第7話「ご公務お疲れ様です」



「……」

「……」


 ……どうしようね。いや悪いのは完全に私なんだけど、まさか本物の王子様が出てくるとは思わないじゃん。これ悪いの本当に私か?


「……え、っとぉ」


 とりあえず……褒めとく?


「……ご、ご公務? 大変ですね」

「そうだね。俺を指名したのはキミが初めてだし、こんな格好をさせたのもキミが初めてだよ」


 墓穴掘ったわ。

 んも~、王子様ったら名前がチャーミングなのに対応は全然チャーミングじゃないゾ☆ こんな名前弄りやったら絶対殺されるだろうから言わんけど。名前弄りは対人関係においてだいたい反感買うからやめよう!


「王子様、名前がチャーミングなのに結構な塩対応っすねw」

「……」


 おぉっと、つい口をついて出ちゃったぜ! 


「……俺、そういう弄り方嫌い」

「ですよね。サーセン」


 そんな格好で出てくるからワンチャンいけるかと思ったけどダメかぁ。ドMではない、と。


「じゃあどうしてこんなとこに?」

「……はぁ、自分で言ったじゃん。『ご公務』って」


 マジで公務なの? 思ったよりヤバいなうちの国。


「……本当に何も知らないんだね」


 やれやれ、と。呆れた様子で肩を竦める半裸の王子様。笑うからやめて?


「浅い考えだよ。『レディの扱いを覚えるのなら、こういう仕事を通して知るのが一番だ』って」

「マジで浅い考えじゃん、王子になにやらせてんの。考えたヤツ馬っ鹿でぇ」

「だろ? でも元ホストの親父……国王がそう言うんだから、周囲はおろか王子で息子の俺でも逆らえないってワケ」

「素敵なお父様じゃん」


 自然と王族批判させようとするのやめてね。シンデレラちゃん、明日には首が飛んじゃうから。

 いややってんな国王! つまりホスト通いの女王を射止めた最強の成り上がりじゃん? あんなほんわかしたお人柄っぽく見えて、ホストクラブ通ってたんだなうちの女王様……大丈夫かこの国知らなかったとはいえ?

 冷や汗流しながら我が国の王達を擁護すれば、しかし王子様は反抗期なのか分かりやすくムッとした。


「どこが。あんな普段からちゃらんぽらんした国王に、よく国民はついていってるよ。元ホストなのに」

「職業批判はやめた方がいいっすよ。誇り持ってホストしてる人だっているんだから」

「それは……ごめん」


 あら、言い返してくるかと思ったらシュンとしちゃった。いいね、チャーミングポイント一点追加!

 ちょっと可愛いじゃん? そう思った私は、気を良くしてメニューを開く。とりあえず飲もうよ。私、王族が注いだ酒飲みたいし。あとで自慢できそう。


「王子、何飲む?」

「いや、俺はいいよ」

「え、なんで? あ、そっか仮にもご公務中──」

「俺、まだお酒飲める歳じゃないから」


 なんでここにいんだコイツ!? 風営法さん!?

 つか、え、そんな歳!? まさかの年下!?


「……じゅるり」

「なんで涎を垂らす?」


 おぉっといけねぇ。生意気ショタを目の前にして思わず欲望が目覚めかけたよね。

 へぇ~~~~~~??????

 キミ、年下ぁ? そう思うと親に反抗する態度とか冷笑系な態度も途端にか~わ~い~い~じゃ~ん?


「じゃ、私だけ飲ませてもらおっかな。カクテルも指名された王子様が作ってくれるんだよね?」

「う、うん、どうぞ?」


 んじゃあねぇ。


「メニューにはないけど、ニンニクアブラマシマシってできる?」

「アブラ……な、なに?」

「あれ? 次期国王ともあろう方が、アブラマシマシをご存じない!?」

「いやっ、し、知ってるし! 待ってて!」


 いやぁ~~~ん♡♡♡

 ムキになって後ろの棚からボトル探してんのきゃわいい~~~~~~! お゛っ、やっべ……! クソ生意気冷笑ショタで遊ぶのやっべ……!! あと海パン越しに見えるお尻のラインも綺麗控え目に言って一発シバきたい。ぐへへ、その海パンに隠された国土もチャーミングなのかなぁ~? お姉ちゃんに見してみ?


「デュフ……ごめん、やっぱなし。普通の赤ワインで乾杯しよ? あ、お姉ちゃんがドリンク入れたげゆね?」

「何なの急に……じゃあボク──コホン。俺はミルクで」

「はぁ~~~い♡」


 酒の席でミルク頼むのあざと~~~♡ あと『ボク』って言ったぁ~~~♡ 普段はボク君なのぉ~~~? ざけんなよテメーおいおいなにそれどこでそんなテク習ったの? 宮廷帝王学か?


「んじゃ、乾杯♡」

「……乾杯」


 チンとグラスを鳴らして、酒を呷る!!

 おっと、そんな酒をがぶがぶ飲む乙女をマジマジ見るもんじゃないゾ☆ 最悪、私の人差し指と中指がその生意気な両目にトブよ恥ずかしさのあまりに。


「……いい飲みっぷりだね」

「あ゛~……実際ストレスは溜まってるからさ。王子もそうっしょ? お姉ちゃんに言ってみ?」

「いや、俺達はそういうストレスを聞くのが仕事だから……先輩の受け売りだけど」

「ほ~ん?」


 クピリとグラスを傾けつつ、先を促す。まさかホストの王子様にうちの下らない家庭環境話すわけにもいかないしね。王子は最初にゲロったけど。

 すると王子は、どこか複雑な色をその瞳に湛え、この店内を見渡す。その纏う雰囲気は、ちょっぴり真面目だ。


「見なよ。みんなお酒の勢いにかこつけて、愚痴のオンパレードさ」

「まぁ、そういう客層でしょここ利用するのは。イメージでしかないけど。誰かに聞いてもらいたいって?」

「そう、合ってるよ。だから一応、親父の方針は理に敵ってるってわけ。淑女の不満を聞いて、それを解消ないし軽減させる。ついでに国民が生活のどこに不満を抱いているのか、何に困っているのかも聞けるって」

「お、おぉ……なる、ほど?」


 存外、真面目な目的もあるのね。手段はアレだけど。

 すると王子はその冷笑系なフェイスを、ほんの少しじんわりと微笑みで彩った。


「ここは淑女にとっての、夢の国でなければならないのさ。一時の止まり木として。どうにもできない現実を一瞬でも忘れ、明日再びそれに立ち向かえる英気を養えるように」


 その言葉には、国民の安全を守る王族としての矜持があった。だからきっと先程も、一端でもそれを担う職業に対し、素直に頭を下げたのだ。

 彼は現状に不満はあれど……その国民を、愛している。それが、ひしひしと伝わってきた。


「……」


 そして、私も。

 そこまで言われ、思わず押し黙ってしまった。

 どうにもできない現実っていうのを、私は毎日屋根裏部屋で感じていたから。

 ──でも。

 私はこっそりと、店内を見渡す。


「……」


 イケオジに酒を注がれて嬉しそうなドリゼラ。

 好青年とお喋りして頬を紅潮させてるアナスタシア。

 そして……多くのイケメンを侍らせて、静かにグラスを傾ける、継母。


「……」


 ここに彼女達がいるっていうことは、つまりそういうこと。

 私が屋根裏部屋に逃げていたように。彼女達もここに避難してたんだ。一瞬でも、どうにもならない現実ってヤツを忘れるために。

 そのどうにもならない現実っていうのは……思い当たる節は一つしかない。


「──」


 最近できた、新しい家族との折り合いがつかないとか、さ。


「……どうかした?」

「ん? ん~……」


 なんつーか……。


「ダサいことしてるなって。私がね」


 苦しんでるのは自分だけ、だなんて。それこそ烏滸がましいじゃんね?


「……大丈夫?」


 心配そうに覗き込んでくる王子様。キミ、ホストうまいね。

 私はそんな年下の王子様に向け、ニカッと笑った。


「大丈夫、大丈夫。なんかちょっと、勇気出せそうな気がしてきたってだけ。チャーミング君、ホストの才能あるよ」

「いらない……というか、なんで君付け……」


 嫌そうに顔をしかめるのもチャーミングだね。グチャグチャに泣かせたい。


「なんかキミと遊んだら、もっと勇気出るような気がしてきた。王様ゲームやんない?」

「二人しかいないんだけどゲームとして成立するのそれ。あと俺王族……」


 すごいよな、王子様がソロで相手してくれるとか。セキュリティの概念ないの? 危ない人間が入店してきたらどうすんのさ。チャーミング君のチャーミング君は、私が守らなきゃ!


「ぐへへ、王様だ~れだ!」

「あ、ちょっと、いきなり!」


 よぉ~し、王子様が悪い人間の毒牙にかかる前に、このシンデレラちゃんが美味しくいただいちゃ──、


 ──そこで。

 バァン! と扉が開け放たれる音と共に、四人ほどの屈強な人影が店内になだれ込んできた!

 その先頭に立つ男性(?)が、ねっとりとした声でその無法の理由を告げる!


「──待ちなさ~い! このお店で、か弱い男性の性的搾取が行われていると聞いたわ! そんなことはこのアタシ達……時には男、時には乙女!“健全な男の子の貞操を守るオネエサマの会”が許さないわ!」


 見ただけで“変な人”って分かる奴等来たな……このご時世にちょっとめんどくせぇお題目掲げやがって!

 つーか! まだシンデレラちゃんが王様ゲームしてる最中でしょうが!!

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