第4話 脅威①
「っ! ここは……」
莉沙からの指示の通り他のメシアとエニグマが交戦しているという現場へ急行した五人。見えてきたものは、もはや壊れかけているブランコや滑り台が並ぶ公園だった。見慣れていたものとはかけ離れた光景に隼人は思わず声を漏らす。
湧き上がりかけた嫌な記憶。
しかし、彼らが到着した時には既に戦闘の音はせず、他のメシアの姿もなかった。
……正確に言えば、他のメシアは既に、人間の姿ではなかった。
数分前までは自分達と同じ人間だったとは思えないほど恐ろしい姿をしたエニグマが五体と、それを成したであろうエニグマが一体。元はメシアだったのか、元からエニグマだったのか、それは一目で区別できた。
——その一体だけ、威圧感が違った。
「五人全員!? ……嘘でしょ」
その光景を見た五人全員が目を見開き、硬直する。
メシアとてエニグマ化はする。通常の人間のように一つの傷でということはないものの、死に瀕するほどの傷を受ければ確実にエニグマ化してしまう。エニグマ化するメシアの例はほとんどないとはいえ、少なくとも今までに例外は見つかっていない。
しかしメシアは、特に屍界に出て探索範囲を広げてエニグマを討伐するメシアは例外なく強力な異能を持っている。一人一人が通常のエニグマ一体程度なら他愛無く殺せるほどの力があるのだ。それにもかかわらず、全員が逃げることもできずにエニグマ化している。
明らかな異常事態だった。
未だ受けた衝撃から立ち直れない隼人たちに、更なる驚きが襲いかかる。
「……次は、貴様らか?」
ぐるりと振り返った青白い顔が言葉を紡いだ。スキンヘッドののっぺりとした顔に表情はなく、ただ虚空を見つめるように隼人たちを見やるだけ。その雰囲気はまるで、それの周囲だけが魔界と化したかのようだった。
「…………喋った、だと」
「…………信じられません」
エニグマは知能が低い、その定説が、人類のアドバンテージが、今この瞬間に覆された。
隼人たちのことなどまるで眼中にない、そう体現するかのような態度で彼の煉獄の炎の如き目は一切の感情の起伏なく動揺する隼人たちを見つめている。
実際、エニグマは総じて力が強く動きが素早い。それにメシアたちが対抗できているのは当然異能の力もあるが、知恵によるところも大きかったのだ。その差が埋められたということは、このエニグマの異常種の危険度は他のエニグマとは比べ物にならないということだ。五人のメシアがエニグマ化してしまったのも納得といったところだろう。
目の前で起こった出来事からすれば信じるしかない、しかし信じられないし信じたくない光景。混乱を続ける五人にそれはゆっくりと歩み寄る。
危険を感じ取り、自失状態から最初に復帰したのは隼人だった。
「全員、警戒!」
それを聞いて、というわけではないだろうが、人型のエニグマが疾風のように駆け出す。
その狙いの先は——奏衣だ。
「っ! 『止まりなさい!』」
咄嗟に出した澪の言霊も僅かしか意味を成さない。だが、微かに鈍ったその速度のおかげで、雄一が間に合った。すんでのところで、奏衣の前に漆黒の豪剣を突き出す。
この大剣も澪の弓と同じくメシアの鍛冶師の作品で、硬く、鋭く、頑丈に、ただそれだけが追求されている。鍛治師には面白みがないなどと言われたが、雄一はこの剣を非常に気に入っていた。
愛用の剣を反射に任せて振り抜く雄一。それを見たエニグマは悠々と回避し、元の位置に戻った。
再び隼人たちの方を向いたその顔はひどく歪んでいる。その歪みは怒りからきたものか、感心からきたものか、あるいは別の感情か。いずれにせよ、ろくなことでないことだけは確実だった。
「……そうか。こいつらよりは楽しめそうだな」
そう言って五体のエニグマを見渡す知恵あるエニグマ。
「お前は、何者だ?」
隼人の問いに、それは薄気味悪い笑みを浮かべた。
「我か? 我はエニグマの支配者。……そうだな、ルーラーとでも名乗っておこうか」
「……支配者、だと?」
「ああ、そうだ。メシアとエニグマ双方の長所を選り取った上位存在。全てのエニグマを導き、全ての人間を葬り去る。世界に支配者たることを望まれた選ばれし存在。それがルーラーだ」
メシアとなって以降数々の死地をくぐり抜けてきた隼人たちですら身の毛をよだたせる。不敵な笑みを浮かべるルーラーはそれほどまでの威圧感を纏っていた。
隼人たちが強者であることを喜んでいるのか、ルーラーは最初の無表情からは打って変わって上機嫌になっているようだ。
…………尤も、それは隼人たちにとって、良いこととは限らないのだが。
「一度とはいえ我を止めた褒美だ。見せてやろう、ルーラーとなって手に入れた、我の力を」
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