高岡シティ異聞~SHヨウコの活躍

@rogisu

第1話 SHヨウコ(通称:ショーコ)

市営マンションの屋上の手すりにウインチを付け、SHヨウコ(通称:ショーコ)は窓上の壁面に足を踏ん張りながら405号室の窓に、こつんこつんと信号を送り続けている。

名前のSHヨウコは、本名のヨウコの頭にアルファベットのSとHを付けてSHヨウコ、呼ぶ時にはみんなショーコと言っている。

9月の夕暮れ時、マンションの前に有る公園のベンチから見上げると、その姿は何かの教科書に載っていた、ヨーロッパの大聖堂の外壁に飾られたガーゴイルを想わせた。


SHヨウコは、405号室の窓際にいるはずのゆきちゃんに呼びかけ続けている。

「お願い、気付いてゆきちゃん…。そこいるんでしょう。」

ララの話では最近では毎日午後から夜までこのスペースに追いやられる居てるらしい。

窓がガタガタと動いて中から誰か開けようしている気配がし、SHヨウコが近づいていくと、突然、至近距離から音声が聞こえた。


「警告します、それ以上その部屋に近づきますと高岡市迷惑条例24条違反と刑法第130条不法侵入とみなし、警察へ通報します。」

「びっくりした!あんたが噂のキーパーね!あんたどこからしゃべってんの?」

「私がいる場所はお伝え出来かねます。そちらのマンションの窓枠は緊急時音声伝える事ができるデバイスが埋め込まれていますので、そこからあなたと会話する事も可能です。もう一度警告します。それ以上その部屋に近づけば通報します。」


カタッと音がして、窓が少し空いた。

「私が開けたわけじゃないわ。まだ1㎜も動いてない。」

SHヨーコが応答した時だった。

「だあれ?」

3㎝程空いた窓の隙間から少し物憂げで舌足らずな声が聞こえる。

「ゆきちゃん?」

「うん。あなただあれ?」


「最後の警告です。そこから直ちに立ち去らねければ速やかに通報します。」

キーパーの声が聞こえるがSHヨーコは無視した。

「もう少し窓開けてくれる?」

「ううん。開けたらダメってママから言われてるの。」

「じゃあもう少し話したいから窓の近くまで来て。」

「うん。あなただあれ?」

「お姉ちゃんの友達。ゆきちゃんと遊んでいいよってお姉ちゃんから言われてきてるんだよ。今から外に出よう!」

「お外に出るのはママに聞かないと。」

ゆきちゃんは窓のヘリまで来ているようだった。

SHヨウコは弾みをつけ近づくと、その一瞬で窓をガラッと開け、窓枠のサッシに足を付けると、救命浮き輪をゆきちゃんにガバッとはめ込め、そのまま一気に引き上げた。

「高岡市迷惑条例違反・及び刑法130条不法侵入とみなし通報します。」


キーパーの声が聞こえたが、SHヨウコは無視して、そのまま作業を続けた。


「ゆきみっ アンタ何してんの」

中から怒声が聞こえる。

母親が気付いたようだが、その時にはSHヨウコはゆきちゃんを脇に抱えて屋上に上っていた。

「ゆきみ?どこいるの? ?アンタ落ちたの?」

窓を開け叫ぶ声に反応しいくつかの窓が開かれる。母親は窓を開けて、ゆきちゃんが下に落ちたのではないかと疑っているようだ。


ゆきちゃんを連れだした40秒後には、ゆきちゃんを保護リュックに入れ、背中に背負い、マンション側面に回ると、SHヨウコは4階から一気に地面まで飛び降りてそのまま海に向かって走り始めた。

「警察に通報しました、その場から動かず警察の到着を待つよう通告します。」

「あら、まだ聞こえるのね。私のスマートグラスをハックしたの?」

「先ほどのあなたのスマートグラスのアカウントが特定できましたので警察電波を使い流しています。」

「さすがね、でも待つつもりは無いし、追跡も不要よ、どの道あなたたちには追い付けないわ。」

「もう一度警告します。警察に通報しました、その場から動かず警察の到着を待つように通告します。」

「そうね、アナタには拘束の権限もする力もないもんね、キーパー。」

「私が司どっているのは条例違反の摘発と通報、及びできる範囲での追跡までとなってます。」

「もうすぐアナタにも追跡できなくなるわ。」

確かにその通りだ、とキーパーは思った。後100Ⅿ程でSHヨウコは 高岡市から新湊市の境界線を越える。犯罪遭遇の場合越境行為も認められているが、この間の冤罪事件により、越境申請が都度必要になってしまった。手続き自体1分もかからないが切り替わっている間、通信が遮断される。

「じゃあ、またね、キーパー。」


その言葉とおり、1分で越境申請を終えたキーパーが再びSHヨウコのアカウントにアクセスしようとしたが、既にアカウントは変更されて、位置特定もできない状態となっていた。

サイレンの音が聞こえてくる。

(逃げ切れよ、SHヨーコ。まあ心配するまでも無いか。)

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