第8話「シンデレラは勇気を知る」



 いや仮でも何でもない本物の王子様が働くホストクラブにカチコミってどうよ。

 店内を占拠し始めたオネエサマ方を横目に、私は青い顔をする王子に聞く。


「警備は、王子様?」

「……残念ながら。ここはお客様ファーストだからね。武装した兵士が数多くいたら、休まるものも休まらない……というのが、親父の弁」

「扉付近に兵士いなかった?」

「あれただのバイト」


 王子様のいる場所に頭お花畑すぎん? いやうちの街って比較的治安は良い方だけどさぁ……。

 マジか……と思っていれば、王子様が颯爽とソファから立ち上がって、筋骨隆々な集団に向け名乗りを上げた!


「何をしているんだ君達は! ここに第一王子、チャーミングがいると知っての無礼か!」

「こんなところにチャーミング様が眼鏡とブーメランパンツだけの間抜けな格好でいるわけないでしょう!? 変態は黙ってなさい!」


 いやごもっとも。私も最初そう思ってたわ。

 というか他に言うことあんじゃないの。現在進行形で私に搾取されてるチャーミング君の無惨な姿を見てよぉ!


「くっ、そちらこそ黙れ! いったい何を目的に──」

「男性の性的搾取を根絶し、健全な社会を作り上げるためよ! あとついでに活動資金をちょっぴりいただいていくだけ! 抵抗しなければ、この銃が火を噴くことはないから安心なさい!」


 大義にかこつけたただの強盗じゃねーの! ていうか銃もってんのヤバ。


「ロクでもねぇ~……」

「……そこのあなた、今何か言った?」

「言ってないっす。いや私も普段から『性的搾取反対~』って叫んでたくらいでぇへっへっへ」

「あら、見どころのあるお嬢ちゃんじゃないの」

「でしょ? ちなみにこの仕事辞めさせた後、どんな好待遇が待ってんのか興味あるぅ~☆ 年収は? つかどこ住み?」

「え? そんなもん知らな──コホン。きっと健全なお仕事に再就職してくれると信じているわ」


 おいマジでロクでもねぇぞコイツら。

 手ぇ出すなら最後まで面倒見なさいって捨て犬拾う時とかにお母ちゃんがいつも言ってたでしょ!

 ドン引きしていれば、各テーブルに迫ったオネエサマ方が拳銃を片手に威圧感を放つ。


「金目のものがあるなら、今の内に出しなさい。ネックレスとか腕輪もそうよ」


 追い剥ぎじゃん。

 ま、私はそんなもん持ってないから。このドレスとか装飾品も零時には魔法が解けて消えるサダメよ。差し出したところで痛くも痒くもない。でもその時の私全裸じゃん。今何時?

 ここ時計どこよ~? と私がヘラヘラしていれば、離れた席の様子が目に映った。次女のアナスタシアだ。


「こ、これは……お姉さまが誕生日に贈ってくれたネックレスで……」

「引きちぎられたいの?」

「こ、これだけは……!」


 気品は買って身に付けるものだって、朝にはそう言ってたアナスタシアが、姉から贈られた装飾品を守ろうとしている。


「あぁ、もう! これだから女は!」

「あ、あぁっ!」


 しかしその健闘も虚しく。ブチッと、宝石部分だけ無惨に毟り取られた。

 その残骸を前に、アナスタシアは悲愴なんて言葉も生温いほど、悲しみに顔を歪めてしまった。

 ……あの理知的なアナスタシアが、泣いてるとこなんて……初めて見た。


「……」


 私はその一幕を目に収め、またもう一方へと目を向ける。長女のドリゼラの方を。


「あ、あなた達! 何の権利があってこんな……!」

「うるさいわね。ちょっと可愛いからって調子に乗らないでくれる?」

「っ!!??」


 バチッと、その頬を叩かれるドリゼラ。

 一瞬信じられないという顔をして……そのまま、ドリゼラはさめざめと泣き始めた。

 それを前に、オネエサマとやらは軽蔑も隠さず床に唾を吐く。


「うざ。泣いたら許されると思ってるの? これだから鍛え方の足りない女は……アタシ達のように、“オネエサマ”と呼ばれるに相応しい生き様を身に付けなさいな」

「う、うぅ……ぐすっ……」


 ドリゼラは普段高圧的だが、それゆえにその心は脆く、泣きやすい性分だ。私だって、これまでに何回も泣かせたことがある。


「……」


 でも。

 あんな、本当に悔しそうに唇を歪ませて、屈辱まみれの涙を……流させたことはない。


「………………」


 継母は。

 逆らわず、いつもの澄ました顔で装飾品を外し、バッグの中の財布も差し出している。このあたりは、さすがに大人の対応だろう。

 だけど。それら装飾品は、振る舞う態度は。彼女達がこれまでに勝ち取ってきたものであるはずだ。『成り上がり』で『成金』だなんて簡単な言葉で済ませられることの多い彼女達だけど、そこに至るまでに血の滲むような努力があったはずなのだ。

 この身分格差の大きい社会で成り上がるというのは、生半可なことではない。『成金だ』なんて揶揄も、ほとんどが嫉妬で言っている者が殆どだ。

 そんなつまらないやっかみすら浴びせかけられて……土を舐めるような羞恥だって、そんなものを覚えるような場面だって、これまでにいくつもあったはずなのだ。


「……………………」


 ……それを。

 チカラしか能の無い半端物が、嗤いながら奪っていい道理なんて……あんの?


「──」


 そんな場面を前にして、黙ってる私で、いいの?

 ……死んだお母さんのお墓の前で、今まで通りの自分でいられるの?


「なにしてんの、王子」

「止めないでくれ」


 こっそりと片手に酒瓶を握ろうとする王子に、小声で話しかけた。その甘いフェイスに穿たれた瞳には、苛烈な感情が宿っている。


「ボクはこの国の王子だ。国民が脅かされているのに、大人しくしていられるほどボクは人間ができてはいない」

「ご立派。でも死地に飛び込むだけってのは“勇気”じゃないと思うな」


 その言葉はもうちょっと、勝機を見出してから使った方がカッコいいと思うぜ男の子? そもそも酒瓶だけで銃相手に勝てるわけないじゃんね。


「だから……はい、これ」

「なにこれ」

「特製の麻痺毒がたっぷり染み込んでるナイフだよ。一本あげる。毒はソッコー効くけど、使い捨てだから気を付けてね」

「なにこれ……」


 手渡した一本のナイフに、ドン引きする王子様。そりゃあ、いざという時のためでしょ。製法は親父から習った。こんな口の悪い女がどこで恨み買ってるか分からないからね。武器くらい携帯してるよ。銃刀法? 知らん! 隠してる太股なんて他人に見せないしね! 淑女だから!


「キミは左の一人、それで斬ってくれたらいいや」

「え、え?」


 あとは私がやるから。ナイフも人数分あるし。

 え~っと? 私達がいるのは一番奥の席。

 んで、ここから見て出入り口を零時としたら、一時の席に継母。三時の方向に長女のドリゼラ。六時に私達。九時に次女のアナスタシアね。


「……ん」


 銃の握り方からして、相手は素人。銃ってのは撃つだけなら簡単だけど、人間が人間を「殺す」と思いながら撃つのは案外、難しい。特に殺意を飼い慣らせてない、銃持っただけでイキッてる甘ちゃんにはね。そこには絶対に、一瞬だけ隙が生まれる。

 この王子様なら、その隙で一人くらいは仕留めてくれるハズ。宮廷仕込みの護身術、期待してるからね。引き締まったイイ身体してるし。

 というわけで私の受け持ちは、私のテーブルで他に金目のものがないか棚を漁ってるヤツが一人。

 三時の方向にいる、ぶたれた頬を押さえて泣いてるドリゼラの席にいるヤツが一人。

 そして一時の方向で継母の澄ました顔を気に入らなそうにして見ているリーダー格のヤツが一人……計三人ね。


「……」


 ……分かってる。こんなふざけた連中、このままやり過ごした方がいいって。

 外から銃声は聞こえなかったし、気絶させられたであろう受付さんが、兵士を連れてくるのを待つ方が賢明だって。

 ……だけど、だけどさ。


「それじゃ、王子?」

「──うん」


 姉との大切な思い出の品を守ろうとするアナスタシアが、意固地になった挙げ句殺される可能性はある。

 強気なドリゼラが言葉を間違え、反感を買ってそのまま撃ち殺される可能性もある。

 冷静な継母だって……何が起こるかは分からない。次の瞬間、気分で殺されることだってあるかもしれない。

 温かかった人間が、次第にただの冷たい肉塊になっていく感触を……私は知っている。毎晩、夢に見る。


「さん、にー……」


 それに、さ。

 できるのにやらないのはさ……やっぱ、ダサいでしょ。

 あの人達を“家族”と呼ぶ勇気は、まだ無い。

 自分から歩み寄る勇気だって……まだ、無い。


「いち……」


 だけど──あんな簡単に傷付けられて、怒るくらいの情なら……ある!!


「──っ!!」


 くっだらない空き巣に背中から撃たれて。

 それでもなりふり構わず、私を隠すために強く抱き締めたまま倒れて……私に励ましの言葉を投げ続けて……次第に冷たくなっていったお母さんを、幼い私は見送ることしかできなくて……。

 そんなことはもう二度と目の前で起こさせないと、親父に頭下げてまで鍛えてもらった“力”が……あるんだから!!


「一つ!!」


 こちらに向けていたヤローの背を、遠慮なく切りつける。金目のもん要求するくらいだから装備は整ってないと思ってたけど、アーマー着込んでなくて助かった。


「こ、こいつ!」

「伏せろ、ドリゼラ!!」


 異変に勘付いて、駆けるこちらに銃口を向ける三時の方向のヤロー。ここでの一瞬の躊躇いが、文字通り命運を分ける! あと忘れずにまだ距離のあるリーダー格に、さっき斬りつけて毒の抜けたナイフを牽制として投擲しておく。


「二つ!」


 案の定撃つことを躊躇い、引き金を引けないヤロー。その腹に向け、こちらの声でドリゼラが咄嗟に屈むと同時に、返す腕で毒入りナイフを投擲する。

 それは寸分違わず下腹へと刺さり、そいつは痛みで床をのたうち回る。だがその末路を確認している余裕は無い。

 残るは継母の席にいるリーダー格が一人。残りが自分だけだと理解すれば、追い詰められた人間は破れかぶれになって引き金が軽くなる! 私と継母の関係なんて知らないだろうけど、人質になんて取られたらその時点でアウト!

 牽制として放ったナイフにたじろいでる、今の内にやらないと……!


「みっ──」

「ぐあ!?」

「つっ!?」


 テーブルを足で跳ね上げ咄嗟に盾としようとして……しかし、九時の方向から可愛い悲鳴が上がればそちらを見ざるを得ない。

 ちょっ、チャーミング君ってば仕留め損なってるじゃん!?

 私は今にも撃たれそうなチャーミング君に脂汗ダラダラにしながら、直ぐさま手の向きを変えてそれを投擲する!


「どけアナスタシア! 三つ!」

「が、あ……!?」


 全力で放ったナイフは、筋肉をも越えて内臓へと深々と刺さったように思う。もう最悪死んでも知らん! その筋肉が見せかけでないことを証明しろ!


「クソが……!」

「シンデレラ!?」


 その隙にリーダー格の撃った一発が、ガラス製の盾を粉々に砕く。

 その破片が私の頬を裂き、それを見たアナスタシアの悲鳴を耳にしながらも……私は歯を食いしばって四本目のナイフを──、


「時間切れだ、クソガキぃ……!」


 無いんだなぁこれが!

 リーダー格が額に血管を浮き出させ、再装填済みの拳銃、その照準をこちらの脳天に合わせている。あらやだ、ケバいお化粧が台無しですわよ。


(ま、よくやった方じゃんね)


 コイツだけなら、私を撃ち殺した後にでも、王子様がまだ使ってないナイフでなんとかするでしょ。チャーミング君、もう立ち上がって走ってるしね。私が撃たれるのには間に合わないけど。

 それにあの拳銃、確か一発ごとにリロードいるヤツだって親父が言ってたはずだから、今の王子様なら充分勝てる。でも人数分のナイフしか無い状態で戦を仕掛けたんだから、こりゃ親父的には赤点だろうね。


(……お母さん)


 目前に迫る死を実感しながら、自分の心の拠り所となっている人の名を呼ぶ。

 今度は、誰も死なせなかったよ。これで少しは、あなたの前で胸を張れるかな? 褒めてくれると……嬉しい。

 そうして私は、ゆっくりと引き金が引かれる様子を前に静かに目を瞑り──、


 ガンッ!!


「……え?」


 そんな強く殴打する音と共に、リーダー格が白目を剥いて倒れる。頭から。結構な出血をしながら。

 叩かれたんだ。酒瓶で。勢いよく。じゃあ誰が?

 それは──、


「はぁ……はぁ……!」

「っ」


 さっきまであんなに、澄ました様子だったのに。

 酒瓶を手が白くなるほど固く持って、振り下ろした姿勢のまま、真っ青な顔で断続的に息をつく女性……きっと誰かに暴力を振るうなんて、初めてのことだったのだろう。


 そんな加減も知らない暴力を振るったのは──私の、継母だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 その手から、酒瓶が音を立てて落ちる。自分から落としたわけではないのは、その手の震えを見れば理解できた。

 いったい、どれだけの恐怖だっただろう。自分より大きくて凶暴な生き物に立ち向かう恐ろしさは、いったい彼女にとってどれだけの勇気を必要としたことだろう。


「はぁ、はぁ……! くっ、はぁ……!」

「……ぅ」


 そんな女性が、息も絶え絶えにこちらに近付いてくる。私は、そんな女性へかける言葉さえ、いまだ定まらない。

 なぜだろう。今になって、膝が震えてきた。親父にイタズラが見つかった時でさえ、こんなにビビらなかったのに。

 そうだ。私は、目の前の女性が怖い。だってその目が、その表情が……今にも、破裂しそうで。同時に、グチャグチャに崩れそうで。


「シン、デレラ……!」

「っ」


 その強い語気に、思わずビクッとして目を瞑る。

 叩かれると思った。いつも正しい継母が、私のしでかしたこんな無茶を許すわけがない。

 理屈をぶつけられると思った。感情だけではどうしようもなかったから、彼女はいつも厳しい言葉で何かを正そうとするのを見てきたから。


 だから──、


「うぅ……うぅぅぅうぅうぅう~~~……!!」

「……ぁ」


 何も言わずに。

 強く、強く、震えた身体で私を抱き締めて。

 嗚咽して流される、その言葉にすらならない涙が……一番、効いた。


「……ごめん」

「っ、っ」


 私を抱き締めながら、首を横に振ってひたすら安堵する女性。

 いつもキツい態度で。なんでも強制して。

 ……でも、いつだって家族想いで。私のこともそう見てたからこそ、いっぱい口出ししてくれて。こんなところに通うほどに日々悩みながらも、必死に歩み寄ろうとしてくれていて。

 こんなに弱々しくて。それでもなお、勇気を奮い立たせて助けてくれて。


「……」


 こんなチンピラをナイフで脅したところで……そんなの“勇気”でもなんでもないって、今分かった。


「……ありがと。お母さん」

「~~~!」


 本当の勇気って。

 ……多分だけど、こんな形。

 ますます強く泣き出すお母さんの背に手を回しながら、私もちょっとだけ……泣いた。

 騒然とする場の中心でそうしていれば、気を取り直した様子のドリゼラとアナスタシアも、こちらへ近付いてきた。


「ちょっと、シンデレラ! あなた大丈夫なの!?」

「あー、へーきへーき。頬は切ったけど。そっちこそ、ぶたれた頬は大丈夫なの、“ドリゼラ姉さん”」

「こ、これくらい平気よ! 淑女は常に気高く──え、今、なんて……?」

「“アナスタシア姉さん”も、それ大切なネックレスなんでしょ? ちぎれた金具なら、私が直すから。前と同じとは言えないだろうけど」

「シンデレラ、あなた初めて私達のこと……」


 ……むず痒いな。ちょっと私から歩み寄っただけじゃん。そんな涙ぐまんでも……ねぇ?

 なんだか姉二人までもが抱き付いてきそうな気配の中、どうしたものかなと思案していれば……、


「……シンデレラ殿。ボクだけではなく、ボクが大切に思う国民達の窮地をも救ってくださり、痛く感謝申し上げる」

「お、おぉ、どーも王子様……王子様も、ナイスガッツ」


 膝なんてついて、改まっちゃってさ。でもキミがいなけりゃさすがに私も特攻しなかったよ? これはキミの功績でもあるんだからさ、誇りなよ?


「シンデレラ殿……!」

「うぉう! なになに!?」


 急に手なんて握られたらビックリしちゃう! あらやだ、スイートなお顔なのにお手々はゴツゴツして男の子なのね! シンデレラ、ちょっとドキドキしちゃうわ!


「──見つけた、ボクのお姫様」


 何言ってんだコイツ。今家族でハートウォーミングドラマしてる最中でしょうが! 恋愛的なのはもうちょい毛が生えそろってからにしな!


 ──ゴーン、ゴーン。


 と、そこで柱時計が無情に時を告げる。その針が指し示すのはもちろん、午前零時前で……やっば!!

 銃口向けられた時より焦った私は、お母さんを引き剥がして飛び上がる。


「か、帰る!!」

「「「シンデレラ!?」」」

「ま、待ってくださいシンデレラ殿! せめて、住所と電話番号を!」


 三人の家族と、王子の焦った声を背中に聞きながら、私は全力で出口へダッシュ!! 想起するのは、ここに来るまでに交わした親父との会話だ。


『──ああ、それと。零時までには戻ってくるんだよ』

『え、なんで?』

『そのドレスや馬、馬車は魔法で作った物なのは分かっているね?』

『ダニエルは?』

『その魔法には、残念ながら時間制限があってね』

『なぁなぁダニエルは?』

『零時になると魔法が解け……馬車や馬は元の姿に戻り──』

『ダニエルはどこから来たんだってばよ』

『君は途端に、その場でスッポンポンになってしまう』

『絶対時間厳守で帰るわ』


 私の裸は、未来の旦那様だけのものなの♡

 だからどけぇ! 立ち塞がるやつぁ轢き殺すぞ!!


「ジャ~ック! ガ~ス! あとダニエ~~~ル!!」


 出入り口を開け放ち、走りながら馬車を呼ぶ! やることはやった! ずらかるぞ!!


「シンデレラ殿! お待ちを!」

「チャーミング君しつけぇ! でも足の早さまでチャーミングなんだね♡ おっそ♡」

「ちょっ、ヒールなのにボクよりはやっ!?」


 止まってたら捕まる! 頑丈なガラスの靴で助かったぜ! 何を隠そう私は百メートル走、十三秒フラットの女ぁ!

 王子様は段々引き離される中、背後からけたたましい馬の嘶きと蹄の音が近付いてくる! きたな!


「お帰り、シンデレラ」

「首尾はどうだ? なにやら騒がしかったようだが」


 そう聞いてくる二頭が私を追い越し、そのまま流れてきた御者台に私は飛び乗った。


「よっと、上々! あれ、ダニエルは?」

「気付いたらいなくなってたんだ」

「フラッと消えやがってな。ところで、あのイケメンはほっといていいのか?」


 ガスと共に目線だけを後ろにやれば、そこにはヘトヘトになりつつある王子様が。


「うぅ~ん……」


 確かに私好みのショタだけどぉ……今は家族のことしか考えらんないし、いっか☆

 私は別れのために手を振り、ついでウインクを投げといた。


「あばよぉ、可愛い王子様! お互い良い経験ができたな! そんなに私が欲しけりゃ、血眼になって国中探してみなぁ!」

「そ、そんな……!」

「ようし、もういいぞ! 駆けろ、ジャック! ガス!」

「「了解!!」」


 私は王子にそう言い残し、二頭のお尻をポンと叩く。

 今夜は、自分の至らなさとか未熟さとか、修行不足とかを痛感したもんだけど──、


 全てが終わった今だけは──とびっきりの笑顔で。


「へへっ♪」


 さぁ、私達の家に帰ろう!!

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