第4話 立食パーティ

 朝見の儀が終わると、私たちは夜会を開いていた。

 長机がいくつも並び、その上にはたくさんの料理が並べられている。

 私はコルセットはそのままにドレスだけ着替えさせられた。

 ダインスレイブはもとあった宝物庫に収められている。

 夜会は立食形式で行われ、そこに入れるのは貴族の方々のみ。

 庶民は入ることが許されない。私の父も、母も、もちろん弟たちも入れない。

 もう彼らに会えないかもしれない、とは聞いている。

 だから寂しさはある。

 でもジークと一緒にいたい気持ちが勝った。勝ってしまった。

 家族には悪いことをしてしまった気分だけど、永遠の別れではないと信じている。

 夜会の目的は新しい領主をみなに認知してもらうことにある。

 故に私とジークは周りから急くように話しかけられる。

 夜会は意外にもおおらかな人が多いのか、ほんわりと暖かさを保っている。

 みな貴族であるためか、その手の話に共感性が高いのだ。

 民衆をまとめる者としての務め。その重さも理解している者が多い。

 生まれながらにして貴族だった彼らは命の重さを知らない、と揶揄する平民も多いがそれは逆なのだ。

 私も最初はそう思っていたけど、苦肉の策で人命を左右する法案や規律を守っているのだ。

 救済策も行っているが、税金はドンドン上がっていくばかり。

 それで失う命もある。

 資金源がなければ社会的弱者を救うことはできない。

 それでもなんとかしようと、無理強いを強いている貴族が多い。

 ふと見慣れた顔を見やる。

 ファラクトさんがこちらに駆け寄ってくる。

「ご結婚おめでとう」

 ファラクトはジークにとっては幼馴染みの貴族。

 よく二人でやんちゃをしたと聞く。

 その柔らかな態度に長身痩躯ちょうしんそうくで色白い肌、顔色は良くない。

 まるでゾンビや幽霊のような姿から、揶揄する者も多いが、性格は良い。

 こうして素直に友の結婚を祝福できるのだから――。

「ありがとうございます」

 ちなみに彼の彼女さんも平民の出だ。

 だから余計に私を心配してくれるのかもしれない。

「そう堅くなっては困る。自分も仲間がいるのが嬉しいからね」

 お茶目にウインクをするファラクト。

 平民の出というわだかまった気持ちがほどけていくような不思議な癒やしを彼はもっている。

「おい。俺の結婚相手に手を出すな」

「おおっと。これは旦那の登場か」

 隣にやってきて、がっしりと私を抱きしめるジーク。

「ま、自分は愛人でいいかな?」

 イタズラ小僧のように子どものような笑いを零すファラクト。

 それが冗談だと知っているから、私は安心できる。

 でも――。

「冗談でも言うな。エリーが可哀想だろ」

 ファラクトの嫁だ。

 今は別件の用事で来られていない。

 可愛らしい花のような笑みを零す、私の数少ない友人だ。

 彼女のことを考えると、ファラクトの冗談も楽しくない。

「すまない。軽はずみだった」

 ファラクトは少し苦い顔をして口ごもる。

「それにしても、美味しい料理ばかりだ。優れた料理人を雇っているな」

「あ。それは私が試作した料理です。美味しいですか?」

 私は嬉しくなり、弾んだ声で訊ねる。

「これをキャリーが?」

「はい。平民の郷土料理です」

「ふむ。あとでレシピを教えてほしいな」

 ファラクトは本気の顔で頷く。

 この時代、娯楽に飢えている者は多い。ましてや貴族になると、そのストレスは平民の倍はバイアスがかかっていると言えよう。

 そんななか、食事を娯楽にする風習は昔からあり、今も色濃く残っている。

 希少な食材を、美味しい味付けを、と。

「レシピはそう簡単に渡せないね」

 ジークが視線を鋭くする。

 これ一つで商業になるのだから、簡単には渡せない。

 カーターベル領の芋煮、と呼ばれるのも浅くないだろう。

 それにレシピを渡さなくとも料理の研究開発は各国、各領地で行われている。

 それ自体が戦争になりえる場合もある。

 交渉材料としては一見の価値がある。

「ま、仕方ないか。友人の自分にも教えられないとは」

 苦笑交じりに、芋煮を頬張るファラクト。

 離れていくと他の貴族と話し込む。

 私と違って人見知りも弱気にもならない彼は憧れの存在ではある。コミュニケーションが高いっていいよね。

 私はもどかしい気持ちで見ていると、ジークが不安そうな瞳を向けてくる。

「やはり、彼が気になるか?」

「え?」

 とっさの言葉に反応が追い付かなかった。

「いや、悪い……」

 このとき、ちゃんと否定しておけば良かったのに。

 カツカツと靴を慣らして近寄ってくる女性が一人。

 スズランの香りがふわりと鼻につく。

 豪奢な長い髪をなびかせて、少し厚化粧な顔で見下してくる女性。

 ジークの顔を引き寄せて、まっ赤な唇を震わせる。

「あら。ジーク、わたくしとの婚約までしたのに。こんな小娘にころっと騙されて」

 静かに、それでいて音圧の高い声を上げる女性。

「ジェシカ……」

 ジェシカ。

 ジェシカ=ウォルター。

 ジークの婚約者だったが、政治違反を起こし、婚約破棄になった女性。

 狡猾で人心を掌握するのを得意とし、政治違反もすぐに収束させた凄腕の政治手腕を持つという。

 その顔は静謐で整っているが、瞳の奥に見える野心は消えていない。

「ジークフリート。あなたがこんな結婚披露宴を設けるとは思わなかったわ」

 じっとりとした湿り気の強いしゃべり方に、ぞわぞわと私の立場が揺らいでいく。

「いや、それは……」

 ジークは明らかに狼狽えている。

「ふふ。気にしていませんもの。あなたがいつまでも叔父上の言葉に踊らされているなんて」

「……」

 ジークは言葉を失い、握り拳を作っている。

 その手は震えていた。

 ダメ。それを振りかざしたら――。

「いいわ。その苦痛に歪む顔。わたくしにした所業を理解できていないみたいだし?」

「所業……?」

 ジークは目をつり上げて怖い顔をする。

 こんな顔、見たことない。

 私は振るえていることしかできない。

 何を言っても彼女の燃料になりかねない。

「あら。気がついていないのかしら? あれ以来、わたくしはお見合いができなくなってしまったのよ?」

 それは自分で蒔いたタネじゃないのかな。

「知るか」

 僅かに唇を震わせるジーク。

「お、俺には関係ない!! 俺はキャリーと幸せになるんだ! 政治は関係ない!」

 普通の恋愛をしたいと望んだジーク。

 その上でたまたま出会った私と一緒になることを選んでくれたお人。

 平民の出である私を時にはかばい、一緒に乗り越えてくれたジーク。

 そんな彼を裏切ることなんてできない。

 恋愛がいかに素晴らしいことか。

 これはお見合いでは分からなかったこと。

 それでも押し通す勇気は必要だ。

 ジークがそこまで勇気を振り絞ったのは私としても嬉しかった。

「あら。政治から逃げた訳ではなくって?」

 ジェシカはクスクスと嘲笑を浮かべる。

「あなたは、わたくしと寝た夜もお忘れになって?」

「……え」

 私は乾いた唇で呟く。

 寝た?

 一緒に?

 それって。

「……っ」

 ジークを見やると、悔しそうに顔を背ける。

 私の中に不安と恐怖がふつふつと浮かび上がってくる。

 まるで押し寄せてきた波のように、全てをかっさらう。

 私の中にいたジークが遠い存在に映る。

「ふふ。お幸せに」

 それだけを言い残し、ジェシカは会場から去っていく。

 後に残ったのは貴族たちのジークへの鋭い視線と、私への哀れみの声だった。

 私、幸せになるんだよね?

 ジークに視線を向けると、青ざめた血の気の引いた顔を浮かべている。

 ほどなくして夜会は終わりを告げる。

 ジークは私を置き去りにして一人寝室へと向かったようだ。

 私、聞いてはいけないことを聞いたのだ。

 頭の悪い平民の出でもそれは分かった。

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