第11話 原因を思い出す
ふと我に帰る。
「そこから先は思い出さなくていいね、うん」
一切そんな感情も様子も見せた事がなかったくせになんかキスが上手いとかぐずぐずに溶かされただのあったけどそこはまあどうでもいい。
最中もやたらと目を合わせてきたし、とりあえず
そして、思い出してしまった。『
つまり、葦月が視線を合わせようとしているのは、それが『
最初から、葦月は橙花と信頼し合う為の行動を起こそうとしていた。
それを無碍にしていたのは橙花自身だったのだ。それに気付き、橙花は衝撃を受ける。
自身がなぜ葦月とあまり視線を合わせないようにしているのか。それはただ単に恥じらいのためだった。彼の目を見ると、何だか胸の奥が落ち着かなくなるのだ。昔はちゃんと見られていたのに。
本来の意味を知った日以来、不用意に彼を刺激したくなくて、なるべく彼の目を見ないようにしたのも確かなのだが。
きっと、目を合わせない事が彼からの信頼を失わせているのだ。そう、橙花は考えた。
「いや、それはやっぱり
彼がコミュニケーションの意味を口に出さない事とか、不満を口にしないだとか。喋らないにもほどがありすぎる。目を合わせてもらいたかったのなら橙花が結婚式で目を合わせる前から言ってほしかったし、結婚してから今までの中でも何か一言ぐらい言えばよかったのだ。
良く分からないが、葦月は橙花に遠慮をしているように思える。夕食は「楽に作れるものを」と言い、デートの場所も橙花の望む場所を選ぶ。それに彼自身の主張はかなりささやかだ。
「せっかく夫婦になっているんだから、もう少し我儘くらい言えばいいのに」
と呟いたところで「これじゃ話が進まない」と橙花は持ち直す。相手に変わるよう言うのは誰だっていつでもできるが、今はその時間ではない。
「ええと、まずは
やるべきことを小さく口に出した。そうして改めて目標の確認をする。
夫の葦月から信頼を取り戻して、彼の知っている情報をもらうのだ。それは橙花が『
多分、彼は新しく発足しているだろう組織について、何かを知っている。
それは不思議と確信が持てていた。
×
「え、出張?」
その夜。
「はい。夜ヶ丘旧都市までですが」
『夜ヶ丘旧都市』とは研究機関が中心となって構築されていた廃都市の事だ。
現在は魔法少女に捕えられた者が暮らす管理区域で、第一区〜第十三区までとかなり広い。そこに収容されている者は、全員が番号で管理されている。
主には『
そして夜ヶ丘旧都市は建物や街灯類は全て黒く、地面もアスファルトで黒く塗られているという。
そこには
「夜ヶ丘……って、遠いよ!?」
『夜ヶ丘』の名を聞き、橙花は目を見開く。その場所は隣にあるものの、ここからの道移動には数時間は掛かる場所だからだ。
「ええ。でもまあ、夜には帰ってきますとも」
「心配は無用です」と、葦月は何ともない様に頷く。
「でも数日行くんでしょ?」
「それが何か」
「いやだって、移動が大変じゃない?」
橙花の心配は移動の時間や消費する燃料についてだった。だって彼は、先ほど告げたように夜になれば
だが、だからと言って数日も時間のかかる道を何度も移動するのは、はっきり言って時間や燃料の無駄。
「移動用の装置を借りたので問題はないかと」
移動用の装置、と言うのは『
「そんな……」橙花は絶句する。装置もただで借りられるような代物じゃない。
「あなたに会う為なら苦労などどうでも良い」
柔らかく笑みを浮かべ、葦月は橙花を見つめた。その視線に、橙花はカッと頬が熱くなる。だが、橙花は顔を上げて葦月を見つめ返した。
「でもそれって『おやすみのキス』のためでしょう」
彼が夜、必ず橙花の元に帰ってくる理由。
それは間違いなく『おやすみのキス』のため。実は、二人が結婚してから今まで、一度も途切れた事がない。
「はい。当然、そうですが」
正直に頷く彼に、なんでそこまでするのだろう、と呆れる。
ただ愛おしい妻と仲良くしたい、と言う理由ならまあなんとなくは分かる。だが、彼の場合、それだけの理由だとは到底思えない。
信頼してもらえたらその本当の理由も教えてくれないだろうか、と、橙花はちらりと思った。
「一日くらいしなくったって問題ないよたぶん」
そう、試しに言い返してみる。彼の反応が少し気になったのだ。
「そんな訳が無いでしょう。何が起こるか分らないというのに。絶対にしますからね」
「何その執念」
彼は何がなんでも『帰ってくる』と淡々と、だが強い意志を持って主張した。
やはり、『おやすみのキス』は彼にとって譲れない何からしい。
「とかく、私は貴女と『おやすみのキス』をするために帰りますので、貴女もそのつもりで」
「えー」
そう答えつつも、なんとなく嬉しさが有った。
そして翌日の早朝、彼は夜ヶ丘旧都市の方へ向かって行ったのだ。
朝、一度も橙花と顔も合わさず。
「見送りくらいしたかったんだけどなぁ」
一人になった部屋で小さく文句を口にすれども、彼には届かない。
×
「うわ、ほんとに帰ってきた」
そしてその夜、いつものように
昨日の言葉通りだ。
彼の有言実行するところは感心するばかりだ。敵対していた頃から、彼のそう言うところは変わらないのだな、と思う。
敵対時代の彼は、他の幹部達とは違い
「私はいつだって本気ですよ。発言内容に責任を負わずころころと変える者が最高幹部に成れるとでも?」
と、橙花に詰め寄りつつ、葦月は挑発するように目を細める。
いつもは無表情か不機嫌そうな彼の、珍しい表情だ。そしてその顔を見ながら、「(敵対していた頃はよくやっていた顔だったな)」と懐かしく思う。
敵対していた頃によくやっていた、
「そういえば、きみは最高幹部だったね……」
忘れてた、と橙花は息を吐く。
そして、最高幹部、と言う事は彼の上には統治者『インフィーニ』以外は誰もいなかったのだろうか。そう、ふと思う。
「まさか、忘れていたのですか」
一瞬目を見開いた後、彼はいつもの無表情に戻っていた。
「いや、そういうのじゃないけど」
答えつつ、なんとなく惜しい気持ちになる。もっと、彼の楽しそうな様子などが見られたらいいのに、と。
「しかし、私から元最高幹部を抜いたら何も残らなくなるでしょう?」
「え?」
不思議そうな様子で彼は問うた。それを聞いて、今まで『最高幹部じゃない
それと同時に、なんだか悲しくなる。
「だって、きみはわたしのだ、旦那さん……だし」
そういう橙花自身は『最高幹部じゃない
そもそも、初めて会った時から『彼自身』を見ていたつもりだった。
初めて会った時の、
他の
「うん。きみはきみだよ。身分とかあんまり関係ないし」
危険分子としての『彼』は最高幹部だとか保有する力の強さを注視するが、橙花にとっての『彼』は、言葉が足りず自身の感情に疎い葦月だ。
「……そう、ですか」
小さく、彼は息を吐く。
「……怒った?」
「いいえ。どこに怒るところがありました?」
恐る恐る聞くと、逆に問い返された。
「きみが頑張って最高幹部にまで上がったのなら、きみの努力を無碍にした事になるな、って思った」
「……優しいですね、貴女は」
「頑張ったの?」
「まあ、それは当然に」
「大変でしたよ」と、彼は答える。話によると、山ほど勉強を行いあらゆる資格や試験を受けて合格したり色々な相手とやり取りして上にのしあがったりしたそうだ。
「
「うーん、それはごめんなさいと言うべき?」
「謝らないでいただきたい。より惨めになります」
困った顔の橙花に、葦月は小さく笑った。
「そろそろ口付け、良いですか」
「……ん」
そしていつものように、唇を重ねた。
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