第5話「お帰りなさいませお嬢様」
「ソレデハ、オ嬢サン。私達ハ近場デ待機シテオリマスノデ」
「ど、どうも、ダニエルさん……」
いや誰……。
馬車を降りて御者台を見上げれば、黒光りする筋肉モリモリマッチョマンが白い歯を輝かせてサムズアップしてくる。誰なんだあんたいったい……。
私が苦笑していれば、御者台の前で蹄を鳴らす二頭の馬もこちらを振り返り、温かい声で言う。ここまで運んでくれたジャックとガスだ。
「それじゃ、僕達も。帰ってくる頃には、せめて今より良好な関係になっていることを祈っているよ」
「ビビってずらかる準備は任せときな」
「はいはい、心配どーも」
シッシッと手を振れば、二頭は軽く笑ってパカパカと舗装された道を進んでいった。
「……さーて」
馬車が道を折れて見えなくなった頃、私はペロリと唇を舐めて視線を上げる。
なにせここはもう王城の前。城門だ。こっからは頼れる友人もいない。
とは言っても、社交場の経験はある。確かにちょい久しぶりで緊張気味だが……今は別の意味での緊張の方が強い。
それは家で、出発する直前に親父から言われた言葉によるものだ。
『私が選んだ女性だからね。父親としても、一人の男としても、どうか良くしてやってほしい』
と。父としての顔と、一人の男としての顔を覗かせて心配そうにそんなこと言われりゃあ……ま、たった一人だけになった血縁としちゃ、無碍にもできないわけで。
「思春期の娘に、なに期待してんだかねぇ……」
「あ、あの、お嬢様? なにをなされて……」
んでもま、頑張りますよ。ここまでお膳立てされて、逃げ帰る方がだせぇし?
つーわけで最後の身だしなみチェック。城門の脇に立つ兵士さんの、ピカピカに磨かれた兜を覗き込んで前髪なんて整えちゃったり。ひゅー、マブい! こりゃ会場の視線を独り占めしちゃうね。
「あ、そんなわけで舞踏会の参加者、一人追加ね。ヨロ~♪」
「ぶ、舞踏会?」
ピッと招待状の入った封筒を出す。これも親父から渡されたものだ。用意がいいったら。
だが、それを渡された兵士さんは、なにやら困惑した様子で首を傾げている。どったの? 大人の男の人にそんな態度取られたらこっちも不安になるからそういうのやめてくださいこっちは十代の女の子メンタルなんです。
「え、王城の舞踏会に参加しに来たんだけど……」
「本日は、当城内にて何も催されてはおりませんが……」
「え?」
「え?」
互いに首を傾げる。どゆこと? ホラー? んじゃあの人達は何に参加してんだってばよ!
「ん? どうした新入り」
「あ、隊長。このお嬢様が、なにやら王城の舞踏会にと……」
ハテナマークを浮かべていれば、詰め所っぽいとこから大柄な兵士さんが出てきた。あ、お勤めご苦労様っす。たまに朝のラジオ体操に来てますよね声かけたことないけど。
すると隊長さんは、人の良さそうな笑みを浮かべながらその招待状をしげしげと眺め……、
「あー、あー。いやすみませんね、若いもんはまだ慣れてなくて」
「あ、はい」
え、なに? やっぱ開催されてんの? この反応からして、ちょい秘密な感じで? 仮面舞踏会?
どうしよ、仮面なんて持って来てないんだけど……あるとしたらもうパンツ被って奇声上げるくらいしか……。
なんて思っていたら、隊長さんは「こちらです」と私をエスコートしてくれる。城門から外れて横の方に。横?
「“王城”なんて書いてあるから、よく勘違いされる方が多いんですよね。ですがご安心を。すぐですから」
「……うん?」
「はい、着きましたよ」
はや。つーかなにここ。王城の横に隣接してる酒場か何か? すげぇ色取り取りにライトアップされてるけど。
「それでは、入り口入ってすぐのところで受付を済ませてください」
「ど、どーも?」
疑問が尽きないけど、隊長さんは忙しいのかそう言い残して王城の方へと去っていった。
「???」
王城で開催してないのん? なに、公務する場である王城内で婚活なんてけしからんってクレームでも入った? 政略結婚も立派な公務じゃんね。まぁ税金払ってるのは私らだから言いたいことは分かるけども。
「かー、世知辛い世の中になったもんだぜ……」
民あっての国ってやつぅ? ま、美味いもんが食えるなら場所は問わんよ。手狭な方があの人達のことも見つけやすそうだし。
導かれるままに、私は重厚そうな木の扉に付けられた、煌めく金のドアノブに手を掛け開け放てば──ん!?
「お帰りなさいませ、お嬢様。ホストクラブ『王城~キングス&プリンシズ~』は、きっとお嬢様に特別で素敵な体験をご提供致します」
「えっ……と、とりまチェンジで………」
ズラリと並ぶイケメン達が、シンデレラちゃんを丁重にお出迎え。その豪奢な並びを前に、私もとりあえず思い浮かんだ単語を脳死で口に出して威嚇しちゃった。
ていうかわお、イケオジもイケメンも揃ってて年齢層も手広いね。あと店名もイケてるじゃん? 略してキンプ
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