第12話 癒し①

「澪はちょっと落ち着いたみたいね」

「そうだな」


 澪と雄一が座るベンチから少し離れた斜め後方、木の影になっているそこにも二つの影が寄り添うように並んでいた。

 茜と隼人の二人である。元々は茜が一人で澪たちを覗いていたのだが、そこにたまたま通りがかった隼人もそれに巻き込まれ、結局彼までストーカーまがいのことをする羽目になっているのだった。


「澪は、奏衣のことを実の姉のように慕ってるから、余計責任を感じちゃったんでしょうね。過去の経験も重なって」

「……茜はどうなんだ? 澪は茜にだって懐いてるだろ」


 隼人の言葉に嬉しさと悲しさが入り混じったなんとも言えない表情で茜は返した。


「私? 私もだけど、特に奏衣。奏衣の方が優しいから」

「……茜だって十分優しいと思うけど」

「……ありがと。でも、違うのよ。やっぱり奏衣は私らのチームの聖女だから。私なんかとは格が違うわ」


 隼人のストレートな賛辞に少しだけ頬を染めながらもおどけた調子で否定する茜。だがすぐに真剣な表情に戻り、さらに情報を付け加えた。


「それに、似てるらしいわよ。奏衣が、亡くなった澪のお姉さんと」

「……そうなのか」


 初耳だった、と驚いたのは隼人。確かに澪は奏衣に優しい、というか僅かに甘えているような気配すらあったが、その理由までは知らなかったのだ。だが、その奏衣がエニグマに侵されて軟禁状態になってしまった。その悲しみは計り知れない。


「澪も、分かってはいるのよ。奏衣と姉は別人、重ねて見るのは奏衣にも姉にも失礼だってことくらい。それでも、理屈じゃないからね、こういうのは」

「…………そう、だな」


 表にはあまり出していないが、実は奏衣に依存にも近いような感情を抱いていた澪。そんな彼女をひっそりと心配していた茜だが、その不安も今は薄まっており、それこそ本当の姉のように優しく澪を見守っている。

 いつものこちらを揶揄ってくるおちゃらけた顔とは違い、大人びた、歳上を感じさせる茜の表情。茜は雄一と同じ十八歳、自分や奏衣と比べて一歳差、澪と比べてもたったの二歳差であるにも関わらず、ここまで大きな隔たりがあるものなのか、そう感じる隼人。こんな自分がチームのリーダーであることに恥ずかしさすら覚えるが、周りが頼もしいと考えれば良いことなのかもしれない。


「まっ、なんにせよ良かったわ。こんな世界で家族もいない私たちが心を癒す方法なんて、友情か恋愛くらいしか無いんだもの」


 原因が原因だから友情の方は望み薄だったし、そう言って笑う茜はもう普段の調子に戻っている。それを見てなぜか安堵している自分に違和感を覚えながらも、隼人は澪たちの方に目を戻した。


 澪と雄一はまたしても口論を始めている。どちらかの余計な茶々が理由で始まった口喧嘩は最後に雄一が折れて決着がつく。いつもの流れだが、普段であれば少なくとも表面上はムスッとしているのに対し、今日の二人、特に澪は楽しそうに笑っている。

 茜の言う通り澪はもう大丈夫だろう、そう考えた隼人はふと隣にいる茜のことが気になった。自分が言えることではないが、彼女もまだ十代の少女。悩みを抱えている可能性だってあるのだ。


「……茜は? 一人で何か抱え込んでない?」


 突然の隼人からの問いかけに目を点にした茜だったが、直ぐにその顔は隼人を揶揄うにやけ顔に変えられた。


「私は大丈夫よ。癒しがあるから。…………気になる? 友情か、恋愛か」

「…………そこそこ」


 憮然とした顔で答えた隼人を見て茜はカラカラと笑い声を漏らす。茜から悉く目を逸らしている隼人は気がついていないが、その表情には喜びが滲み出ていた。


「そこそこかぁ……それなら教えられないなぁ」


 寄りかかっていた木から離れ、手を後ろに組んで隼人の周りをゆっくりと歩く。


「なら何だったら教えてくれてたんだよ」

「ふふ、すっごい気になるって言われてたら教えてたかもね」

「……なら凄い気になる」

「もう遅いわよ」


 茜は立ち止まって少し回転、隼人の方を向いた。彼女のロングスカートがふわりとはためく。


「でも、隼人の癒しを教えてくれるなら教えてあげなくも——って、そんなの分かり切ってるか」

「…………うるさい」


 わざとらしく思い出したかのように言う茜に隼人は口を噤むしかない。そんな彼を見て、茜はさらに機嫌良く笑った。

 柔らかい空気の中、楽しげに隼人を見つめる茜。しかし、彼女の笑みは重く息を吐いた隼人の姿に消されてしまうことになる。


「……なあ、茜。俺はまた、大切な人を守れないのかな」

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