第13話 癒し②
突然の言葉に、茜の表情が固まった。
「また、夢を見たんだよ」
「……それは、前の恋人さんの?」
「話自体はね。いつもの、早苗がエニグマになった時の夢。でも、人だけがいつものとは違った。…………奏衣だったんだ」
悪夢が再び瞼に浮かんだのか、隼人の顔は普段よりいくらか青褪めている。その焦点の合っていない瞳は夢を見ているのか、それとも過去を見ているのだろうか。もしくは、可能性のある未来を見ているのかもしれない。
「俺の目の前で、奏衣はエニグマになった。……分かってるよ、夢だってことは。奏衣はメシアだ。ちょっと噛みつかれたくらいじゃエニグマにはならないし、そもそもあの場にいたのは奏衣じゃない。でも……」
恐怖か、再び守りきれなかった自分への怒りか、拳を血が滲みそうなほど握りしめている隼人。不安そうにそれを見つめる茜はゆっくりと彼に一歩近づいた。
「不安には、なるわよね。これが正夢になったらどうしよう、また好きな人を守れなかったらどうしよう、って」
固く握られた隼人の拳を両手で包み込み、優しく、少しずつ広げていく。
大切な人、聞くまでもなく奏衣のことだろう。エニグマ化が原因で過去に恋人を失っている隼人、その彼が再び、恋人でこそないが同じくらい大切に思っている人をエニグマとして失くそうとしている。
なぜ神は隼人に酷な試練ばかり与えるのか、そう毒づきたい茜だったがこの世界に神など居ない。居るのであればエニグマなど生まれるはずがない。結局は、自分達で解決するしかないのだ。
全ての指を開き切った茜はその手を軽くパンと叩く。そして俯いた隼人の顔を、わしゃわしゃとわざと乱暴に撫でた。
「なに? 奏衣を救うこと、隼人は諦めたの?」
「なっ……そんなわけ——」
手を伸ばして自分の頭を掻い撫でる茜を睨みつける隼人。それに返されたのは、澪の話の時にも見た慈愛の笑みだった。
「だったら、そんなこと言わないの。まだ終わったわけじゃないでしょう。希望が完全に潰えたわけじゃないでしょう。救う側の隼人が不安を表に出してどうするのよ」
囁くように言われた言葉は、その
「それは、分かってるけど……」
リーダーの責任、それは隼人も自覚している。しかし、それを自覚したからといって不安がなくなるわけではないことも確かなのだ。
「まあでも、聞いてしまったものは仕方ないわ。今更一つ二つ、三つ四つと増えていっても大して変わらないし、溜め込むのが良くないのも事実よ。だから、弱音は私に吐き出しなさい」
結局、隼人は誰かに聞いて欲しかったのだ。自分が抱える不安を、二度も愛する人を失う恐怖を。誰かに言っても何も変わらないことは理解した上で、それでも話して共有したかったのだ。
だが、この不安が奏衣に届けばおそらく彼女は気に病むだろう。澪に届けばおそらくさらにサブリーダーとしての重圧が強まってしまうだろう。リーダーである彼の精神状態は、チーム全体の情緒の鍵を握っていると言っても過言ではない。おいそれと顔に出してはいけないのだ。
だからこそ、隠れて不安が蓄積して行くのを防ぐこの秘密の契約は隼人にとって有り難いものだった。
「……いいのか?」
いつの間にか茜の手は止まっている。しかし、その手はまだ隼人の頭の上に残ったままだ。
「ええ。これでも私、あなたより歳上なのよ? こういう時に大人を頼らなくていつ頼るのよ」
「……一歳なんて、大した差じゃないだろ」
「うるさいっ。生意気言う奴には、こうよ!」
隼人の両こめかみを拳で抑え、グリグリッと
「痛い痛い! ちょっ、茜! メシアになって力強くなってること忘れてるだろ!」
「女の子に力が強いなんて言うんじゃないわよ! 隼人だって痛みに強くなってるんだからこれくらい耐えなさい!」
そう言ってさらに力を強める茜。重たい空気は霧散し、茜に至っては完全に面白がっている。尤も、隼人からすれば冗談ではない痛みのだが。
堪らず隼人は両手で茜の手を掴み、引き剥がした。
「なんで耐えなきゃいけないんだよ!」
引っぺがした茜の手を力一杯放り投げると、ビュンと音を立てて彼女の腕が前後に振れた。それでもなお楽しそうに笑う茜につられて、隼人にも笑顔が現れる。木漏れ日に照らされる二人は、その光よりも力強く煌めいていた。
「それで、隼人は私に泣きつくだけなの? あっちは何かやってるみたいだけど」
泣きついてない、と思った隼人だが茜に言っても無駄だろう。諦めて彼女の視線の先を追うと、雄一の剣を澪が言霊で操る練習をしていた。若干雄一が不機嫌そうなのは澪に彼の剣を使われているからか。それでも澪に時々アドバイスをしているあたり、なんだかんだ年下に甘い雄一であった。
「……いや。やるよ、訓練。あの二人に負けていられない。ルーラーを倒すために、奏衣を救うためには今の力じゃ、足りない」
決意を持って返した隼人に、茜も好戦的な笑みを返す。
「そうね。私ももっと強くなりたいし。でも——」
ちらっと澪と雄一の方を見た茜。
「馬に蹴られたくはないから、とりあえずは二人でやりましょうか」
「……だな」
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