第3話 屍界

「毎回思うが、なんで屍界ってのはこんなに陰鬱なんだろうな」


 定例会を終えて屍界へと赴いた隼人たち。そんな中、雄一が思い出したかのようにふと呟いた。


 屍界、人類の作り上げた安全圏の外の世界。あまりにもエニグマに溢れ、死と近過ぎるが故につけられた名前。メシアを除く生き残った人類にとって、もはや安全圏が彼らのでありその外は異界となったのだ。

 理性なきエニグマに破壊され、荒らされ尽くした外の世界はあちこちに家やビル、道路の残骸と思しきものが散乱している。今でこそ安全圏の近くは比較的落ち着いているが、安全圏ができた当初は一歩屍界に出ればいつエニグマに襲われてもおかしくなかった。


「そんなの、屍界だからに決まっているじゃありませんか」


 身も蓋もない答えを返したのは澪。チーム最年少の十六歳にしてサブリーダーも務める落ち着いた少女である。何を今更とでも言うかのように呆れた視線を雄一に向けているが、対する雄一は釈然としない様子だ。


「そりゃそうだが、そうじゃねぇんだよ。俺の言いてぇことは」

「だったらはっきり言いたいことを言ってください」

「コイツ……」


 スンとした顔で混ぜっ返す澪に拳をわなわなと振るわせる雄一。几帳面な彼女と粗雑な彼は反りが合わないのか、このように軽い喧嘩に発展することも多い。百八十センチを超える身長の雄一と百六十センチに満たない澪ではかなり威圧感に差はあるが、澪は毎度臆することなく雄一に立ち向かっていた。

 とはいえ他の三人は喧嘩するほどなんとやらという類のものだと思っているし、実際、険悪な空気になることはないため気にしていない。むしろ戦闘時には見ている側が恐ろしく感じてしまうほどの連携を披露する二人であり、くっつくのは何時いつかと予想し合っているほどである。


「はいはい、そこまで。エニグマ見つけたよ」


 憎まれ口を叩きあう二人を止めたのは隼人だった。彼は操水そうすいの異能でエニグマの体内の液体を感知できるため、索敵の役割も担っているのだ。


「数はどれだけですか?」

「一体。あの建物の影、曲がって二メートルのところに居る。澪、頼んでいい?」

「はい」


 直ぐに切り替えて雄一を無視、隼人に問いかけた澪に彼の怒りがさらに高まるが、それすらも澪は放置した。隼人から位置を聞いた彼女はすぐに持っていた弓に矢をつがえている。

 この弓矢は鍛治の異能を持つ人が作った特注で通常のものよりも威力が高くなっており、他の四人も同様にそれぞれの特注武器を所持している。

 十分に矢を引き絞った後、放つ。当然、このままでは建物の影にいるエニグマにあたることはないが——


『曲がれ』


 澪の言霊の力により、矢はその進路を変えた。


『貫け』


 その言葉が発せられた直後、ギエッという短い断末魔の叫びが耳に届く。


「撃破確認。澪、お疲れ様」

「はい」


 地に倒れたエニグマの体が灰となった、つまりはそこから水の反応が途絶えたことを確認した隼人の言葉に安心したように口元を緩める澪。


 異能を使うと体の中から何か力のようなものが消費される。便宜上精神力と呼ばれることが多いこれの消耗は経験則としてわかっていることであり、当然彼女の異能もそれに該当する。さらに、生物は抵抗力のようなものを持っているのか、例外はあるものの人間であれエニグマであれ直接身体に働きかける際には消耗が大きくなる、または効果が小さくなることも判明している。

 そのため、当然生物相手にも使える言霊ではあるが、消耗を抑えるためこのような手法を取っているのだ。


「それにしても、なんというか、屍界の中、敵を倒すときだけにタメ口とかゾクっとくるわよね。そのうち鞭か何かを持って、人間相手に『ひざまずきなさい』とか言いそう」

「やりませんよそんなことっ!」


 どこの女王様ですかっ、と真っ赤な顔で茜に突っ込む澪。動揺した彼女の隙を見逃さなかったのはやはり雄一だった。


「確かに。異能ってそいつの性格が滲み出るよな」

「だ、だったら雄一さんの剛力は脳筋の証明じゃないですか!」


 言葉に詰まりながらも食ってかかった澪。そこから二人の論争、またの名を痴話喧嘩が始まった。


「あぁそうだよ悪いかよ! 中途半端に頭使うよりそっちの方が余程マシだろうが! そういうのは得意な奴に任せておけば良いんだよ!」

「制御する私の身にもなってください!」


 またもや喧嘩に発展してしまった二人、今までに手が出たことは一度も無いがそれでも奏衣はハラハラとした顔で見守っている。所々に見え隠れするお互いの優しさと信頼に気がついている茜と隼人は完全に放置。戦いになれば完璧な連携を発揮するのだからそれで十分である。


 そんな調子で五人が屍界を進んでいると、突如隼人の持つ無線から教官の声が流れた。安全圏から屍界まで届く分、エネルギー消費が大きく滅多なことでは使われないそれが使われた。それはつまり、相当の事態が発生したということを意味していた。


『緊急連絡よ。あなたたちから見て二時の方向約一キロと五百メートル、別チームが強力なエニグマに襲われているわ。至急救援に向かって』


 パッと切り替え、頷き合う五人。


「了解。直ぐに向かいます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る