第2話 キーパー

師匠の便利屋の紹介でキーパーと出会ったのは、1週間前。

キーパーの噂は高校生の間でも有名だからSHヨウコも知っていた。

いわく、法の門番、感情の無いモンスター、24時間眠らない監視者など、キーパーに通報され補導された同級生も数多くいる。

要は高岡シティと提携している警察外警備団体の職員。その優秀さから警察からも一目置かれている存在だ。

ゆきちゃん救出計画を師匠に相談したときに、キーパーに助けてもらえとアドバイスをもらった。なぜキーパーを推したのかは教えてもらえなかったが…。


キーパーと接触する為、条例で禁止されている22:00以降、城址公園の中に入ってみる。入ってから3分も経たないうちにSHヨウコのスマートグラスに緊急電波で音声を受信した。

「条例で22:00以降の公園内へ入る事は禁じられています。直ちに公園外へ出てください。」AIの自動音声のようなので、いったん無視する。

5回同じAIのアナウンスが入って、無視していたら自動音声から切り替わる。

「園外へ出るよう警告音声が入っていると思いますが、何か緊急事態でしょうか? それとも音声受信ができない状態でしょうか?聞こえてるようであれば会話に切り替え返答をお願いします。」 

「聞こえているわ?あなたがキーパー?」

「・・・。私は高岡シティより警備依頼を請けています。直ちに園外に出ない場合は通報を…。」

「わかった。園外にはすぐ出るわ。受信用アカウントから登録情報から私が未成年ってわかっているでしょう。家まで警備してってよ。」

「警備は私の業務外です。」

「ねえ、あなたがキーパーなの?」

「その質問に答える必要は私にはありません。」

「私が必要なの。私にとって重要なのよ。私は市民で未成年よ。私に危険が迫っている状態ならあなたに私を警備する必要があるんじゃないの?」

「危険な状態なのですか?」

「まあ…。割と危険ね…。足元も見えにくいし、ほら、私って元々暗い所好きじゃないしね。」

「…。じゃあなぜ、そんな所に?今のところ危険度は低いと判断します。必要であれば警察に通報し保護を求めます。」

「待って、私じゃないの。でもとっても大事な事なのよ。小さい子の命が関わっている事なの。」

「詳細は分かりませんが、それであれば警察に届け出すべきでしょう。」

「何度もしてるし、介入もしている。でも難しい事が有るって事があるってわかるでしょう。」

「そういうケースが有る事は理解していますが私が手伝えることでもないでしょう。」

「便利屋が言ったの!私の師匠!便利屋!しってるでしょう!便利屋があなたならきっと手伝ってくれるって。」

「・・・・・。」

便利屋…。キーパーにとってはいくつも因縁のある相手だった。

「痛っ!げっ!ぎゃああゝ。ねえ、いまなんか刺した!なんか刺された!危険よ!高危険度よ!キーパー!やっぱりまず私を助けて!。」


「なかなかいい所ですね。」キーパーが言った

「そうでしょう、気に入っているのよ、この場所。市営住宅の屋上にある管理棟に住ませてもらってるの。」

海から500mほどの距離にあるアパートの屋上だ。

「この屋上から月光に照らされる海を見るのが好きなの。」SHヨーコが言った。

「便利屋とは長いのですか?」

「師匠は私が学校中退して、仕事と部屋探さないといけなくなっとき、どっちも面倒見てくれたの。仕事も全部教えてくれたから師匠。師匠がいなかったら裏稼業に言ってたかもしれない。親なしの私にはそっちの方が手っ取り早いからね。」

「そうですね、あなたなら裏でも引く手数多でしょう。」


「やっぱり私のこと知っていたのね。」

「SHヨーコさん、あなたの事を知らない人の方が少ないでしょう。特にこの街では。」

「私の事はいいわ。ねえ、あなた感情が無いって聞いたけど、そうなの。」

「感情が無くなるものかどうかは私にはわかりません。ただ昔のように感じられなくなっている事は確かです。」

「昔は感情があった…。というか、笑ったり怒ったりしてたって事?」

「そうですね…。私は今業務時間内です。それほど多くの時間は取れません。それと通称、便利屋、で通っている人物は警察及び、市の警備団体では、要注意人物に

 指定されています。未成年のあなたが関わる事をお勧めしません。」

「もう遅いわ!便利屋にいろいろ教わりすぎてるし、今の私の仕事はほとんど便利屋から回してもらってるの。私にだって生活ってものが有るのよ。あなただって

 便利屋の名前を聞いて、話を聞こうと思ったんじゃないの?」

「あなたが何か事件に巻き込まれている可能性を考えたまでです。」

「それならそれでいいわ、巻き込まれているというより自分から首突っ込んでるし、あなたも巻き込むつもりなの。どうしても放って置けない事って世の中にあるじゃない。じゃあまず、この作戦の名前だけど、プロジェクトYと名付けましょう。」

この厄介事を断り切れないのは、この子の話の展開の速さだ。目まぐるしすぎるし、情報が整理できない内に急展開が待っている。


そしてSHヨーコはプロジェクトYとやらの概要を話始めた。


ららという同級生のゆきちゃんという妹が新しい父親からDVを受けている事、母親もそれに同調している事、その友達も父親から性被害を受けそうになり、何度か家出してSHヨーコの家にも良く泊まりに来る事、でもその妹の事が気になっているので、戻らないといけない事など。


「その家の事は知っています。警察に7回通報と児童相談所に3回保護されている記録も残っていいます。今は4回目の経過観察の期間です。」

「ゆきちゃん死んじゃうわ。ていうか死ぬという問題でももうないわ。今の状態が続ている事があの子にとってどれだけダメージがあるか。」

「法の範囲内で適正に対処されている案件です。」

「適正!?7回の通報が既に適正に対処されていない事を証明しているわ。また死んだり、致命的な被害を受けてから、尊い小さな命が奪われたとか、何とかいうの?

頭がおかしいわ!児童相談所とかができる”範囲”あるってはわかるわ。でも、らら、その友達が言っているの。今助けないと手遅れになっちゃうって。」

「助けたとしてもまた元に戻ってしまうのではないですか?」

「ららのお姉ちゃん。私も知っている先輩なんだけど。もう社会人になって働いているの。実家とは縁切っているんだけど、その人もゆきちゃんの事すごい心配してて

何とか助けたいって。」


言っている事は理解できるし、一旦連れ出した所で、また連れ戻される可能性もあるし、それを回避できたとしても問題は残るだろう。

ただ今の状況から救わないといけいないという事は確かかもしれない。


「ねえ、キーパー。あなたに迷惑は絶対かけない。でもあなたの手助けが必要なの。便利屋が言ってたの。キーパーは感情が無いわけじゃないって。むしろ一番

適正に感情を作用させている人間かもしれないって。」

「…。」

「よく意味わかんなかったけど、それって色んな社会の都合とか正義とかルールとか法律とか有るけど、そんな事より、今目の前に不幸せな子供がいるのに、放っておける人間じゃないって事でしょう?」

「…。」


この子はちゃんと私の感情に語り掛けてる。


多くの人の感情を受けて止める事で私の心は破壊されてしまったようだ。みんな自分の都合ばかりで感情を爆発させ、そしてそれに気づかずにいる。

それは耐え難いほど醜かったし、既に社会としての秩序も保てなくなるほど歪んでいるように感じた。そしてだんだん何も感じなくなっていった。

だれの言葉も私の感情には届かなくなっていった。

「わかりました。話は一旦聞きましょう。ただ本当の話かどうかもわかりませんので、この場で返答はしかねます。」

「ありがとう、キーパー」

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