第11話 家族③
「……現実にする、ですか?」
キョトンとした顔の澪。そこには普段の理知的な雰囲気も、先ほどの鬱々とした雰囲気もなく、ただ年相応の幼さが見てとれた。
その変わりようを見て苦笑いが浮かびそうになる雄一だったが、そんなことをして万が一にでも幼いなどと言ってしまえば澪が拗ねるのは目に見えている。それもそれで面白いような気もする雄一だが、今回は表情筋を抑えてその言葉の意図を説明した。
「ああ。たらればに大した意味はねぇなんて言ったが、もしあの時、俺がもう一歩踏み込めていたら奏衣は全く傷を負わず、こんなことにはならなかったかもしれねぇ。そう考えちまうのは分かる。考えてうじうじしてるだけならそんなことに意味はねぇ。……だが、二度とこんな思いをしねぇために動くことには、意味がある」
「…………だから、訓練してたんですか?」
その質問には沈黙しか返ってこなかった。雄一は自分の努力をひけらかしたがる性格ではない。むしろ陰で努力する方が彼の好みである。そのことを知っている澪はその沈黙の意味を正確に捉えていた。
「沈黙は肯定ですよ?」
雄一の顔を揶揄うように下から覗き込む澪。顔を顰めた雄一は顔を背けてそれを回避した。隣に座っているのだから回避も何もないのだが、正面から小憎らしい顔を見るよりはマシである。
「雄一さんって、いつも自分を馬鹿だって言いますけど、本当はそこまで馬鹿ではなないですよね」
「……喧嘩売ってんのか?」
「ふふ、そういうところは馬鹿ですね」
「あぁ!?」
今にも殴りかかってきそうな雄一を見て、さらにコロコロと笑う澪。そこにはもう一切の陰りは見られなかった。
「私に、出来ますかね。これ以上、強くなれるんでしょうか」
「……はぁ。お前は攻撃が直接的すぎるんだよ」
ポツリと呟かれた言葉に雄一が返答したが、それを聞いた澪は目をぱちくりさせている。その反応は予想外だったのだろう、驚きが雄一にも伝染した。
「……お前、なんで驚いてんだよ」
「いえ、独り言として言っただけで、まさかあの雄一さんから返事が来るとは思っていなかったので」
「……やっぱ喧嘩売ってんだろ、お前」
「気のせいですよ。それより教えてください、直線的ってどういうことですか?」
雄一が浮かべた額の青筋を華麗にスルーして彼に答えだけ求める澪。その虫の良い態度にさらに青筋を濃くする雄一。彼に睨まれている澪だが、慣れきっているのか全く怯えを見せない。こうなってしまえば結局負けるのは雄一の方。雄一はなんだかんだ澪には強く出れないのだから、それは確定事項だった。
「……お前、矢と敵以外のものに異能を使わねぇだろ。お前の異能ならその辺の瓦礫だって立派な武器にできるんだ。もっと周りを使え。状況を利用しろ。それに、剣か盾か、なんか武器でも持てばそれだけでも変わるだろ。自分で振る必要もねぇんだし」
当然のようにそう言った雄一だが、澪の方は突然もたらされた目から鱗が落ちる自身の異能の使用法に思わず硬直した。
澪の異能、言霊は人やエニグマに直接は使いづらいという点を除けば、非常に汎用性が高い。矢を曲げられることからも分かるように、通常ではあり得ないようなことも実現できる。雄一のような常時発動系の異能は不可能だし、その異能を持つ人と比べれば少し消耗は大きいものの、隼人の操水や茜の操熱だって再現できるポテンシャルを秘めているのだ。
そのことに、澪は気がついていなかった。今までは敵がそこまで強くなく、単体であれば矢か、近くに複数いれば言霊で動きを阻害して雄一に任せる、それで決着がついていたことが逆に仇となったのだ。
「…………応用力が、足りませんね」
澪は頭が悪いわけではない。それどころかチームの中でも学力で言えば奏衣と並んでトップである。そのため、雄一の言葉をきっかけに自身の異能の可能性を正確に読み取り、同時にそれに今まで気がつかなかった自分に失望していた。
「以前から思ってはいましたが、私は頭でっかちになりがちです。知識ばかりでは意味がないのに……」
「……お前、なんか今日は感情の落差が激しいな」
肩を落とす澪に呆れ入る雄一。半年以上同じチームとして澪と行動をともにしている雄一だが、こんな澪を見るのは今日が初めてだった。
「これは仕方ないじゃないですか……」
そう言ってまた溜め息をつく澪に雄一はどこか居心地の悪さを感じた。いつも突っかかってくる彼女がこうも気を落としていると、彼までおかしな気分になってくるのだ。
澪の今の姿が弟たちが落ち込んでいる姿と重なって見えた雄一。気がつくと彼女の頭に手が伸びていた。
「……応用は才能じゃねぇ、経験だ。すぐにどうこうできることじゃねぇが、逆に言えばどうにも出来ねぇことでもねぇ」
「それは……」
ぽんぽんと頭を撫でながら放たれた自分に気を遣ったような雄一の言葉。それに驚きを隠せない澪だが、その目はいずれ、良いことを思いついたとばかりに細められた。そう、ちょうど、澪に子守りを押し付けた時の雄一の顔のように。
「雄一さん。あなたって、私に一つ借りがありますよね?」
「…………遺憾なことにな」
かなり長い間があいて返ってきた雄一の返事。彼の顔には今日何度目かの渋面が作られている。
「だったら、『私に稽古をつけてください』」
魅惑的な微笑みで言霊を使った澪の顔を直視して硬直する雄一。しばらくしてようやく、彼は一言だけ絞り出した。
「……お前、俺に効かねぇことわかってやってんだろ」
上機嫌な澪と苦虫を噛み潰したような雄一、正反対の表情を浮かべる彼女たちは、晴れやかな光に照らされていた。
恨みとばかりにわしゃわしゃと髪をぐちゃぐちゃにしてくる雄一の手を振り払いながら、澪は頭にある言葉を思い浮かべた。
——お兄ちゃん。
その言葉を澪は大切に心に仕舞い込む。嬉しさと、気恥ずかしさと、その言葉に感じた、微かな違和感とともに。
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