第3話 狂気の沙汰

「なんだ夢か」


 溜息をついて陽炎は目を閉じた。


「ちょっとぉ!? なに目ぇ閉じてんのよ! 夢じゃないわよ! 現実! ガチで幽霊!」


 陽炎が舌打ちを鳴らす。


 こんなバカみたいな夢を見てしまった自分が恥ずかしい。


「ねぇ! ねぇってば! もしも~し! 起きなさいよ! 起きろってば!」

「うわぁっ」


 ぞわっとして目を開ける。


 優花は陽炎を起こそうと必死になって手を伸ばしていた。


 その手がこちらの身体を貫通している。


 そう言えば、ぞくっとするのは幽霊が身体を通り抜けたからだという話をどこかで聞いた気がする。


 それを覚えていて夢に反映されたのだろう。


 なんにしろ、これでは眠るなんて無理である。


「……いや。夢を見てるから寝てるのか」


 それにしては妙にリアルな夢ではあるが。


 夢なんて見ている時はなんだってリアルに感じるものである。


「だから夢じゃないってば!? ほっぺ抓ってみなさいよ!」


 言われた通りに抓ってみる。


 優花の話を信じたわけではないが、くだらない夢から覚められるならなんだっていい。


「……覚めないぞ」

「当たり前でしょ! 現実なんだから! つまりあたしは本物の幽霊って事! うばぁあああ~! 怖がれぇ~!」


 彼女の人気の秘訣の一つである無駄に巨大な胸を突き出すと、優花は舌を出した変顔を近づけてきた。


「やめろよ鬱陶しい」


 蠅でも追い払うように手で払う。


「ちょ、やめなさいよ!? 幽霊にそんな事したらバチが当たるわよ!?」

「勘弁してくれ」


 溜息交じりに呟いて頭から布団を被る。


「だから寝るなってば! ねぇ! ねぇえええ! なんで無視するのよ!? こっちはあんたの目の前で死んだばっかりの死にたてほやほや幽霊なのよ!? 可哀想とか思わない訳!?」


(思うわけないだろ)


 苛立たし気に思うだけで口にはしない。


 夢の中に出てきた幽霊と会話するなんて正気の人間がやる事じゃない。


 とにかく陽炎は寝る事にした。


 もう眠っているわけだが、そんな事はどうでもいい。


 とにかく、こんなバカみたいな夢の相手なんかしたくない。


「起きろ~~~!」


 布団をすり抜けて頭を突っ込んだ優花が耳元で叫ぶ。


「いい加減にしろよ!」


 頭に来て布団を蹴飛ばす。


「仮に君が本物の幽霊だとして僕になんの関係がある! なにもないだろ! むしろ僕は被害者で、君のせいで疲れてるんだ! 静かに寝かせてくれ!」

「ご、ごめん……。そんなに怒る事ないじゃない……」


 しゅんとして優花が謝る。


 だからどうしたという話だが。


 とにかく陽炎は腹が立った。


 こんなくだらない夢を見ている自分に。


 罪悪感のせいかもしれない。


 そんな物を感じているつもりはなかったが、夢は無意識の具現化だという話もある。


 だとしても、これはないだろう。


 自分はもう少しまともな感性の持ち主だと思っていたのだが。


「かー君!?」

「どうした陽炎!?」


 騒ぎを聞きつけたのか、血相を変えた両親が部屋に入ってきた。


「どうもこうもないよ。死んだ女の子の幽霊が枕元に立ってギャーギャー騒ぐんだ」

「えっ……」

「なんだって……」


 両親は言葉を失うと心配そうに顔を見合わせて頷いた。


 陽炎の元に駆け寄り、両側からぎゅっと抱きしめる。


「可哀想なかー君……」

「悪い夢を見ただけだ……。お前は何も悪くない。ただ、不運な場面に居合わせただけなんだ……」


 二人の口調、振る舞い、抱きしめられた感触と体温、なにもかもがこれまで見たどんな夢よりもリアルである。


「……わかってるよ。ただの夢さ。ちょっと寝ぼけてただけ」

「ならいんだけど……」

「あんな事があったんだ。明日は学校休んでもいいんだからな」

「……考えとくよ」


 そう答えると陽炎は携帯を手に持ってベッドから降りた。


「ちょっと顏洗ってくる」


 両親は心配そうだが、それ以上は構ってこなかった。


 階段を降りて一階の洗面所に向かう。


「……いい親御さんじゃない」


 隣に浮かぶ優花がしんみると呟く。


 無視していると、彼女はバツが悪そうにこちらの顔色を伺ってくる。


「……なによ。怒ってるの?」


 陽炎は答えず、洗面所で顔を洗った。


 二度、三度。


「……覚めないな」

「はぁ!? あんた、まだ夢だと思ってるわけ!?」

「当たり前だろ。幽霊なんかそう簡単に信じられるか」


 声を潜めて言う。


「なんで小声なのよ」


 答えようとして陽炎は言い淀んだ。


 なんとなく、両親が聞き耳を立てている気がする。


 溜息をつき、携帯に文字を打ち込む。


『一人で喋ってたら気が狂ったと思われるだろ』

「……まぁそうだけど。じゃあ、あたしが幽霊だって信じてくれた?」

『その可能性もあるかもしれない』

「その可能性しかないでしょうが!?」

『まだ夢を見ているだけって可能性もある。死に際に呪ってやるとか言われたんだ。おかしな夢だって見るだろうさ』

「そうかもしれないけどぉ!? それじゃ話が全然前に進まないじゃない!?」

『いや。とりあえずここはあんたが幽霊だと仮定して話を進める』

「そんなのあり!?」

『仕方ないだろ。どっちみちこのままじゃ騒がしくって寝れやしない。それで、あんたは僕になんの用なんだ』

「えーと、う~ん……」


 優花が困り顔を浮かべる。


『恨んでるんじゃないのか? うらめしやとか言ってただろ』

「いやまぁ、恨んでないわけじゃないけど……。なにあいつムカつく~! くらいの恨み度だし……」


 陽炎は呆れた。


 そんなもの、恨みの内に入らない。


『だったらなんで僕の所に化けて出たんだよ』

「それがあたしにもわかんないのよね。気が付いたらあんたの部屋にいたっていうか……」

『ならあのうらめしやはなんだったんだよ』

「えへへへ……」


 恥ずかしそうに優花が頬を掻く。


「折角幽霊になったんだし、とりあえず脅かしておこうかな~って……」


 陽炎は溜息を吐くと玄関を指さして優花の鼻先に携帯を突きつけた。


『とっとと出て行け!』

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