第12話 拠点の移動

 半日ほど前。


 広い道を、車が移動する。

 それはただの車ではない。護送用の車である。バスのような外観だが、ほぼ全ての窓には金属の格子がめられており、全て真っ黒に塗り潰されていた。未舗装の道も衝撃を吸収して動き、振動でどこに向かうか分からないようにしてある。


「大仰ですねぇ」


と、葦月いつきは溜息混じりに呟いた。

 周囲に視線を向ければ進行方向に対し平行に置かれた椅子と、武装した研究施設フォルトゥナの護衛が居る。


「お前のためだってこと、忘れるなよ」


そう、野太い声が返された。視線を向けると、声の通りに筋骨隆々の武装した男が居る。

 護衛隊長、移動の度に世話になっている男だ。


「解った上で、言っているのですよ」


 やや肩をすくめ、葦月は視線を戻す。


 護送車のメインの荷物は葦月だった。

 『暗黒の国メディア・ノクス』の最高幹部で大罪人、だからだそうだ。


「ここまで警戒せずとも。私はもう、この世界には何もしませんよ」


言ってもただ苦笑されるだけだ。


「民間人の安心のためだ」


と返されたものの、だとすれば平時からやるべきだろうに、と内心で思う。妻である橙花との二人きりの時間が減るので口に出さないが。


 横を見るが、当然に橙花はいない。

 別れの時を思うと、少し胸の辺りがちらりと痛みを覚える。彼女が起きた後に出かけるべきだったか、と。

 だが、彼女は幸せそうにぐっすりと眠っていたので起こすのをはばかった。

 今頃、不満気に朝食を食べているのだろう。想像すると、少し面白かった。


 結婚したての頃はもっと、味気なかったように思う。お互いが、お互いを警戒していたから。

 その警戒も、自分の方は随分と緩んでしまった。まあ、仮に何かがあっても対処できるだろうという慢心もあるが。

 妻である橙花は、まだ警戒をしている。律儀なものだ。


 自身の住む街が遠のいていく。

 街の名は天ヶ原あまがはら行政特別区域。別名魔法少女マギカ特区。

 魔法少女マギカの研究施設『フォルトゥナ』が大部分を占めた特殊な区域である。

 研究施設フォルトゥナが創立に関わった学園やその関連施設が山ほどあり、魔法少女マギカの育成と生成に様々なリソースを割く、忌まわしい純白の街。


 『暗黒の国メディア・ノクス』が魔法少女マギカに敗れてから、研究施設フォルトゥナは妖精共と手を組み、魔法少女マギカの発展の名の下に勢力を広げて、とうとう天ヶ原の地のほとんどを手に入れてしまった。


「(彼女が、魔法少女マギカである限りは安全だが……)」


既に引退している魔法少女マギカにとっても、あの街は安全だがにとっては、どうだろうか。


「(……いや、彼女よりも私の身について考えた方が良いか)」


いずれにせよ、今すぐに対処できる問題ではない。葦月は橙花と結婚したことで文字通り、命を長らえている。命があるうちに、出来うる限りの延命措置をしておく方が賢明だ。


「そろそろ到着するぞ」


 護衛隊長に声を掛けられ、葦月は顔をあげる。


 到着したのは夜ヶ丘管理区域。別名、旧都市。

 元々は研究機関が中心となって構築されていた廃都市で、現在は魔法少女に捕えられた者が暮らす管理区域となっている。第一区〜第十三区まであり、全員が番号で管理されている。

 そして、天ヶ原と違い街灯類は黒く、地面はアスファルトで黒い街。

 夜ヶ丘にも研究機関フォルトゥナがある。葦月が向かうのは、その夜ヶ丘にある研究機関フォルトゥナだ。


×


「やあやあ、お待ちしておりました。立花たちばな葦月いつき様。っていうかすっごい格好ね。おしゃれ?」


 施設前で出迎えたのは、黒いボサボサの髪をてきとうに後頭部の下で縛った女性だった。シワだらけの白衣に黒いジャージの上下、スリッパとラフな格好である。


「こんばんは、夜宵やよい黄泉子よみこ殿。お久しぶりです。この格好は周囲の安心のため、だそうですよ」


そう、葦月は極めて冷ややかに挨拶を述べた。

 対する葦月の格好は力を封じる拘束具で両手が縛られており、両足にも似た機器が取り付けられている。


「あっそう。というか『久しぶり』って、いつも同じ研究施設とこにいるじゃないか。それとも何か新しい嫌味?」


肩をすくめ、黄泉子は手元のコーヒーをすすった。


「いえいえまさか。真っ先に白旗を上げたあなたには先見の明があると感服した次第ですが?」


答えつつ葦月はやや動きにくそうにしながら黄泉子に近付いた。

 実は、黄泉子は元々『暗黒の国メディア・ノクス』の研究員だった。だが、魔法少女マギカが現れた後に1人で研究施設フォルトゥナに乗り込んでくる。

 『自首』の形で来たが悪事は働いてないため保護されており、天ヶ原とは違う視点で魔法少女マギカを研究していた。


「白旗は上げてない。労働環境が良さそうな方に移動しただけ」


コーヒーの苦さに顔をしかめ、黄泉子は歩き出す。


「実際どうでした?」


黄泉子に従い葦月も歩き出す。その後ろを護衛隊長が付いて行く。他の護衛達は護送車の方に残るらしかった。


「同じくらいかなぁ」


 カードをかざして開いた施設の外門をくぐり、真っ黒い施設内部へと歩みを進める。床も外壁も黒に塗りつぶされた施設を、護衛隊長はやや不気味そうに見ていた。


「同程度? それ本気で仰ってます?」


気にせず、黄泉子と葦月は奥へ進んでゆく。


「んにゃ。技術はこっちのが劣ってるとも当然に。それに対価の請求額も低いしね」


カードをかざし、施設の扉が開いた。中も真っ黒で護衛隊長がやや気まずそうに敬礼をした。どうやら護衛はここまでらしい。


「ならば移動前の方が良かったのでは」


護衛隊長に「どうも」と軽く礼を返し、葦月は黄泉子に向き直す。


「確かにそっちは対価は高く技術も高かったが……」


少し考えるように視線を動かし、黄泉子は再びコーヒーをすすった。


「忙し過ぎたね」


「そうですか」


心底呆れた様子で葦月は相槌を返す。


「のんびりできるこっちのがまだマシさ」


「そうですか」


全く同じイントネーションで葦月は相槌を打った。


×


 真っ黒な施設内部を黄泉子と葦月は歩く。黒い無機質な壁や床に天井の蛍光灯が白く反射していた。

 そしてとある部屋の前で黄泉子は足を止める。合わせて、葦月も足を止めた。

 そこは黄泉子の研究室だ。


「相変わらず散らかってますね」


ごちゃごちゃと物事が乱雑に散らかる部屋に、葦月は柳眉をひそめる。


「てゆーか君のその喋り方ウケるね」


けらけらと軽く笑う黄泉子を、葦月は視線を鋭くして見返した。


「ね、ルーナム・ノクテム」


黄泉子が葦月を『暗黒の国メディア・ノクス』での名前で呼ぶ。だが彼は視線を鋭くしたままで何も答えない。


「いや、『インフィーニ』様って呼んだ方がいいですか、最高幹部様?」


扉を完全に閉めた後、黄泉子は振り返り言葉を投げかけた。


「……ふざけるのも大概にしなさい」


声を固くして葦月がとがめる。


「だいじょーぶだいじょーぶ。ここでは誰も聞き耳できやしないから」


黄泉子を見ると、軽薄な笑みは浮かべているものの、目は真剣だった。


「……信憑性は」


「120%」


 目を見つめると、即答される。

 そうは見えないが、黄泉子は研究や自身に対してかなりシビアだ。その彼女が無意味に嘘を吐くとは思えなかった。


「……わかった。信じよう」


溜息混じりに返すと、黄泉子も小さく息を吐いた。そうは見えなかったが緊張していたらしい。


「最高幹部様が生きてらっしゃるのに『インフィーニ』を倒しただなんて魔法少女マギカ達、と言うか『向こう側』が主張するのがおかしくて」


その返答に『色々事情があるので堪えろ』と、視線だけで彼は返す。


「せっかく捕まえた『卵』のためにそこまでするかね」


心底不思議そうに黄泉子は呟く。


「それとも何か。面白い情でも沸いた?」


「本題は」


こんな無駄話をするために来た訳じゃない、と暗に告げると


「つまらんね。もうちょい動揺するとかしてもいいのに」


そう、黄泉子は大袈裟に肩をすくめた。


「そんなもの見せてどうする」


「こっちが面白い」


に、と笑う黄泉子を、葦月は鼻で笑う。


「お求めの品は用意してあるよ。てゆーか急ぎなの?」


ごそごそと黄泉子は近くの棚を漁り始めた。


「彼女に、新しい『仲間』が現れた」


「ほう、つまり?」


「大型の技を使う可能性が出てきた、ということだ」


「なるほど。もしもの保険ってわけね」


「はい、これ」と軽い調子で葦月に手渡されたものは丸いハートの形をした、黒い物体。


「前は勝手に食べられてたよね」


「事故だったが」


 答えつつ、これさえあれば、と葦月は物体を大事にしまう。


「……まあ、妖精はいつでも狙っていますからね」


「やっぱ慣れないね、その喋り方」


 口調を丁寧に直した葦月に、黄泉子は小さく笑った。


「あと、用事これだけじゃないでしょ?」


漁った棚達を戻しながら、黄泉子は葦月を見遣る。


「確認です」


「確認?」


短く返した葦月に、黄泉子は首を傾げる。彼の言葉の少なさはかなり酷いものだと思いながら。


「脱走者の」


「あーね。期限は?」


「3日。妻との時間を減らされたくありませんのでね」


そう答える葦月は真剣そのもので、命を伸ばすために敵対した魔法少女マギカの者と結婚しただけの男には到底見えなかった。

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大人になった魔法少女は世界を救えるか? 4^2/月乃宮 夜見 @4-2-16

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