第6話「眼鏡、あと海パン」
「当店のご利用は初めてでしょうか?」
「あ、はい、そっすね……あ、これ、招待状……」
私が陰キャみたいにオドオドしながら封筒を渡せば、受付の兄ちゃんはこちらのことを訝しむこともなく爽やかイケメンスマイルを放つ。チェンジなし? うぉまぶし!
「あ、はい! ご紹介ですね。ではまずはこちらで会員証をお作りください。当店は完全会員制となっております。次回からは、こちらの会員証をご提示いただければスムーズにご来場いただけます。ドリンクも、ワンドリンクのみ無料となりますよ」
「あ、これ紹介状だったの……じゃあポストに投函されてたやつは……?」
「既に会員のお嬢様には、特別なクーポン券を毎週発行させていただいております」
わぁ、クーポン券を招待状と呼ぶセンス嫌いじゃないわ! おかげですっかり騙されたぜ!
(母と娘でホスト通いかぁ……)
キツくね? いやこういうクラブには来たことないから偏見なのかもしれんけど。こういう場所って親子でも来ていい場所なのん?
うぅ~ん、シンデレラちゃん、ちょお~っと及び腰になってきたぞう。でも受付のお兄ちゃんの、裏で女殴ってそうな爽やかイケメンスマイルが怖くて手が勝手に会員登録しちゃう!
羽根ペンでササッとサインを済ませれば、お兄ちゃんは一通り目を通してからにこやかに頷いた。
「はい、大丈夫ですよ。それでは、初めてのお嬢様にはこちらでご利用に関するご説明をさせていただくこととなっておりますが、よろしいですか?」
「う、うっす。ごっつぁんです」
「ありがとうございます。それでは──」
やだこのお兄ちゃん、唐突なピザ声にも笑みを崩さないわ。キミ、やるねぇ! 受付のプロか?
するとお兄ちゃんは白手袋を嵌めた手で、茶色い装丁のファイルを嫋やかな手つきで開いて見せてくれた。
「まずはこちらで、お嬢様と共に時間を過ごす王様、王子様をご指名いただきます」
キャストね。そういうコンセプトね。了解了解。でも王族多過ぎん? この一帯だけで群雄割拠じゃん。いやぁ~乱世乱世!
「基本時間は、一時間となっております。ドリンクは飲み放題となっておりますが、別料金のオーダーも承っております。ご活用ください」
シャンパンタワーしたげたら喜ぶってことね。なんでこっちがやったげなきゃなんないの王族名乗るならお前らがやらんかい!
私が王制による搾取に青筋をピキらせていれば、受付のお兄ちゃんがふと真剣な顔をする。え、やだ反乱分子だってバレた? 乱暴しないで……せめてボディだけにして……国家反逆罪は問答無用で火刑だけど。じゃあボディだけ焼いて照り焼きチキンみたいにして。
「当店ではお嬢様が万一、王様、王子様の定めるNG行為を取られましたら、申し訳ありませんがご退店いただくこともございますのでご注意ください」
あ、そゆことね。“ご退店”が隠語じゃないことを祈るわ。
「ほえー、ちなみにどんくらい?」
「淫らな行為などは、NGとされている方は多いですね」
するかい。飲酒できる年齢とはいえ十代やぞ。
「それでは、どなたと時間をお過ごしになりますか?」
「う~ん……」
いやあの人等目当てで来たのに。こういうのって相席とかしないでしょ? 私一人で行ってもなぁ。
「…………にひ」
でも面白そうだから選んじゃお。これも共通の話題作りってやつじゃんね?
げへへ、シンデレラちゃん、男遊び覚えちゃうゾ☆
「オススメは?」
「当店では、選りすぐりの王様、王子様がお嬢様を待っておられます。きっとどなたでも、楽しい時間が過ごせますよ!」
玉虫色のリップサービスぅ!
「ん~~~……じゃあ……あ?」
一枚の顔写真に目が留まる。
うわ何かこの人、めっちゃうちの国の王子様に似てんじゃん。ま、モノホンの王子様がホストしてるわけないし。名前も同じ“チャーミング”なの狙ってるでしょ。改めてすごい名前。小学校の時に虐められてそ。
「ふぅ~~~ん?」
このちょっと毛先カールした茶髪の甘いフェイスを侍らせたら気分良さそうだなぁ。
一目で気に入った私は、そのイケメン君の写真を指差した。
「んじゃ、このチャーミング王子で」
「お、おぉ……」
なんでちょっと目を見開くの。「え、そこいく? 遠慮して誰も指名しないのに?」みたいな雰囲気でさ。もしかしてイロモノ枠だった? もしかしなくてもやらかした私?
そういうさぁ……一見さんお断りみたいなローカルルールを後から持ち出すの、よくないよ?
「……よろしいので?」
最後のチャンスくれるのやっさしー☆
「構わん、いけ」
私は危ない! と思った時には馬に鞭入れるタイプの女。
「か、かしこまりました。オプションはどうなさいますか?」
「眼鏡。あと海パン一丁、ブーメランね」
「お、おぉ……承知致しました」
すげぇオプション。でも書いてあるんだからできるよね。んでこれ通るんだからそんな良いとこのお坊ちゃんじゃないでしょこのなんちゃってチャーミング君さぁ。キミの男気を見せてくれたまえよ。
「それでは、ご案内致します」
「苦しゅうない」
金と欲を持て余したイケナイご婦人方のクラブって感じなのかねぇ。あ、料金はうちの親父にツケといてね。
私はそんな混沌の坩堝に、ちょっとワクワクしながら手を取られエスコートされていく。廊下も赤い絨毯が敷かれて綺麗ね。
「お~、結構洒落た雰囲気」
廊下を抜けた店内は落ち着いた光量に絞られた照明が煌めき、各テーブルに着くレディ達の身に付ける装飾品を仄かに照らし返している。いきなりSMプレイでもされてたら全力でダニエル呼ぶとこだったけど、結構まともっぽい?
そんな大人~な雰囲気の広間を通され、パーティションで区切られたふかふかのソファに案内される。チャーミング君はまだいないね。
「~♪」
「うお」
すると奥まったとこの扉の脇に立つ兵士っぽい人達が、なんとラッパを吹くではありませんか!
「チャーミング王子、御入来~!」
そのちょっと緊張気味な兵士達の声にザワつく店内! そんな嫌な感じのザワめきに脂汗の出る私!
そして格式の高そうな扉が、兵士達の震える手によって開かれ……!
「──ふぅん。今まで、空気読んで誰も俺を指名しなかったのに……」
「っっ!!??」
街の広場で、たまにバルコニー見上げたら拝謁できるそのご尊顔と瓜二つ……というか、やっぱり!?
「恐れ知らずなのか、それともただの馬鹿なのか……ふ、どっちにしろ……」
その気怠げな雰囲気を纏う男は、こちらの横へ我が物顔で座る。そうして観察するような冷たい目つきで私を見て──、
「──面白い女」
「う、うっす。恐縮ッス……」
でもブーメランパンツいっちょで、眼鏡かけて、ソファで足組んでふんぞり返ってる王子も充分面白いっすよ。
「……」
「……」
明日私は、広場で火刑に処されるのかもしれん。
あ、やべ。向こうのちょっと離れた席で、継母とお義姉さま方が口をあんぐりと開けてこっち見てるじゃん。淑女のしていい顔じゃな~いゾ☆
いぇ~い! 皆見てるぅ~? シンデレラちゃん今からぁ、海パンいっちょの王子様を肴にぃ、お酒を楽しんじゃいたいと思いまぁ~っす!
「……」
偉大なるジャンヌ・ダルクパイセン助けて! なんだっけ!? 主よ、この身が茹だりますだっけ!? アツイぜ!
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