第2話 仲間

 隼人はやとが会議室に到着した時、既にチームメンバーは揃っていた。異能を持つメシアといえどエニグマ討伐には大きな危険が伴う。そのためメシアは原則五人一組のチームで行動するという規則があり、例に漏れず隼人も自身を除いて四人のメシアとチームを組んでいた。

 隼人をリーダーとするこのチームのメンバーは小柳こやなぎみおいのり奏衣かなえ本剛ほんごう雄一ゆういち羽月はづきあかね。それぞれ言霊、治癒、剛力、操熱の異能を操り、メシアの中でも力の強い五人を集めた精鋭チームである。


「隼人くん、おはよう。……ちょっと調子悪い?」

「おはよう。大丈夫、寝覚めが悪かっただけだから」


 不安を覗かせる顔で隼人にそう聞いたのは祈奏衣、色の薄いベージュの髪をロングヘアーにしており、隼人と良い仲になりつつある気立きだての良い少女である。そんな彼女に隼人は笑って答えるが、奏衣の表情は晴れない。彼女を含むチームメンバーは隼人の過去を知っている。度々ある隼人の寝覚めが悪い朝の原因にも気がついていた。


「隼人、奏衣が相手だからって強がらなくても良いのよ? むしろその胸の中で癒して貰えば気も晴れるんじゃない?」

「なっ……俺と奏衣はそんな関係じゃない!」

「そ、そうだよ! そういうのは、まだちょっと……」


 小悪魔的微笑みを浮かべる茜の術中にまんまと嵌まる隼人と奏衣。思った通りの初心うぶな反応にニンマリとしている茜だが、彼女とてそれだけのために二人を揶揄った訳ではない。

 実際、茜のおかげで一時いっとき会議室を包みかけた嫌な空気は霧散し、代わりに生暖かいムードが漂っている。


「まだ、らしいわね」

「ですね。いつかは良いんでしょうか」

「良いんじゃねぇか? その時が楽しみだな」


 ここぞとばかりに茜、澪、雄一が残りの二人を攻め立てる。この荒廃した世界、殺伐とした毎日の中で恋愛は唯一と言って良いほどの娯楽。元は場を和ませることが目的だったとはいえ、見逃すことなどあり得なかった。

 互いに顔を見合わせては頬を染めてそむけることを繰り返す。ニヤニヤと野次馬じみた表情で何かを期待する三人をよそに、隼人と奏衣の二人の間にはむず痒い沈黙が漂っていた。

 ちらちらと隼人の様子を伺う奏衣。とうとう沈黙に耐えかねたのか、普段の彼女からは考えられないようなことを口にした。


「……えっと、隼人くん。ぎゅって、する?」

「………………なっ!?」


 十五センチほどある身長差故に若干の上目遣いで言われたその言葉は、隼人の心臓に大きなダメージを与えた。思考が停止し体が硬直する中、さして大きい声ではない他の三人のざわめきが妙に鮮明に耳に届く。


「おぉ! これはようやく進展あり?」

「かもしれませんね。ですが、これまでの隼人さんのヘタレ具合を考えるとまだ油断はできません」

「だな。この程度で変化があるならもう付き合っててもおかしくねぇ」

「……確かにその通りね」


 かなり酷いことを外野に言われている気もするが、隼人にそれを気にする余裕はない。それよりも、奏衣の言葉は遠慮気味に手を広げながら言われたがために、未だ硬直している隼人の体から目線だけが奏衣の胸元に吸い寄せられる。

 そのことに奏衣が気づくか気づかないかという頃、幸か不幸か、新たな乱入者が現れた。


「……あなたたち、そういうことは他所でやりなさい」

「教官!?」


 歳の頃は二十過ぎ、背の高い女性がいつの間にか会議室の中に入ってきていた。隼人たちと比べても五歳弱年上なだけだが、非常に優秀な人物であり五人は尊敬の念を彼女に抱いている。ちなみにメシアではない。メシアはなぜか、十代の割合がとても高いのだ。

 キリッとした雰囲気を漂わせる顔立ちの彼女の名前は冷泉れいせん莉沙りさ、隼人たちのチームの指導官である。


「き、教官。いつから……」


 あまり感情を表に出すことが少ない彼女だが、今回ばかりは僅かに呆れを滲ませている。彼らに歩み寄りながら、莉沙は隼人の質問を放置した。


「鳴海さんも祈さんも、そういう仲になるのは構わないけれど、任務に支障はきたさないようにしなさい」

「ち、ちがっ…………はい」


 を否定したかった隼人だが、作戦上重要な時でもないのに直属の上官に異を唱えるなどできるはずもない。彼女が冷たいように見えて実際はそうではないことは皆知っているが、それでも反論しづらいことは事実だった。

 莉沙は頷いた隼人と奏衣を見て表情を凛としたものに切り替える。


「……まあいいわ。全員揃っているようだし、定例会を始めます」


 そして、緩んだ雰囲気を正すように莉沙は連絡事項を伝え始めた。今日の行動範囲や作戦の注意事項、同じ作戦を行う他のチームの説明など。基本的に他のチームとは別行動をとることがほとんどだが、不測の事態が発生した時には救援に行く、あるいは来てもらうということもある。ここで聞き逃しては命に関わるものも多いため、隼人たちも先ほどまでの穏やかな雰囲気から一転、真剣な面持ちで会に臨んでいる。


「最後に、最近は群れるエニグマが発見されるなど不穏な状況が続いているわ。そうでなくとも屍界は危険が多い。慣れてきた頃かもしれないけれど、決して油断することのないように」

「はい!」


 本来、知能が低いエニグマが群れることはあり得なかった。それが覆されたということは何かが起こった可能性があるということだ。屍界探索は非常に危険が大きく、万が一誰かが戦闘不能になった時、他の四人は即時帰還を義務付けられているほどである。

 その義務が実際に履行されたことは一度しかないが、逆にいえば一度はあるということ。普段ですらそこまで警戒しているのに最近のエニグマの異変だ。その危険性がを理解できない者はいなかった。緊張した、好戦的な、それぞれで面持ちは違いながらも全員が強く返事をする。


「よろしい。それでは定例会を終了します。くれぐれも気をつけて行ってきなさい」


 もう一度、あの時の光景を見ることはできない。失ったものは取り戻せない。だからこそ、せめて今ある幸せを守り抜く。隼人はそう心に刻んだ。

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