第7話 隔離

 屍界から帰還した隼人たちは、直ぐに教官である莉沙との面会を行い、ことの顛末を報告した。


「知能を持ち、異能をも操るエニグマ、ルーラーが出現。そしてルーラーに傷をつけられた祈さんの体の一部がエニグマ化。……にわかには信じ難いわね」


 隼人たちの報告を聞いた莉沙は俯き、考え込む。前例がなく、事実であれば今後の屍界探索に大きな影響が出ることは確実である情報に、彼女が慎重になるのも無理はなかった。

 しかし、隼人たちからすればそれ以上言いようがないというのもまた事実。多少の補足は可能だが、大した影響はないだろう。自分たちでは勝てない可能性のある人類の脅威となる存在が現れた、そのことだけはどう足掻いても変えようのない事実なのだから。


「突拍子もないこととはいえ、少なくとも祈さんに関する部分は事実。それに救援要請を出した五人と連絡が途絶えているのも確か……」


 ちらりと奏衣に目をやり僅かに悲痛な表情を見せてから、莉沙は再び顔を目を伏せる。会議室を重苦しい静寂が包み込んだ。


 ただでさえ、今回の件でメシアが五人亡くなっている。メシアとなる者は非常に稀で、日本全土で百人程と言われており、その中でこの町にいるのはその半分弱。大きな街はもう一つ存在し、そこにも半分弱のメシアが、残りは各地に点々とする小さな安全圏で暮らしている。


 閑話休題、今回の事件でこの街の戦力は一気に戦力が一割減少した。実際にはそれぞれのメシアの強さというものもあるため単純にそうとも言い切れないのだが、人手が減るだけを考えても十分すぎるほど痛手である。今後の屍界奪還に大きく差し障りが出ることは必至であった。

 それに加えて今回のルーラーの出現。これからこの街は、人類はどうなってしまうのか、もはや想像もできない。


 一日にして真っ暗となってしまった先行きにどうしても空気が重くなる中、莉沙がゆっくりと顔を上げた。


「とりあえず、私はあなたたちのことを信じることにするわ。……本音を言えば、一部とはいえ証拠もある、嘘をつく意味もないとなればどれほど信じたくなくとも信じるしかない、ということなのだけれど」


 苦々しい表情でそう語る莉沙への反応は三者三様である。信じてもらえたことにひとまずは安堵するが、現実を思い出し憂苦に心を満たされる隼人。改めてルーラーへの怒りを燃やす雄一。悔しげに拳を握り締める茜。今後を煩い、暗い顔になる奏衣。そして、いつにも増して無表情で黙り込んでいる澪。

 あれほどの敵を相手にして全員が生きたまま情報を持ち帰れたことは非常に喜ばしいが、逆に言えばそれ以外には喜べることなど思い当たらない。これからは、あの隔絶した力を持つルーラーに立ち向かっていかなければならないのだ。


「……とりあえず、事態は了解したわ。詳しくは今後の決定によるけれど、これだけ事態よ。屍界探索時の安全対策や街の防衛体制も一通り見直す必要がある。屍界探索はしばらく近場のみに切り替わる、もしくは完全に停止されると思うわ。心に留めておいて」

「……分かりました」


 自分達は見逃されたとはいえ、メシアのチーム一つが壊滅している。メシアがいなければ安全圏の維持すらもできなくなる以上、今後の任務がより安全性重視となるのは当然だろう。


「改めて聞くけれど、ルーラーの異能は自己治癒だったのよね」

「はい」

「そう…………対策は、考えておくわ。けれど、あなたたちの異能に一番詳しいのはあなたたち自身。自分達でも考えておいて頂戴」


 難しそうに呟かれた言葉に全員で返事をするが、当の莉沙はそう言ったっきり考え込んでいる。

 あの異能がある以上、こちらの攻撃はほとんど効果がないと言っても過言ではない。隼人たちと同じように精神力を消費するのならばある程度の光明は見えるが、本当にそうなのかは不明であるし、そうであったとしてもルーラーが消耗し切るまでにどれだけ傷を与えれば良いのか想像もつかない。

 しばらく無言で全員が頭を絞っていると、ふと莉沙が顔を上げた。


「それと、いのりさん。あなたは医務室へ行きなさい。……いえ、私も同行するわ。他のメンバーは指示があるまで待機。難しいかもしれないけれど、いい機会よ、しっかり休みなさい」

「俺も行きます!」


 すぐさまそう主張したのこそ隼人だったが、直ぐに他の三人も追従した。


「私も」

「私もです」

「俺も」


 それを聞いて僅かに目を細めた莉沙。しかしその表情とは反対に、その首は横に振られた。


「駄目よ。同行は認めない。これに関する異議も却下するわ」

「何故ですか!」

「…………直ぐに分かるわ」


 そう言った彼らの教官の顔は、隼人たちが見たことがないほど苦しみに歪んでいた。




 ——その日、奏衣は隔離部屋に通され、一切の外出を禁じられた。

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