第10話 家族②

「日本人一億二千万人の中で約百人、これがメシアの割合だと言われています。メシアの殆どは生き残っていて、そのうちの約半分は人口約十万人のこの街に集まっている。それでも多少屍界を捜索するだけで手いっぱいなのに、私たちが死んだら? 十万人の中からメシアは一体何人出てくるんですか? ……この街は、抵抗すら出来ずにエニグマに滅ぼされるでしょうね」

「…………澪?」


 困惑した雄一が、再び澪の方を見た。つい先ほどまで喜ばしげな光を宿していたその瞳は今、闇に沈んでいる。


「それなのに、私は……」


 澪の手はきつく握り締められ今にも血が滲んできそうなほどである。目に涙を浮かべた彼女は、何かの線がプツリと切れてしまったかのようにその胸の内を曝け出した。


「私は、メシアです。街を守らなくちゃいけないんです。それに、チームのサブリーダだから、みんなを守る義務もあるんです。それなのに、このままじゃ、このままじゃ、誰一人守れない!」


 涙が弾け飛び、宙を舞う。


「あの時、ルーラーに襲われた時、私は何も出来なかった。私の異能は、通じなかった。私は、気にも止められなかった。…………肝心な時に何もできない私に、メシアとしての価値なんて、無い」


 隣に座る小さな少女が出したとは思えないほどの負の圧力に雄一は目を見開いて気圧された。


 澪を庇った彼女の姉が目の前でエニグマとなり、それを理由に自分を責め続けていることを雄一は知っていた。後悔にさいなまれ、メシアの仕事をこなすことでその穴を埋めていることを知っていた。

 それだけでなく、ルーラー戦から戻った後の澪が何かを抱えていることにも、実は彼は気がついていた。

 だが、それを言うなら隼人だって過去に闇を抱えているし、奏衣に至ってはエニグマ侵されかけてまでいる。今まではそれでもどうにかやっていけていたし、奏衣も面会に行った時の最後は心からの笑みを浮かべていたから大丈夫だろう、そう思って雄一は安心してしまっていた。

 普段の大人びた言動のせいで忘れていたのだ。知識は兎も角として、精神的には、澪がまだ十六歳の少女だということを。


 しかし、驚いたのは一瞬だった。直ぐに怒った表情を、溜め息をついて澪に向き直る。


「はぁ……だからお前はガキなんだよ!」

「いたっ!」


 雄一のチョップを食らった澪が思わず声を出して頭を抑える。異能により強化された肉体から繰り出される攻撃は、それがたとえかなり手加減されたチョップであろうともそれなりに痛いのだ。


「なっ、なっ……何をするんですか! 今そんな空気じゃないでしょう! そんな歳にもなって空気も読めないんですか!」

「うるせぇ! 黙って聞いてりゃ、街はさておくとして俺らを守るだぁ? 俺はお前に守られるほど弱くねぇ!」

「そ、そういうことを言っているんじゃないくらいあなたにだってわかるでしょう!」

「そういうことなんだよお前が言ってるのは! お前一人であんな化け物に何ができるってんだよ!」


 一人ではあんな化け物、ルーラーに歯が立たない、そう断言されて一瞬だけ澪の表情が悲壮に染まる。しかしぐに立ち直り、再び雄一に食ってかかった。


「それでも雄一さんは動けていたじゃないですか! ルーラーに傷を負わせていた」

「動いていたのはお前も一緒だし、傷はすぐに治された。第一動けたのは俺の異能がそういう異能だからだよ」

「私の言霊なんて、殆ど役に立ってませんよ。あってもなくても変わらない。それに、あの傷がなければ私たちはルーラーの異能のことを知り得なかった」


 そこで雄一はまた溜め息をついた。澪を見て、呆れたように口を開く。


「そんなに大した意味はねぇよ。お前の言霊でアイツの動きが若干遅くなった結果奏衣はかすり傷で済んだ。これが事実だ」

「でも、でも……」


 悔しそうに唇を噛み締める澪。実際、効果の有る無しは置いておくとして、彼女が出来たのはごくわずかなことだけだった。それに対し雄一は剣を振って大きくルーラーの動きを阻害したのだ。彼女がここまで歯をきしませるのも無理はないだろう。


「それなら、私があの時奏衣さんを引っ張っていれば、もっと強い言霊を使えていればって思うことに、意味はないんですか……」

「…………それは、お前にるな」


 その言葉に、ハッと顔を上げた澪。その目を真っ直ぐ見つめて、雄一はこう言い放った。


「たらればに意味があるのは、そのたらればを現実にする時だけだ」

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