第5話 脅威②
ルーラーがそう言うや否や、今まで微動だにしていなかった残りの五体のエニグマが一斉に隼人たちに襲いかかった。
「右三体は俺がやる! 澪たちは残り二体を!」
「了解です」
だが、今度は隼人たちの対応に遅れはない。内心ではルーラーがエニグマを操っていることに驚きつつも冷静に対処している。
襲ってくるエニグマはつい先ほどまでは自分たちの仲間であった。しかし、それを言うなら普段狩っているエニグマだって昔は人間であって、ペットであって、罪のない野生動物であったのだ。その程度のことで躊躇ってはいられない。……そんなことは、この屍界では許されない。
だからこそ隼人たちは一瞬の迷いもなく隼人と茜、澪と雄一、そして支援の奏衣に分かれ、直ぐにエニグマに攻撃を行う。
「茜!」
「分かってるわ」
隼人が腰につけていたボトルから異能で水を取り出して鋭利な
「「行け!」」
そうして作り出された無数の礫、雹のような氷の弾丸が三体のエニグマに襲いかかった。
操水の異能は液体であったものなら固体になってもある程度は操れる。そんな異能の特長を活かした、消耗が少なく威力も高い隼人たちの愛用する技だ。
「グァッ!」
その横では言霊で一瞬動きを止めた二体のエニグマを雄一が薙ぎ倒している。詳しく説明することがないほど単純な手法だが、非常に強力な手法でもある。普段は喧嘩ばかりしているが、やはり息はぴったりな二人なのだ。
今までのエニグマであればこれだけで勝負は決まっている。しかし、今回はそう上手くはいかなかった。
「エニグマが、仲間を守っただと……」
隼人が攻撃した三体がこのままでは全滅すると判断して二体を犠牲に一体を守ったのだ。エニグマの連携、まず間違いなくルーラーが影響している、今までは考えられなかった出来事である。
「ギアァッ!」
エニグマにそんな感情があるはずもないのだが、仲間を殺された怒りとでもいうかの如く僅かな動揺の隙を残った一体のエニグマが隙を突く。
自身にまっすぐ向かってくるそのエニグマに距離を詰められてしまった隼人が武器を構えるより先に、茜がエニグマの前に立ち塞がった。
「させない!」
両手に持った小太刀でエニグマをすれ違いざまに切り裂く。
すると、彼女の持つ小太刀のうち右に持つ方で切り裂かれた部分が瞬時に燃え上がった。
「ギアァァァァッ!」
断末魔をあげてもがくエニグマだったが、それも僅かな間のこと。すぐに声は聞こえなくなり、地面に倒れ伏した。音もなく灰と化し、風に流されていくエニグマを静かに見つめる隼人たち。
無事に五体の討伐は完了したものの、彼らの心中は穏やかではない。そんな神経を逆撫でするかのように、一連の戦いの間一切動く気配がなかったエニグマの親玉、ルーラーはそれを見てゆっくりと
「フハハ。やはり、多少知能がある程度では相手にならんな」
「お前は、一体……」
「言っただろう、我はルーラーだと。エニグマを束ねる者であり、屍界の長である」
そこでルーラーは戦闘体制をとる。
「存分に、恐れ、崇め、
そう言い終わるや否や、ルーラーは再び五人に襲いかかった。
今度狙われたのは隼人。誰一人として油断などしていなかったにもかかわらず、ルーラーの速過ぎる動きについていけたものはいなかった。動くことはできなかったものの五人の中で唯一その動きを追えていた雄一の目には、無防備な隼人の腹にルーラーの拳がのめり込む瞬間が映り込んでいた。
「カハッ……」
血を吐きその場に崩れ落ちる隼人。常人であれば死んでいてもおかしくない攻撃だが、メシアもエニグマほどではないとはいえ身体能力や頑丈さが強化されている。幸い、即死にはならなかった。
「隼人くん!」
奏衣が滅多に出さない大声を上げた。反射的に腰から銃を抜き、隼人に向ける。
彼女の武器は二丁拳銃。といっても弾が出るわけではなく、奏衣の異能、治癒を遠距離で素早く展開するための補助具である。
奏衣が引き金を引くと、隼人が柔らかな光に包まれて傷が癒やされる。それと同時に、奏衣が目眩を起こしたように一瞬ふらついた。
奏衣の異能、治癒は便利で強力である代わりに精神力の消耗が激しい。特に今回は死の危険に瀕するレベルの傷を治療したのだから当然の結果であった。
頭を振りながらゆっくりと立ち上がる隼人を見て、ほっと一息つく奏衣。
「……なるほど。
それを追撃する様子もなく眺めていたルーラーは、奏衣を見て目を細めた。
妙な胸騒ぎを感じた隼人は急いで奏衣の元へと向かい、彼女を庇うように立つ。強く睨みつける隼人の目線の先で、ルーラーは虎視眈々と奏衣を狙っている。
「不安要素は、早めに消しておくに限る」
隼人の胸騒ぎは杞憂ではなかったようで、あたりが強い殺気に包まれた。肌がひりつき、緊張を隠せない彼ら。だが、それでもルーラーから目は離さなかったお陰か、次の攻撃は全員が反応できた。
「行くぞ」
静かにそう呟いたルーラーは、その声とは対照的な恐ろしい速度で奏衣に迫った。彼女の体を貫こうと貫手で襲い掛かるルーラーを、全員で止めにかかる。
『止まれ!』
「間に合えっ!」
澪の言霊と同時に、隼人と茜が氷の盾を作り出す。言霊によりわずかに鈍ったルーラーの勢いだったが、それでも悠々と氷盾を粉砕した。奏衣に迫るルーラーの鋭爪。だが、砕け散った氷の後を埋めるかのように、雄一が剣でルーラーの胴を薙ぎ払った。
狙われた奏衣も四人で作った僅かな時間で必死に身を捩ったおかげで、彼女の怪我は僅かに脇腹を裂かれただけにとどまっていた。
対するルーラーは雄一の剣を
「……そうか。稀有なのは一人ではなく全員か」
にもかかわらず、ルーラーは声を上げるどころか顔を顰めることすらなく平然と佇んでいる。あまりにも自分たちとは違うその存在に薄ら寒さすら覚えながら彼を見つめる隼人たちの目が、ある一点に集中した。
————雄一が傷をつけたルーラーの脇腹、そこから流れ出る赤い血が、見る見るうちに止まっていく。
呆然と立ち竦む五人の眼前で、傷が塞がっていく。ものの数秒で直り切ったその治癒能力は奏衣のものと同等、いや、ともすれば凌駕しているかもしれない。
「何を驚く必要がある。貴様らも持っているであろう? 我が異能は自己治癒、ただそれだけのことだ」
不思議そうに彼らの視線を受けていたルーラーはまるでそれが自明の理であるかのように言い放った。
「言ったであろう。『メシアとエニグマ双方の長所を選り取った』存在だと」
その高い背丈で雄一すらも見下ろしながらそう宣言する。
改めて伝わってきた肌がひりつくほどの威圧感。
——本当に、勝てるのだろうか。
心ならずも浮かんできてしまったその思いを、各々が振り払う。勝てるかどうかは関係ない。勝たなければいけないのだ。…………できなければ、自分達が死ぬだけだ。
そうは言うものの、五人の心には絶望にも近い感情が芽生え出してしまう。しかし、次のルーラーの言葉で、彼らはさらにその先へと追い落とされた。
「……そんなことより、良いのか? その娘を放っておいて」
十センチはありそうな爪が指す先には、奏衣がいた。……正確には、先ほど僅かに傷を負った奏衣の脇腹があった。
「……えっ?」
最初に声を漏らしたのは澪。普段から冷静な彼女ですら、戦闘中ということも忘れてその傷に見入っていた。
「奏衣さん、それ……」
澪が震える指で差した、奏衣の脇腹。切り裂かれてからまだ治しておらず、傷のある肌が露出しているその部分。その傷の周りが僅かに、だが確かに————エニグマ化していた。
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