第2話 夕食
食事を終えて、午後の
私は本棚にあった本を読み散らかしていた。
この国の成り立ちや、領地のありかた。人としての尊厳。
様々な知識を得て、私は今ここにいるのだと自覚する。
「はー。こんな制度もあるのね……」
ベッドの上で大の字になっていると、コンコンとノックする音が聞こえてくる。
「キャリー。少し話がしたい」
「ジーク!? どうしたの?」
慌てて私はドアを開ける。
「いや寂しくなっただけだ。キャリーと話がしたくなったのだ」
能面イケメンなんて言われているけど、実際は甘えん坊なのだ。
「よしよし。一緒に本でも読む?」
「ああ」
私の隣で本を読み始めるジーク。
一日もしないで離れるのが嫌って。
可愛いけど、ちょっと厳しくしないとダメかもしれない。
ギュッとバッグハグをして、本を読むジーク。
もう今日だけだよ。
私も一緒に本を読む。
そうして過ぎていく時間。
いつの間にか空が茜色に染まっており、カラスが鳴く。
風でも吹いたのか草木の葉擦れの音が耳に残る。
「そろそろ夕食だな」
「はい」
「お父様とお母様に会うんだ。大丈夫か?」
「ええ。こほっこほっ」
なんとういうタイミングで咳払いをしてしまったのか。
「本当に大丈夫かな?」
たぶん、ジークが甘えん坊になったのって、私への気遣いからかも。
そう思ったら冷や汗が吹き出してきた。
「夕食の頃合いです」
メイドさんがそう呼びかけて、私とジークは支え合って食堂に向かう。
朝見の儀を行うに際して、私たちはジークの両親とは会わないようにしている――が、それも古いしきたりなので、形だけのものになりつつある。
それでも結婚式場などでは出会わないようにしていた。
これも一つの婚礼の儀。
仕方ないけど。
でも結婚って両親が認めてからじゃないのかな。
素朴な疑問が生まれたけど、聞いてみていいのかな?
私、心臓がバクバクいって落ち着かないよ。
そんな私を気にしている様子もなく、ジークは毅然とした態度で食堂のドアを開ける。
そこに広がっていたのは、燭台にのった三つの蝋燭が、五つ。一定間隔でそろえられた調度品は綺麗な金色をしている。
領主のいる上座に対して少し離れたところがある。
「良い。座れ」
現領主のアーロンはくしゃりと笑みを零す。
「あばばっっばばばばばばっば」
突然のことに私は泡を吹きながらその場に倒れた。
「お、おい。大丈夫か!?」
アーロンはびっくりした様子で私を見てくる。
「大丈夫だ。いつもなら二分で治る」
どこまでも冷静沈着なジーク。格好いい。
泡吹く……。
「ジークフリートしかし、この場合はお医者さんに診てもらうべきじゃないか?」
「大丈夫ですよ。我が愛しのキミはそろそろ回復します」
三
二
一
「あばば。はっ。わ、私は?」
「目覚めたかね? 愛しのキミ」
芝居がかった言いように目を丸くする。
「ジーク。なんでそんな言い方しているの?」
と視界の端にアーロンご夫妻が映る。
「あばばばばばばばばっばばあ!」
「お、おい!」
ジークは慌てて抱き起こす。
「あ、あぅ……」
白目に瞳孔が戻ると、視界にアンティーク調の食堂が見えてくる。
「ジーク。私は……?」
「気にするな。父も母も気にしていない」
驚いた顔をしているアーロンとベラ。
「し、失礼しました!」
私は慌てて頭を下げる。
現領主になんたる失態でしょう。
私は慌てて下座の席に座る。
「可愛いですわね」
ベラがにんまりと笑みを浮かべる。
「だろ?」
ジークはしたり顔で応じる。
「だが、これからの公務において、彼女の性格は難しいところがあるんじゃないか?」
不安を漏らすジークの父、アーロン。
「これからは外交問題もある。彼女にそれができるか?」
アーロンの厳しい目が私に向けられる。
外交……。
考えたこともなかった。
知らない人とも会話をしなくちゃいけないんだよね。
私にできるのだろうか。そんなこと。
矢面に立って批判という矢を浴び続ける、それが貴族のあり方なのかもしれない。
「まあ、ジークが認めた相手だ。信じよう」
アーロンは最後に深くため息をつくと、メイドに食事を要求する。
「さ。今日は馳走だ。食べていきなさい」
「このあと、ハードですものね」
ベラも緊張した面持ちで呟く。
さっそく良い匂いとともに夕食が運ばれてくると、机にコース料理が並ぶ。
最初のうちはおいしく食べていたけど、品数が多い。
こ、こんなに食べきれないよっ!
視線をジークに向けるが、気にした様子はない。
黙々と食べ進めていくみんなに対して私はどうしていいのか分からずに困っている。
「なんだ? もう食べないのか?」
気がついたのはアーロンだった。
彼の発する粛々とした態度は好ましいし、パリッとした緊張感も誠実さを持ち合わせているように思える。
「す、すみません。こんなには食べないので……。すごっくおいしいのですが」
眉根を寄せていると、アーロンが苦笑する。
「そうか。民草には量を食べることも許されないのだな」
「い、いえ! 滅相もない」
領主であるアーロンからすれば目の上のこぶのようなものなのかもしれない。
彼にとって私は民草代表とも受け止めたのかもしれない。
「これからは食べる量を減らそう。アデスにそう伝えよ」
メイドにそう伝えると、空いたお皿を回収する。
自分も何かしないと! と思ったけど、平民とは違うらしく。
「いいんだよ。メイドに任せておけば」
ジークは笑みを浮かべて私を座らせる。
「そう、なのね……」
「しかし、キャリーさんはずいぶんと恥ずかしがり屋なようだね?」
アーロンの鋭い眼差しが向けられる。
「は、はい」
「言われてみれば、今までジークとは会話するが、わたしたちとは会話をしていないのだ」
「はい……」
尻すぼみになり、力なくうなずく私。
「キミのことが知りたい。そしてジークにふさわしい人と教えてくれ」
「そう、ですね。でも、ジーク……さんは素敵な方です。人を愛しておられ、みんなの声を聞き、それでいておごらず、自身の政策に余念がなく、かつ優しい。なのに、みんなからは批判の声があって。でもそれでもみんなのために頑張れる――素敵なお方です」
それを聞いていたジークはむずがゆそうに身体をよじる。
「ほう」
興味深そうにうなずくアーロン。
「だから、私が彼のふさわしい相手なのかは分かりません」
私はどんなに頑張ってもジークにはなれないのだから。
「でも、本気で彼を愛しています。ずっとおそばにいたいと思えます」
ギュッと拳を握りしめてキッと前を向く。
「私はジークさんと同じものを見つめていきたいのです」
「……」
拍手が沸き立つ。
その中心にいたのはアーロンだった。
「いや、悪いことをしたね。まさかここまで芯の強い子だとは思わなかったのだよ。意地悪を言ってすまない」
アーロンは深々と頭を下げる。
「い、いえ。そんなっ!」
私は慌てて立ち上がる。
「わたしは貴殿の気持ちを知っていながら、試すようなマネをしたのだ」
「しかたありません。一世一代の出来事ですから」
「そうだな。離婚はしてほしくないしな」
アーロンもコクコクとうなずく。
「俺には彼女以外、ふさわしい人はいませんよ。気弱だけど、芯はあって、柔らかな物腰。落ち着いた態度。しっかりと考えてから行動する。貴族にはふさわしい相手でしょう?」
そう言われても、私にはよく分からない。
「ほう。ジーク。しばらくみないうちに口達者になったな」
クツクツと笑うアーロン。
困ったように肩をすくめるジーク。
ジークにしては言葉が流ちょうだった気もする。
いつもお堅いジークだもの。それは可笑しいことかもしれない。
みんなでクスクスと笑い合い、夕食は終わった。
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