をとなえると、中空にとどまっていた尻子玉が三々五々に集まると、見目麗みめうるわしい女性の姿になる。

 コバルトブルーの髪、薄水色うすみずいろの肌、一糸まとわぬ女性の姿が道満の前にたたずんでいる。

「おお…これは…。」

 その光景に感嘆かんたんの声を上げる道満。


 その頃には、わらべの相撲も終わっていた。


 相撲の終わったふちに進み出る女性たち。

渦巻きトルネード

 彼女らが呪文を唱えると、ふちの水は巻き上げられ、ふちの底に潜んでいたヌシが正体をさらけだす。

 怒って、底から女性たちの前に歩み寄ってくるヌシ…その姿は、河童カッパというよりはスッポンに近い似姿だった。


 そしてヌシが女性たちに手を振り上げた瞬間しゅんかん

『砕っ!』

 道満の怒鳴どなり声がとどろくと、ヌシは四散する。


 雨のように降り注ぐ、ヌシの肉塊…そして中空に漂う尻子玉。


『集っ!』

 道満の呪術に応え、尻子玉は一つに収束しゅうそくしていき、太陽のようにまばゆく光る。


 光が収まり、道満とdoüdyドウヂの前に立っているのは、年の頃十歳程の少女…そう、わらべの探していたその娘だった。

 髪の色、肌の色こそ変わっているが、紛れもなくわらべの探し求めていた娘。

 彼女は微笑みをたたえながら、水が流れ戻ったふちの中にゆっくりと身を沈めていった。


 娘の行動に呼応するように、他の女性たちもふちの中に姿を消して行った。

 その姿を見届け終わるとdoüdyドウヂは道満に一言声をかけた。

「ありがとう。」


 doüdyドウヂ京都みやこに向けて歩き出して行った。


「水のあやかし…か。」

 道満の選べる言葉は少なかったが、彼の目の前から消えた女性たちが、後の世にセイレーンであったり、人魚であったり、水の精霊ウンディーネであったりするのかもしれない。


 さて、doüdyドウヂを見送り、自分の荒屋あばらやに戻ろうとする道満が、ふと地面を眺める。

 すると、尻子玉が帰った地面から、水掻きの付いた四つ指の腕が現れる。

 やがて腕は地面を抑え、地中から河童カッパが現れる。

 彼は独特の笑い声を上げるとふちに飛び込んで行った。

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